リーヴァイ、デートしましょう。
結婚式まであと一ヶ月。
毎日忙しいながらも楽しく過ごしている。
そろそろ結婚式の準備を大体終えて、少し余裕も出来て、丸一日お休みとなった。
せっかくなので、兼ねてからやりたいと思っていたことを叶えるには丁度良い機会だった。
「リーヴァイ、デートしましょう」
わたくしの言葉にリーヴァイが目を瞬かせた。
「デート?」
「そう、わたくし達は恋人同士でもあるのに、まだ一度もデートをしたことがないなんて寂しいと思わない?」
「なるほど」
リーヴァイが珍しく考えるような仕草を見せる。
「わたくしとデートは嫌?」
それにリーヴァイが首を振った。
「嫌ではないが、我は誰かと付き合ったことがこれまでなかったのでな。デートというものも、どういうものかよく分かっていない。我と行って楽しいだろうか……」
どうやらデートの心配をしているようだ。
わたくしと一緒に行くことに悩んでいたのではなく、初めてのことでわたくしを楽しませることが出来るか気にしているらしい。
「わたくしもデートはしたことがないから、アンジュに聞いたの。観劇に行ったり、食事をしたり、あとは買い物をするのも定番らしいわ」
「そうなのか」
リーヴァイの手を取り、立ち上がる。
「わたくしもあなたも初めてなのだから、分からなくていいのよ。二人で楽しみ方をさがしましょう?」
軽く引っ張ればリーヴァイも立ち上がる。
「ああ、そうだな、行ってみよう」
そういうわけで、わたくしとリーヴァイは外出の準備を整えて、デートをすることになった。
リーヴァイは使者の時に仕立てた貴族の装いに、わたくしも外出用のドレスに着替えて、お母様とお父様に外出の旨を伝えて馬車で公爵邸を出る。
馬車に乗りながら、リーヴァイが言った。
「もしや、最初からデートに誘うつもりだったのか?」
わたくしがすぐに外出の準備を整え、お母様達に伝え、そのまま馬車に乗り込んだのでリーヴァイも気付いたようだ。
「ええ、実は一週間くらい前から考えていたの。ほら、こうして観劇の席ももう取ってあるわ」
「そうか」
観劇用のチケットを見せれば、リーヴァイがおかしそうに小さく笑った。これは彼にとっても予想外だったらしい。
馬車が劇場に向かう中、リーヴァイが車窓を眺める。
「そういえば、公爵家は買い物に出掛けることがなかったな?」
「大抵は我が家に商人を呼んで買い物をするから、わざわざ出掛ける必要がないの。でもお店に並んでいるものを眺めるのも楽しそうよね」
いつもは店側に欲しいものを伝えて色々と持って来てもらい、それを見て購入するのだけれど、店先のものを見るのもきっと楽しいだろう。
馬車が劇場に到着する。
チケットを確認すれば、もう少しで劇が始まる時間だった。
リーヴァイのエスコートを受けつつ、二人で劇場に入り、チケットを係員に渡せば、別の者が席まで案内してくれた。
わたくし達が通されたのは二階の個室のような席である。
アンジュがこの席がおすすめだと言っていたのでそうしたが、これなら他人の目を気にせず、ゆっくりと観劇を楽しめそうだ。
「素敵な席ね」
「ああ、見やすい上に周囲を気せずに済む」
二人で並んで席に着けば、そばに飲み物のビンとグラスが置かれていて、リーヴァイがそれに気付くと手を伸ばした。
ビンを開け、飲み物を注いだグラスを渡される。
「ありがとう」
一口飲んでみるとブドウジュースだった。
そのまま半分まで飲み、サイドテーブルに置く。
フッと劇場内の明かりが落ちる。
舞台が照らされると人が進み出て、今回の劇の始まりを告げ、静々と下がっていく。
そして、舞台が始まった。
* * * * *
劇が終わり、劇場を後にする。
「久しぶりに観劇をしたけれど、素晴らしかったわ!」
「ああ、なかなか感動的で悪くない物語だった。それにしても、魔族と人間の恋物語とは珍しかったな」
「きっと人類共同戦線の方針を広めるために、あえてああいう内容にしたのではないかしら? この国は今後、魔族との交流を増やしていくのですもの。皆に『魔族は悪ではない』と考え直させたいのかもしれないわ」
「観劇でそういった思想を広めるのも面白いな」
何はともあれ、リーヴァイも楽しめたようで良かった。
観劇の後はレストランで少し遅めの昼食を摂るのがいいらしい。劇の話をしながらゆっくり食事をする時間は、確かに楽しいだろう。
レストランに到着し、中へ入れば、すぐに店員が声をかけてきたので名前を告げれば、個室へ案内される。
リーヴァイの容姿はどうしても目立つため、普通の席では人目が気になってしまうので個室をお願いしたのだ。
席に着かず、椅子を動かしてリーヴァイの横に移動する。
