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少なくとも、使い道はありそうですわ。

 





 目を覚ますと見慣れた天蓋があった。


 ……わたくし、どうして……?


 と記憶を辿り、思い出してハッとする。


 そう、わたくしはリーヴァイの血を飲んだのだ。


 推しの血を飲むなんて一体どんな状況なのだと思いつつ、味覚は吸血鬼寄りだったのだと気付く。


 ……それにしても本当に美味しかったわ。


 ただ、飲むと気分が高揚して眠くなる。


 ベッドから起き上がり、鏡の前で自分で髪に櫛を通す。


 ドレスのしわを伸ばしておかしなところがないか確認してから、隣室へ向かう。


 そこにはお兄様とリーヴァイがまだいた。




「ヴィヴィアン、気分はどうだい?」




 お兄様の問いに、そういえば体が軽いと思った。




「とても体が軽いですわ」


「血を摂取したからだよ。こちらにおいで」




 手招きをされて、ソファーに座っているお兄様の隣に腰を下ろす。


 お兄様がわたくしの顔を覗き込んできた。




「……うん、能力の気配を感じる」




 お兄様の手が自分の目を指差した。




「僕の目を見て」




 ジッと見ているとお兄様の紅い目が怪しく煌めく。


 惹き込まれそうな感覚があり、ドキドキと胸が高鳴る。


 けれどもそれは一瞬で、お兄様が顔を離すと、ドキドキしていた心臓が穏やかに戻っていく。




「どう? 何か感じたかい?」


「お兄様の目が煌めいて、惹き込まれそうでしたわ」


「今、僕は弱く『魅了』を使ったんだよ」




 ……だから急にドキドキしたのね。




「魅了は魔族にも効きますの?」


「自分より弱い魔族なら効くけれど、ヴィヴィアンの場合は人間くらいしか効かないだろうね。強い魔族は抵抗力も高いから」




 なるほど、と頷きながら考える。


 ……魅了が使えるとか本当に悪役って感じね。




「さあ、試しに僕に魅了を使ってみてごらん。相手としっかり目を合わせて意識を集中したら、心の中で自分に惚れるようにと願うんだ」




 言われた通り、お兄様の目をジッと見つめ返す。


 お兄様に全神経を集中させる。


 ……わたくしに惚れなさい!


 一瞬、目に熱が宿るような感覚がした。


 ふっとお兄様が微笑む。




「よく出来たね」




 よしよしと頭を撫でられる。成功したらしい。


 でもお兄様は強い魔族だから、わたくしの魅了は効かないのだろう。


 ……全く効いていないのかしら?


