グングニル買ってしまったのでオーディンに返しに行く
佐藤太郎は一人暮らしの男だ。趣味は掃除と洗濯だ。若干の潔癖症の気はある。しかし、汚い部屋よりきれいな部屋だ。
ある日の洗濯物の最中のことだ。急な雨に大急ぎで洗濯物を引っ手繰るように取り込んだら、物干し竿をぱきっと壊してしまった。こんなときには物干し竿売りの販売車は来ない。ホームセンターは近くにない。ふと近所の古道具屋のことが頭に浮かんだ。
早速、佐藤は昼食の買い出しを兼ねて、そのリサイクルショップに出かけた。古びた小道具と旧式の家電がカオスに混在した。そして、目当ての物干し竿は店の端っこの方にあった。
「これください」佐藤は言った。
「千円ね」店主は新聞を読みながら不愛想に答えた。「気を付けて使えよ」
「あれが物を売る態度か?」佐藤は物干し竿を錫杖のようにかつかつ鳴らしながら、家に帰って、ベランダに設置した。長さはぴったりだった。しかし、折からの雨でその棒の出番は明日に延期された。
ほどなく雨足が強まって、雷がごろごろ鳴った。すると、その物干し竿がぴくぴく動き出して、神々しい槍に変化した。
「え? もしや、これはグングニルじゃん?」佐藤はその神器を取り込み、リビングの床にころんと置いた。「うーん、これは間違いなくグングニルだ。オーディンの槍だ。何でリサイクルショップにあったんだ? しかも、長さが微妙に長くなって、ベランダに収まらないぞ。うおー」
佐藤太郎はしばらく悩んだが、槍の穂先を布で隠して、本来の持ち主を探しに出かけた。すると、折よく雨が上がって、グングニルが物干し竿に戻った。
「雷に反応する?! そんな設定だったかな? ミョルニルの間違いじゃないか?」佐藤はそう言ったが、それは槍であって、ハンマーでなかった。
ところで、オーディンの宮殿は駅前の一等地にあった。神の住まいは庭付き一戸建てだ。表札もきんきらで「オーディン」の明朝体の刻印が壮麗である。
当の神さまは呼び鈴一発で家からのそのそ出てきた。
「あれ、置き配にしなかったっけ?」オーディンはそんな風に呟いた。「さっきフーデリでカレー頼んだんだけど?」
「オーディンさん、ぼくはフーデリの配送じゃありません。これを返しにきました」佐藤はグングニルを差し出した。
「あ、それは私の物だ。グングニルだ」全知全能のオーディンはすぐに気付いた。「きみはこれをどこで見つけた?」
「うちの近所のリサイクルショップです」
「あー、うちの婆さんが間違えて処分しちゃったか」
「お返しします」
「きみは正直な人間だな」オーディンは感動した。「お足元の悪い中にわざわざ返しに来る人間もそういないぞ。入ってお茶を飲みなさい」
「いえ、お気持ちだけ頂きます」佐藤は丁重に断った。
「おお、謙虚な人間だ。褒美を取らせねば」オーディンは神の威厳を取り戻して、家の中に入り、玄関先で何かごそごそして、一本の棒を手に佐藤の前に戻って来た。
「それは何です?」
「これはグングニルの改良版、グングニルニルだ」オーディンはその神器を差し出した。
「物干し竿にしか見えない」佐藤は目を凝らした。
「見た目はそうだな。しかし、このグングニルニルは不思議なパワーの魔法の棒だ。槍の形態にはならないが、洗濯物を瞬時に乾燥させる。ものすごい神秘の神器だ」
「えー、それはすごいぞ。乾燥機が要らない! からっと乾きますか?」
「天日干しみたいにからっと乾く」
「素晴らしい!」
「きみにこれを授けよう」
「ありがたく頂きます」佐藤はほくほく顔で神器を受け取った。
「しかし、使い方に気をつけなさい」オーディンは神妙な顔で言った。「その竿を使いすぎると、家の中に神々の使者を呼び寄せる」
「えー、週五くらいは大丈夫ですか?」
「きれい好きだな。バスタオルを毎日洗う派かね?」
「え、オーディンさまは変えない派ですか?」やや潔癖症の佐藤は神のバスタオル事情にちと怯んだ。
しかしながら、この便利な神器は佐藤の家のベランダにぴったり収まったし、雨にも雷にも槍モードに変形しなかったので、週四くらいで大事に重宝された。