ややあってサービスワゴンを押した店員が来て、リーヴァイの横にいたわたくしに一瞬目を瞬かせたものの、黙って食事を並べていく。全て並べ終えると一礼して退室した。
「さあ、リーヴァイ、今日は特別に食べさせてあげる」
リーヴァイが目を丸くした。
わたくしはスプーンでスープを掬い、リーヴァイの口元へ差し出した。
意外にも、リーヴァイは素直にそれを食べた。
「……美味い」
「ここは料理が美味しくて有名なのですって」
今度はパンをちぎり、一口大にしてまた差し出した。
食事を差し出す度にリーヴァイはそれを食べる。
……記憶を取り戻す前はこうして食べさせてあげたわよね。
あの頃のリーヴァイはとても可愛かった。
今のリーヴァイは可愛いとは言えないが、その分、素敵な男性になって、これはこれで嬉しい。
時間をかけてリーヴァイに食べさせる。
それが終わると、今度はリーヴァイがわたくしの分のカトラリーを持ち、料理を一口分取ると、差し出してきた。
わたくしもそれを口にする。
「ん……本当に美味しいわね」
リーヴァイはわたくしがしたように、わたくしに一口分ずつ食べさせる。
普段の食事よりずっと時間がかかるし、料理も冷めてしまうけれど、でもこれが嬉しいし楽しい。
大きな手がカトラリーを丁寧に扱い、わたくしへ差し出す仕草が凄く好きだと思った。
食べ終える頃には心もお腹も十分満たされていた。
「ふふ、まさかリーヴァイに食べさせてもらえる日が来るなんてね」
「ヴィヴィアンがしてくれたように、我もそなたにしたいと思っていた。膝枕もそのうちやりたい」
「まあ、そういうことを言うと調子に乗るわよ? これからはリーヴァイに甘やかしてもらおうかしら」
「望むところだ」
二人で食事を終えてレストランを出る。
「次は買い物ね。何を買おうかしら」
「それも見て決めればいい」
「そうね」
今度は馬車で商店通りに向かう。
大通りの少し手前で馬車を停め、買い物の間は待っていてもらうことにした。
リーヴァイと腕を組んで道を歩く。
明らかに他国出身といった容姿のリーヴァイは目立っていたけれど、わたくしもリーヴァイも装いからして貴族だと分かるため、すぐに視線は逸らされた。
二人で店先に飾られている商品を眺めながら通りを歩く。
「あら、可愛い」
店先のガラス越しにウサギのぬいぐるみが飾ってあった。
ぬいぐるみは赤い目に赤いリボンを耳につけていて、首元には金の鎖を使ったネックレスがかけられていた。ネックレスの先には雫の形をした赤い宝石が輝いている。
思わず立ち止まったわたくしに、リーヴァイが顔を向けた。
「赤い目がそなたとそっくりだな」
「お店の中に入ってもいいかしら?」
「ああ」
二人で店の入り口に行けば、リーヴァイが扉を開けてくれて、店内へ入る。
貴族向けの玩具やぬいぐるみ、置き物などを売っている店のようで、そういったものがテーブルや棚に飾られていた。
「ようこそ、ごゆっくりご覧ください」
六十代くらいの老齢の男性が静かにそう言った。
他に店員の姿はないが、二人であれこれ見るなら、店員がいないほうが気が楽だった。
リーヴァイと店内を見て回る。
「まあ、この砂時計の砂、全部星形だわ。こっちの置き物は小鳥の翼が動くみたい。面白いものばかりね」
「木製のパズルもあるな」
「これは一つ外して、十五個のピースを動かして綺麗に並べ直して遊ぶものね。簡単そうに見えて結構難しいのよ」
木製のパズルをリーヴァイが手に取った。
そのパズルが気になるらしい。
リーヴァイがピースを一つ外し、他のピースを動かすと、木同士がぶつかるカチッという音が小さく響く。
カチ、カチ、カチ。長い指がピースを動かしていく。
気に入ったようだ。
リーヴァイがパズルを遊んでいる間に、わたくしは窓際に飾られているウサギのぬいぐるみを見ることにした。
白いウサギのぬいぐるみは大きな赤い目と黒い鼻が可愛らしい。リボンとネックレスは取り外しが出来るようで、横にはぬいぐるみにつけるスカーフも売っていた。
戻って、カウンターのところに座っている男性に声をかけた。
「窓際の白いウサギのぬいぐるみと、彼が持っている木製のパズルを購入するわ」
「ありがとうございます。お包みして後ほどお届けしましょうか? このままお持ち帰りいただくことも出来ますよ」
リーヴァイを見て、笑みが浮かぶ。
「ぬいぐるみはネックレスだけ外して、家へ送ってもらえると助かるわ。パズルとネックレスはこのまま持ち帰るわ」
「かしこまりました。少々お待ちください」
わたくしがカウンターに置かれていた紙に公爵邸の住所を書いて渡せば、男性が立ち上がり、頼んだ物を包むために動き出す。
リーヴァイはまだパズルを持ってカチカチと遊んでいる。
……そういえば、魔王って子供時代はあったのかしら?
