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頭の中では、冷静になるように、と自分に言い聞かせる。今が選択出来る最後のチャンスなのだ。 このまま桧山と付き合うのか、付き合わないのか。

抱きしめられながら髪を撫でられると、全てを委ねてしまいたくなる。

桧山を想っての事だったが、堅苦しく考えすぎていたのか、と無責任に放り出してしまいたい衝動にかられる。

(もうどうでもいいかぁ…なるようになるかぁ…)

寒い日にちょうどいい温度の湯船に入った時のように力が抜けていく。

(なんであんなに頑なになっていたんだろう。桧山くんの腕の中はこんなに気持ちがいいのに。もっと早く素直になっておけば良かった…)


「佳世さん、返事はオッケーでいい?こうしてると、この先もしたくなっちゃうよ」

優しく耳元で囁かれて、微睡んでいた気持ちが急に目を覚ます。


「桧山くん、私とデキるの?」

佳世が急に体を離して言った言葉に、桧山が驚き佳世の顔をまじまじと見た。

「デキない人にキスする訳ないじゃん」

「えっ?あぁ、そっか」

急に恥ずかしくなって下を向いてしまう。


「何か傷ついた事でもあるの?重そうだから貸して」

佳世が肩にかけていたバッグを取り、自分の肩にかける。その代わりに、佳世と手を繋いだ。

「何もないよ。ただ自信がないだけ」

「自分の体に?」

「うん、自分の体に。やっぱり若い時とは違うから」


桧山が一歩下がって、佳世を頭から足先まで見る。

「ふぅん」

「そんなに見ないでよ」

体をくねらせて繋いでいない方の手で隠そうとする様子を見て、桧山がクスッと笑った。

「オレには充分魅力的だけど?」

「ん〜でもなぁ」

「そんなに気になるならオレが行ってるジム、紹介しようか?」

「ヨガはやってるんだけどね…」


ここで、佳世はハッと我に返った。

(何か桧山くんと付き合う話になってない?)

佳世の異変に気付いた桧山が、〝どうかした?〟というように顔を覗いてくる。

(いかんいかん、雰囲気に流される所だった)


「何で私達、手を繋いでるんだっけ?」 

「う〜ん…少しでも触れ合っていたいから?」

「えっと、何か付き合う話になってない?」

「そのつもりで、キスしたんじゃないの?」

「いやいやいや」


佳世は繋いだ手を緩めながら、一旦出来るだけ桧山から遠ざかる。

佳世の握る力が緩んだから、桧山がぎゅっと繋ぐ手に力を込めた。

「佳世さん、また何か考え出した」

「桧山くん、一旦冷静になってみて。桧山くんにとっては私が彼女になってメリットはないよ」

「なんでそんな事佳世さんに分かるの?」

明らかにムッとしている。


(ここで負けちゃいけない)

佳世は深呼吸して、気持ちを強く持つ。

「周りから見たら、やっぱり変だよ。桧山くんにはもっとステキな人がいると思う」

ありきたりな意見しか言えない自分がもどかしい。


「佳世さんは、周りの意見で好きな人を見つけるの?それとも佳世さん、他に好きな人がいて断りたくて言ってるの?」

「いや、そうじゃない。桧山くんの言いたい事は分かってる。でもこんな事しか言えない私と簡単に踏み切れない私の気持ちも察して欲しい」


佳世はそこまで言うと、向かい合っていた桧山から少し離れて手を繋いだまま横に並んだ。

「分かったよ、佳世さん。その代わり30分でいいから会社の周りを散歩しない?もう暗いし誰にも気付かれないよ」


荷物を車に置いて、土手を少し登る。会社横には水路があって桜の木が点々と植えられている。花見が終わった後ですでに葉桜で、散った花びらが地面に重なって落ちている。桜の木沿いに歩道になっていて、街灯はついているが少し乏しく、日が落ちてからは1人では来たことがない。


「佳世さん目が悪いから手繋ごう。道が悪いからつまづくよ」

素直に桧山の言葉に従い手を繋いでゆっくり歩く。

「今年のお花見も楽しかったね」

「佳世さんちゃんと楽しめた?毎年、甲斐甲斐しく世話にまわっているイメージしかないよ。アルコール運んだり料理を取り分けたり…」

「ちゃんと楽しんでるよ。営業部長のアカペラコンサートも聴いてたし」

「またレパートリー増えてたしね」

薄暗い中でも顔を見合わせて笑う。


「佳世さん、オレと手を繋ぐの嫌?さっきのキスも嫌だった?」

聞かれた途端に胸がキュッと締め付けられる。

「嫌じゃないよ」

「オレに告白されて迷惑だった?」

「…嬉しかったよ。でも戸惑った、素直に喜んじゃダメだって思った」

「なんで?」

「単純に〝好き〟だけでは進めないから。私の年齢だと〝好き〟に現実的なオプションが色々付いてくる。結婚とか仕事とか親の事とか」

自然と素直になって答える佳世がいた。

一緒に歩いているのがいいのか、この風景に助けられているのか、繋いだ手から伝わる桧山の気持ちが和ませてくれているのか…

とにかく、今まで言えなかった部分も伝える事が出来ていた。



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