どちらが玉の輿なのかしら?
結婚してから、あっという間に半年が経った。
わたくしとリーヴァイは結婚したけれど、実を言えば、リーヴァイはわたくしに婿入りしたのである。
だからわたくしはヴィヴィアン・ランドローのまま、公爵令嬢として過ごしている。
リーヴァイは分家筋から婿入りした形なので、家名をランドローへ変えて【リーヴァイ・ランドロー】として公爵家の一員となった。
お母様もお兄様も少しホッとした様子だったのは、リーヴァイを使用人として使うことに抵抗があったからか。
家族になったので食事も一緒に摂り、寝室も一緒で、わたくし達は幸せな新婚生活を過ごしていた。
「今日の気分は砂糖を一つか?」
リーヴァイに問われてわたくしは頷いた。
「ええ、よく分かったわね」
「いつもそなたを見ているからな」
差し出されたティーカップを受け取り、口をつける。
わたくし好みのやや濃い目の紅茶だった。
「ありがとう、美味しいわ」
結婚したものの、リーヴァイはいまだにわたくしの侍従を続けている。
お兄様がいるので公爵家の仕事をする必要もなく、屋敷にいても何もしないのはつまらないらしく、侍従の仕事を続けたがった。
さすがにもう侍従服は着ていないが、細々とわたくしの世話を焼いてくれる。
周りの貴族達は驚いたり、呆れたり、わたくしがわがままを言ってリーヴァイのほうが立場が弱くて従ってるのだと思っているらしい。
……まあ、どうでもいいけれど。
わたくし達のことをよく知りもしない者がどれほど陰で噂を囁いたところで、こちらは痛くも痒くもない。
公爵家を敵に回して良いことなどないだろうに。
お母様もお兄様も、お父様だって容赦のない人なのだ。
この間、お兄様が爽やかな笑みで「もうすぐ静かになるから、気にしなくていいよ」と言っていた。
お兄様が爽やかな笑みを浮かべている時は大抵、怒っている。
わたくし達の関係を邪推して笑いものにしている人間は、そう遠くないうちに後悔することとなりそうだ。
……前世で言うところの『口は災いの元』ね。
「あら」
手元の手紙を読み、思わず笑みが浮かぶ。
「クローデット様は殿下の正式な婚約者として認められたみたい。来年には結婚式を挙げるそうよ。……良かったわ」
王太子からの手紙には感謝の言葉が綴られていた。
「聖女の姉という立場も大きいのだろうな」
「ええ、これで教会との関係を深めて、より王家の地位は盤石なものとなるでしょうね」
教会と王家の仲が良い国は治世も安定する。
「そして公爵家は聖女と王妃、両方との繋がりを持つ」
「ランドロー公爵家は王家にとっても、教会にとっても、無視出来ない存在となるわ」
魔族との交流でも、お兄様が使節団の責任者になっている。
国側は、もし魔族との関係が悪化した時は公爵家を悪にして切り捨てるつもりかもしれないが、こちらは魔族と繋がっているのでそのようなことはない。
この交流が失敗するなどありえなかった。
失敗しないと分かっているから公爵家が手を挙げたのだ。
交流が上手くいったと知って使節団に名を連ねたがる者は多かったが、後になって成果だけを掠め取ろうとしても陛下は許さなかった。
むしろ、そういった行いをしなかった家を評価したようだ。
「ランドロー公爵家の一人勝ちね」
それにリーヴァイが笑った。
「そなたの一人勝ち、の間違いではないか?」
「そうかもしれないわね。この状況はわたくしが望んでいた形に一番近いわ。クローデットが聖女にならず、それでいて聖女はお兄様が掌握し、人間と魔族の戦争も起こらず、わたくしは愛する人と堂々と結婚出来た」
人々はわたくし達の結婚について色々と話している。
魔族と人間の関係を良好にするための政略結婚だとか、公爵家が力を得るために娘のわたくしを利用しただとか、逆に奴隷だったリーヴァイがわたくしを落として貴族に成り上がったとか。
公爵令嬢と結婚した奴隷か、魔王と結婚した貴族の令嬢か。
……どちらが玉の輿なのかしら?