魔王に親兄弟はいないと聞いたことはあるけれど、リーヴァイのこれまでの人生について訊ねたことはなかった。
自分から言わないのなら、無理に訊き出すつもりもない。
木製のパズルで遊んでいるリーヴァイの口元には微かな笑みが浮かんでいて、パズルに集中しているのが窺える。
「お嬢様」
男性に声をかけられて、ネックレスが差し出された。
「ありがとう」
それを受け取り、リーヴァイへ歩み寄る。
わたくしが近づくとリーヴァイが顔を上げた。
「これは面白いな」
そう言ったリーヴァイは少年みたいな笑みを浮かべた。
わたくしもそれに微笑み返す。
「そう、気に入るものがあって良かったわね。リーヴァイ、少し屈んでくれる?」
「ああ」
素直に屈んだリーヴァイの首に腕を回し、ネックレスを着けた。
リーヴァイは壁にかけられた鏡で自身の首元を確認する。
「……そなたの色だな」
ネックレスに触れ、リーヴァイが目を細めて笑う。
「ありがとう」
リーヴァイから礼を言われたのは初めてだった。
男性が小さな袋を持って近づいて来る。
わたくしはその袋を受け取った。
「欲しいものを買えたか?」
「ええ、あなたも何か買う?」
「いや、我はいい」
あれほど集中していたのに、パズルを買う気はないみたいだ。
……わたくしが買ったのは余計なお世話だったかしら?
一瞬、どうしようか迷ったけれど、とりあえずリーヴァイと共に店を出る。
「はい、リーヴァイにあげるわ」
小さな袋をリーヴァイに差し出した。
それを受け取ったリーヴァイが小首を傾げる。
「これは?」
「さっきあなたが遊んでいたパズルよ。気に入ったみたいだったから、買ったのだけれど……その、要らなかったら返すことも出来るわ」
リーヴァイが黄金色の目を瞬かせた。
そして、破顔する。
「いや、要る。これはもう我のものだ」
しっかりと袋を脇に抱えたリーヴァイの仕草がどこか幼くて、喜んでくれているのが分かってホッとした。
「そろそろ帰って、ティータイムにしましょう?」
「ああ、そうしよう」
差し出された腕に、わたくしも手を置いて、二人で並んで歩いて馬車へと戻る。
リーヴァイから機嫌の良さが伝わってくる。
自分で買うほどではないが、誰かから贈られたら嬉しいということなのだろうか。
足取りの軽いリーヴァイにわたくしも釣られてしまう。
「式を終えたら、またデートしましょうね」
わたくしの言葉にリーヴァイが笑みを深める。
「ああ、また来よう」
「軽食を作ってもらって、それを持って公園でピクニックをするのもいいそうよ。王都の外に遠乗りに行くのもデートの定番なのだとか」
「我は馬に乗れない」
「それなら馬車で王都の外まで行って、そこでピクニックをするのはどうかしら? 人目がなくてきっと過ごしやすいわ」
「それも楽しそうだ」
今回のデートは上手くいったようだ。
これからは二人でデートに出掛けるのもいいだろう。
式の後はしばらく『公爵令嬢と魔人の夫婦』として有名になってしまうだろうから目立つかもしれないが、それなら人目の少ない場所に行けばいいだけの話だ。
馬車に戻るとリーヴァイはさっそく袋を開けて、中に入っていたパズルを出して遊び始める。
わたくしは横に座り、リーヴァイの手元を覗き込みつつ、リーヴァイの遊ぶ様子を見させてもらった。
リーヴァイは頭が良いのだろう。
ほとんど迷うことなく手が動いている。
「ヴィヴィアンもやるか?」
「やるのは構わないけれど、あなたほど早くは完成させられないわ」
「では、一緒にやろう」
公爵邸に着くまで、二人で身を寄せ合ってパズルで遊ぶ。
そんな何気ない時間が幸せだった。