 一回ならばともかく、何度も重ねがけをしたら、もしかしたら段々と効いてくるのではないか。


 もう一度お兄様を見て、魅了をかける。


 お兄様がちょっと驚いた後に、おかしそうに小さく笑う。




「そういえば、君は昔からちょっと悪戯っ子なところがあったね」




 つん、と鼻先をつつかれて集中が途切れる。


 ……やっぱりお兄様には効かないらしい。


 ソファーの背もたれに前のめりに寄りかかったリーヴァイが、わたくしを覗き込んできた。




「我にもかけてみろ」


「あら、いいの?」




 魔王なので効きはしないだろうけれど。


 試しにかけてみると、リーヴァイの黄金色の瞳が一瞬、虹色に輝いた。


 何故か、わたくしのほうがドキリとしてしまう。




「……もしかして魅了を返したの?」


「そうだ。さすが我が主人、聡いな」




 リーヴァイが頷き、わたくしの頬に触れる。


 優しく、慈しむような手つきにまたドキリとする。


 視線を外し、別の疑問を言うことで誤魔化した。




「お兄様の魅了はリーヴァイに効くかしら?」




 何故かお兄様とリーヴァイが微妙な顔をした。




「効かないと思うけど、やりたくはないかな」


「ルシアンとそのような仲になるつもりはない」




 ……あら、二人とも嫌そうね。


 お兄様にとってリーヴァイは主君だから、そんなことしないだろうし、する気もないのだろう。


 さすが魔王様への忠誠心が高いお兄様である。




「そんなことより体に違和感はない? 能力を開花させたばかりの時は感覚を忘れないように何度か訓練したほうがいいんだ。疲れたとか、だるいとか、何かあったら言ってね」


「はい、今のところは大丈夫ですわ」


「じゃあもう一回……魔王様、ヴィヴィアンの相手をしていただけますでしょうか?」




 お兄様の問いにリーヴァイが頷いた。




「うむ、構わん」


「では、ヴィヴィアンの隣に座ってください」




 リーヴァイが背もたれから体を起こし、ソファーを回って、横に座る。


 ……両手に花というやつね。


 横にリーヴァイが来ると、先ほどの血の匂いが少しして、思わず少し生唾を呑み込んでしまった。


 推しがかっこよくて美味しいなんて誰得なのか。


 そっと両手を伸ばしてリーヴァイの頬に触れる。


 嬉しそうにリーヴァイの片手がわたくしの片手に重ねられて、頬擦りされる。


 ……推しの頬擦り、尊いわ……。


 魅了をかけるはずが魅了されてしまう。


 ずっとこうしていたいけれど、こほん、とお兄様が咳払いをしたことで我に返る。


 改めてリーヴァイの目を見つめる。


 美しい黄金色の瞳が、瞬きの度に煌めいた。


 リーヴァイに意識を集中させ、心の中で『わたくしに惚れなさい』と強く念じる。


 チリリと目に熱が宿るのを感じながら更に思う。


 ……あなたの心もわたくしのものになりなさい!


 一際パチリと目元で熱が弾けた。


 驚いて目を閉じるとすぐに熱は引いていく。


 見れば、リーヴァイが愉快そうに口角を引き上げていた。




「今のはなかなか良かったぞ」


「でもあなたには効かないでしょう?」


「そうでもない。魅了の能力を使わなくとも、相手の心を射止める方法はある。お前の紅い瞳は魅惑的だ。それで見つめられるだけで落ちる男もいるだろう」




 ……だけど、やっぱりあなたは落ちないわね。


 溜め息を吐き、リーヴァイの頬から両手を離す。




「お兄様、もう一つの『威圧』のほうはどうすれば使えますの?」




 見守っていたお兄様が苦笑する。




「威圧も基本的には同じだよ。相手と目を合わせ、集中する。違うことと言えば、相手に敵意を持つことかな」


「敵意?」


「そう、人に睨まれたり視線が多かったりすると恐怖を感じることがあるだろう? あんな感じだね」




 魅了が自分に好意を抱かせるもので、威圧は自分に恐怖を抱かせるもの。正反対らしい。


 だが、今回はお兄様はやってみせてはくれなかった。


 理由を訊いてみると「妹を怖がらせたくない」のだとか。




「威圧を一度でも使ってしまうと、その相手は少なからず恐怖を感じる。苦手意識を持たれてしまうかもしれないし、逆に尊敬されることもあるけれど、大体は怖がられるから」




 お兄様はわたくしに『威圧』は使いたくないそうだ。


 リーヴァイも『威圧』は使えるようだが、内容を訊いてみると『威圧』というより『畏怖』に近かった。




「我の威圧はヴィヴィアンには強すぎる。あまり強い威圧をかけると、錯乱したり、精神を壊したりする」




 だからリーヴァイの『威圧』も見せてはもらえない。


 ……自分でやるしかないってことね。


 もう一度、リーヴァイを見る。


 ……意識を集中させて、相手を怖がらせる……。


 ジッと睨んでみてもリーヴァイは特に反応しないし、わたくしの目も魅了の時のような変化も起きない。


 しばらく粘ってみたけれどダメだった。




「何も起きませんわね……」




 はあ、とまた溜め息が漏れる。


 わたくしの頭をお兄様が撫でた。




「嫌いな人間を殺してやる、くらいの敵意があると威圧を使いやすくなるんだけど、ヴィヴィアンにはそういう人はいないかな?」


「そもそも嫌いな人がいませんわ」


「それはそれで良いことだよ」




 先日、ようやく貴族の夫人のお茶会に初めて参加したので、わたくしの交友関係はまだとても狭い。


 これから広がっていく中で、好きな人も嫌いな人も出てくるだろうが、殺したいほど憎むような相手はそう簡単には出来ないと思う。


 ……ああ、だからなのね。


 それまでヴィヴィアンは好きな人や自分に従う人に囲まれて生きてきたのに、突然、ポッと出の聖女に婚約者や兄を奪われ、初めて殺したいほど憎しみを覚えるのだ。


 だからクローデットを殺そうとする。


 結局、それは失敗して、聖女暗殺を企てた罪で罰を受けて、あっさり退場してしまうのだが。




「とりあえず、威圧も魅了も練習してみますわ」




 何も能力がないよりかは、少しでも使えたほうがいい。






* * * * *







 能力の練習を始めてから一週間。


 いまだに威圧は使えないものの、魅了は自由自在に使えるようになった。


 試しに弱めに侍女やメイドなどの使用人達に試してみると、僅かに効く者と効かない者がいることが判明した。


 ……もしかして我が家の使用人って魔族もいる?