「……確かにわたくしの一人勝ちね」
皆もそれぞれに願いを叶えられただろうけれど、誰よりも望みを多く叶えたのは、きっとわたくしだ。
原作を知っているという強い切り札があったから。
今後はどうなるか分からないが。
そんな話をしていると部屋の扉が叩かれた。
「どうぞ」
開いた扉から侍女が入って来る。
「ヴィヴィアン様、そろそろ登城のお時間です」
「まあ、もうそんな時間? すぐに行くから、馬車を用意しておいてちょうだい」
「かしこまりました」
扉が閉まり、わたくしも机の上を片付けて立ち上がる。
外出の支度は済ませておいたので焦ることはない。
リーヴァイにエスコートをしてもらい、玄関へと向かう。
玄関ホールを抜けて外へ出れば馬車が停まっていた。
御者が扉を開け、リーヴァイの手を借りて馬車へ乗る。
リーヴァイも乗り、扉が閉められると、ややあって馬車が動き出した。
「クローデット様もこれから忙しくなるわね」
王太子の正式な婚約者となり、改めて国内外へ紹介がされることとなるだろう。
そうなれば次期王太子妃としての公務も任せられる。
わたくしが最初に一年間だけやっていた内容なんて、王太子妃のやるべき公務や学びに比べたら、ほんの触り程度のことだったはず。
……でも、クローデット様なら上手くやれる。
本来のヒロインという立場を義妹に奪われても、クローデットの実力が落ちたわけではなく、彼女は持ち前の能力を発揮して王太子の婚約者として頑張っている。
努力家なクローデットに触発されたのか、殿下も国政などをより深く学び、お茶会の際には二人が政について議論を交わす場面も見られるようになった。
今ではクローデットは国王と王妃からも実の娘のように可愛がられているそうなので、やはり、王太子との関係を応援して正解だった。
今日は王太子とクローデットより、お茶会に招待された。
恐らく、改めて二人の口から正式な婚約者となった報告を受けることとなるだろう。
「怖いくらい順調だわ」
わたくしの呟きにリーヴァイが首を傾げる。
「何か問題か?」
「順調すぎると怖くなることってない? たとえるなら、天気が良くて航海も順調だったのに、数分後には嵐が来て船が沈むかもしれないと考えてしまうような……」
「そなたは意外と心配性なのだな」
笑ったリーヴァイに抱き寄せられる。
「大丈夫だ。そなたの望みの障害となるものは、全て我が払ってやろう。邪魔する者は皆殺しにしても良い」
「魔王が言うと冗談に聞こえないわ」
思わず笑えば、リーヴァイがわたくしの額に口付ける。
「そなたには笑顔が一番似合う」
そうして馬車が門を潜り、王城に到着する。
馬車から降りると案内役のメイドがおり、王城の奥、王族の過ごす区画に入った。通されたのは美しい温室。
そこには王太子とクローデットが待っていた。
「殿下、クローデット様、お待たせしてしまい申し訳ございません」
リーヴァイと共に礼を執る。
王城では、さすがにクローデットを呼び捨てには出来ない。
これから王太子の正式な婚約者となるならば尚更、人目のあるところではクローデットを呼び捨てにするのは良くないだろう。
「いや、私達も今席に着いたところだ。それに時間より早く来たのは私達のほうだからな」
「さあ、お二方もどうぞお座りください」
二人の言葉に微笑み、リーヴァイと並んで席に着く。
「手紙でも伝えたが、本日よりクローデットは正式に私の婚約者となった」
どこか照れくさそうに王太子が笑みを浮かべる。
「おめでとうございます、殿下」
それからクローデットにも視線を向ける。
「クローデット様もおめでとう。あなたはいつも努力していたもの。努力が報われて、わたくしも嬉しいわ」
「ありがとうございます、ヴィヴィアン様」
王太子とクローデットが嬉しそうに微笑んだ。
殿下の婚約者ではあっても、あくまで仮の立場でしかなかったが、これで二人の結婚は確定したようなものだ。
「全て君のおかげだ」
「そうです、ヴィヴィアン様がいてくださったからこそ、わたし達はこうして婚約することが出来ました」
「今後も良き友人として私達と付き合ってくれると嬉しい」
それにわたくしは頷いた。
「ええ、こちらこそ、今後もよろしくお願いいたします」
王太子が手を上げると使用人が静かに近づいて来る。
使用人の手には長方形の箱があった。
「これは私達から、君達二人への贈り物だ」
箱がわたくしとリーヴァイの間に置かれた。
使用人が蓋を開ければ、そこにはブローチが収められていた。
