隣にいるという選択
33歳、職歴に自信なし、貯金わずか。
「30歳までに何者かになるはずだった」──そんな夢はとうに終わっていた。
ブラック企業、挫折したYouTube活動、転職を繰り返す日々。
自分を変えたくても、何をすればいいのかすらわからない。
そんなある夜、目に飛び込んできたのは
《転職先は異世界でした》の文字。
胡散臭さ全開のその広告を、勢いでクリックした次の瞬間、
気がつけば見知らぬ街──異世界に立っていた。
「ここで、もう一度やり直してみませんか?」
必要とされたのは、学歴でも肩書きでも特別な才能でもなく、
ただの“失敗してきた経験”だった。\n\nこれは、もう一度人生に向き合う男の
異世界再スタート・キャリア成長ストーリー。
上映会から数日後、ギルドは想像以上の反響に包まれていた。
街の若者たちが「自分たちも記録に参加したい」と申し出てきたり、職人たちが「今度は弟子の作業風景も残してほしい」と連絡してきたり。
その中心に、圭太とミリアの名前が自然と並んで語られるようになっていた。
「……ちょっと、くすぐったいな」
資料室で次の映像計画の準備をしながら、圭太がつぶやく。
ミリアはにこりと笑って言った。
「でも、それだけ“ふたりでやってきたこと”が、ちゃんと届いてたってことだよ」
夕方。ふたりはいつものようにギルドを出て、並んで街を歩いていた。
ふいに、ミリアが立ち止まる。
「……ねえ、圭太さん」
「うん?」
「今日さ、ちょっと寄っていかない? あなたの家」
圭太は少し驚いたように瞬きをして、それから小さく笑った。
「もちろん。むしろ、いつ言おうかと思ってたくらい」
ぎこちない足取りで玄関を開けると、部屋の中は相変わらず生活感に溢れていた。
「散らかっててごめん。あんまり人を呼んだことなくて」
ミリアは少し笑って、小さく首を振る。
「……いい匂い。圭太さんの部屋って、なんか落ち着く」
一緒にお茶をいれて、窓辺で話す。
記録のこと、今後のこと、街のこと。
話は尽きないけれど、ふたりの間には静かで心地よい空気が流れていた。
ふと、ミリアがマグカップを置いて、まっすぐに言った。
「……これからも、ずっと“ふたりで”やっていきたいと思ってる。仕事も、それ以外も」
圭太は言葉を飲み込みかけて、そしてゆっくりと返した。
「うん。俺も同じこと、考えてた」
視線が重なり、手が重なり、言葉の先にある気持ちが、静かに通じ合った。
──記録を通して築いてきた関係が、いま、ひとつの“決意”になって重なっていく。
“公”の時間の延長線上に、“私”の未来が確かに芽吹いていた。
読んでいただき、ありがとうございます。
この物語は、「もう一度、自分をやり直したい」と願う主人公・圭太が、異世界での出会いや対話を通じて、“自分の価値”と“人とのつながり”を取り戻していく物語です。
派手な魔法もチート能力もありません。
あるのは、失敗や挫折を抱えたままの“ふつうの大人”が、もう一度前を向こうとする日々です。
誰かの声に耳を傾けること。
目の前の違和感を見て見ぬふりしないこと。
そして、自分を信じること。
この物語が、あなた自身のどこかと静かにつながるような、そんな作品であれば嬉しいです。