 わたくしが魅了をかけても人間の使用人は多分気付いていないのだが、魔族だろう使用人はわたくしが魅了をかけると困ったように微笑んでいた。


 結構な数の使用人がそうだったので、ランドロー公爵家は実はかなり魔族に侵食されていたらしい。


 それから、お母様に教えてもらったが、既に他の魔族が魅了で囲い込んでいる相手はわたくしの魅了がほとんど効かないそうだ。


 要は『かけた者より能力が強くなければ上書き出来ない』のだろう。


 お母様の魅了がかかっているであろうお父様に、わたくしも魅了をかけてみたけれど、何も気付いていない様子だった。


 お母様とお兄様は、どうやら公爵家の使用人達に魅了をかけて裏切らないように掌握しているみたいだ。


 ……それが一番確実で安心なのは分かるわ。




「ヴィヴィアン、あなたの侍女の魅了は解いてあげるから、あなたが今度は魅了をかけてみなさい」




 というわけで、今現在、わたくしの身の回りのことをする侍女やメイド達はわたくしの魅了をかけている。


 お母様のように強い魅了はかけられないので、毎日、目が合う度に意識して使用するといった感じだ。




「私、どこまでもお嬢様について行きます……!」




 ……ちょっとかけすぎたかしら?


 侍女もメイドもわたくしにいっそう甘くなった気がする。


 おかげで魅了については色々と分かった。


 わたくしの場合は一度で完全に相手の心を掴むのは難しく、何度も重ねがけすることで、より強固な魅了をかけられる。


 ただ、解くのが上手く出来ないので、ほどほどにしないと大変なことになりそうだ。




「我にはもうかけてはくれないのか?」




 そして、何故かリーヴァイがちょっと不機嫌である。




「だって効かないでしょう?」




 リーヴァイは何も言わなかったけれど、わたくしの足元に座り、膝に寄りかかって不満そうな顔をしている。


 わたくしがソファーに座るとこうして足元に座るので、足元に絨毯やクッションを置くようになり、そこがリーヴァイの定位置になった。


 ……まあ、頭が撫でやすくていいのだけれど。


 よしよしと頭を撫でればリーヴァイが気持ち良さそうに目を細める。




「我が欲しくないのか?」


「あなたはもうわたくしのものですわ」


「では、我の心は?」




 リーヴァイが珍しく真面目な顔で訊いて来る。


 そっと引き寄せ、リーヴァイの頭頂部に口付けた。




「わたくしはあなたが幸せなら、それでいいの」




 こうして推しと話して、触れ合えて、一緒に過ごせる。


 そんな奇跡のような毎日を送れるだけでも十分。


 ……それ以上を求めるなんてわがままだわ。




「それにわたくし、追うより追われるほうが好きよ」




 追いかけて、追いかけて、婚約者のエドワードに振り向いてもらえなかった結果、原作のヴィヴィアンはクローデットを憎んだ。


 それなら、わたくしは追われるほうがいい。


 振り向くかどうかはわたくし次第だから。




「なるほど、我は追いかけるべきなのか」


「ふふ、追いかけてくれるの?」




 ふっとリーヴァイが微笑む。




「そなたが望むなら」




 そんな訊き方はずるいだろう。


 ……追いかけてほしいなんて。


 わたくしは出来る限りの笑みを浮かべた。




「あなたはわたくしの奴隷だもの。追いかけるのではなく、いつもそばにいるでしょう?」




 リーヴァイが少し目を丸くし、そして笑った。




「確かにそうだな」


「それに、あなたに追いかけられたら一瞬で捕まってしまうわ。そんなの面白くないもの。追いかけられて、逃げるのが楽しいのよ」


「違いない」




 そっとリーヴァイの頬に触れて、目を合わせる。


 魅了をかけてみたが、やっぱり効かなかった。


 ただ、リーヴァイは嬉しそうにしていた。




「ヴィヴィアンの瞳は、やはり美しい」




 魔族には効かないけれど、普通の人間には魅了の力は効きそうなので、何かしらの使い道はありそうだ。






 

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― 新着の感想 ―
[良い点] ルシアンがヴィヴィアンを怖がらせないために頑なに威圧を使わない姿がとても素敵でいいなと思いました。 [一言] ランドロー公爵家にはお母様とルシアン以外に結構な数の魔族がいたんですね。そして…
[良い点] 新年から、素敵なお話を、ありがとうございます。 [一言] すみません、数日前から拝読しておりました。 ですが、心で感じた事が、うまく感想にできませんでした。 リーヴァイ、…不思議な存在で…
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