「私達の友人の証だ。クローデットとガネル公爵令嬢と君の三人は揃いのブローチをよく使っているが、こちらは私とクローデット、ガネル公爵令嬢、そして君達で揃いのものにした。他に、私やクローデットが友人と思える者達にも渡す予定だが、それらはこれよりやや劣る」
つまり、王太子とクローデットの友人の中でも特別な相手にのみ贈られるものということだ。
笑顔の二人にわたくしも笑みを返す。
「リーヴァイの分も用意していただき、ありがとうございます」
「彼には魔族との繋ぎを取ってもらった。その礼としては少々物足りないかもしれないが……」
王太子が視線を向けたからか、リーヴァイが口を開く。
「いや、十分だ。我が公爵家の分家と養子縁組が出来るように取り計らってくれたとルシアンから聞いた。礼を言う。おかげでヴィヴィアンとの結婚も順調に進められた」
「それならば何よりだ」
王太子の言葉にリーヴァイが微笑んだ。
「ヴィヴィアン様、わたしのことは今まで通り『クローデット』とお呼びください」
「でしたら、今度こそクローデットもわたくしのことを『ヴィヴィアン』と呼んでちょうだい。お友達がいつまでもよそよそしいのは寂しいわ」
クローデットは少し躊躇っていたようだが、わたくしが期待を込めて見つめれば、そっと名前を呼んだ。
「……ヴィヴィアン」
「ありがとう、クローデット」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
わたくしはつい苦笑してしまう。
「いつか、言葉遣いも気軽にしてくれると嬉しいわ」
「それはその、えっと、善処します……!」
クローデットの返事にテーブルが小さな笑いに包まれる。
「クローデットのそういうところ、わたくしは好きよ」
正直で、真面目で、でもそんな様子が可愛らしい。
「ああ、私もそう思う。クローデットはいつも可愛らしい」
赤い顔で俯くクローデットに優しい王太子が優しい眼差しを向け、それに気付いたクローデットがはにかむ。
二人も幸せそうだった。
「あら、見せつけてくださるわね」
王太子が呆れた表情をした。
「それを君が言うか?」
「お二方のほうが両思いな感じがしますよね」
二人が笑い、わたくし胸を張った。
「わたくし達は他人の視線など気にしませんもの」
ね、と椅子ごとリーヴァイに体を寄せれば抱き締められる。
リーヴァイがわたくしの髪を一房取り、そこへ口付けた。
王太子は苦笑していたが、クローデットはまた顔が赤くなっていた。
「君達は少し気にしたほうがいいのではないか? いまだに彼は侍従紛いのことをしているのだろう?」
「それはリーヴァイが望んでしていることでしてよ」
「そうなのか?」
王太子の問いにリーヴァイが大きく頷く。
「ああ、妻を支え、甘やかすのは夫の特権だからな」
「あまり甘やかすと大変なことになりそうだが……」
チラリと王太子がわたくしを見る。
「それはわたくしがわがままだとおっしゃりたいのかしら? まあ、わがままだという自覚はありますけれど」
「分かっていて直さないのか」
「わたくしが性格まで良くなってしまったら完璧すぎて可愛げがなくなってしまうでしょう?」
「凄い自信だな……」
「事実ですわ。社交界一美しいと言われるお母様そっくりの容姿に、由緒正しい公爵家の当主であるお父様の血筋を持ち、公爵令嬢という地位もあり、こうして素晴らしい夫もいる。でも性格はちょっと……となればどう?」
「ふむ、嫉妬は減りそうだな」
「そういうことですわ」
王太子が軽く肩を竦めて、やれやれといった仕草をする。
「そういえば、君は初めて会った時から計算高かった」
「褒め言葉として受け取っておきますわ」
王太子とわたくしのやり取りにクローデットが小さく笑う。
「わたしはヴィヴィアンの自信に満ちた姿が好きです。前向きで、堂々としていて、尊敬します」
「ありがとう。けれど、尊敬するだけではダメよ? あなたも王太子妃になるのだから、あまり謙遜しすぎないようにね」
「はい、気を付けます」
クローデットがキリッとした表情で頷いた。
しかし、すぐにテーブルは穏やかな笑いに包まれた。
この世界はゲームではない。
わたくし達はここで生きて、考え、自分の人生を歩んでいる。
「殿下とクローデット様の結婚式が楽しみですわ」
原作にはもう縛られない。
未来が分からなくても、それは当たり前のこと。
わたくし達はこれからも自分が選んだ道を歩いていく。
幸せは自分で掴み取れるから。
──推し魔王様のバッドエンドを回避するために、本人を買うことにした。(完)──




