わたくし達は魔族と人間を繋ぐ橋になれますわ。
王都に帰還して五日後。
我が家に王太子とクローデット、アンジュが集まった。
アンジュにはリーヴァイが魔人であることを伝えていたが、彼女は驚いた様子もなく「ヴィヴィアンが選んだなら悪い人じゃないんだね」と受け入れてくれた。
……さすが、わたくしの親友ね。
ギルバートにその話をするかどうかはアンジュに任せてある。
彼は魔族との和睦に懐疑的なところがあり、わたくしがいきなり打ち明けるよりかは、様子を見てアンジュからそれとなく話してもらったほうが反発されにくいかもしれない。
公爵邸の応接室でティータイムを過ごす。
「今回は二人とも、使者としてご苦労だったな」
王太子の言葉にわたくしは微笑んだ。
「魔族領もとても過ごしやすくて良かったですわ。会談に参加してくださった魔族の皆様も穏やかで、比較的、友好な方々でした」
「これでシャトリエ王国は周辺国に先んじて、魔族と交流を持つことが出来る。君達の婚姻も許可が下りた。今日はその報告も兼ねて来た」
「まあ、そうでしたのね。嬉しいご報告をありがとうございます。さっそく、結婚式の準備を進めますわ」
リーヴァイとは結婚出来るだろうとは思っていたけれど、きちんと陛下の許可が下りたという事実が大切である。
「上手く事が進んで良かったけど、ヴィヴィアンに会えなくて寂しかったよ……!」
横の席にいたアンジュに手を取られ、わたくしも握り返す。
「わたくしもアンジュやクローデットに会えなくて寂しかったわ。遠いから手紙を書くことも出来なかったの。ごめんなさいね」
「ううん、ヴィヴィアンが謝ることじゃないよ。必ず無事に帰って来てくれるって信じてたから」
「人間側で言われているような粗暴な方はいなかったわ」
それにクローデットが明るい表情を見せた。
「魔族と仲良く出来そうですか?」
というクローデットの問いに頷き返す。
「ええ、わたくしは可能だと考えているわ。きっと、今までの争いの歴史のせいでお互いに毛嫌いしてしまっているだけなのね。疑心を感じているでしょうに、それでも、とても丁重にもてなしていただいたわ」
三人に向こうでの生活や会談の内容について説明する。
生活の様式は人間側も魔族側も変わらない。
いや、むしろ魔族のほうが魔法が使えるので、暮らしやすさという点では魔族領のほうが質が良い。魔法が便利なのだ。
魔族はそれぞれ種族が違うようだけれど、基本的に種族が違っても魔族同士は同族意識が強いようだ。
人間よりも同族への情は厚いのかもしれない。
人間側から戦争を仕掛けるなどということがなければ、恐らく、魔族との和睦は表面上は問題なく進むだろう。
「ですが、あくまで今回は『次回の会談の約束を取り付ける』ことが出来たというだけで、魔族と和平を確実に結べるというわけではございません」
「それでも今は十分だ。魔族と交流する機会が得られるだけでも違う。何も出来ないよりずっといい。次回の会談でも、また君達とルシアンには出向いてもらうことになるだろう」
「それに関しては構いませんが、結婚式の後だと嬉しいですわ」
「ああ、それについてはこちらで調整しよう」
王太子の言葉に安堵した。
「お母様とお父様の話では、今から準備をすれば、早ければ三ヶ月後には式を挙げられるそうですわ」
それに三人が驚いた様子でこちらを見る。
「三ヶ月? 随分と早いな?」
「わたくしとリーヴァイが婚約した時点で、お母様が婚礼衣装の手配をしてくださっていたそうです。ドレスはお母様が公爵家に嫁いだ際に着ていたものを手直しして使う予定ですし、リーヴァイのものも既に準備中とのことです」
「……君達は一体、いつからこの計画を考えていたんだ?」
王太子の問いにわたくしは微笑んだ。
「人類共同戦線の意思決定がなかったとしても、わたくしはリーヴァイと結婚するつもりでした。その際は控えめな式にする予定だったのですが……」
「君達にとっては良い方向に転がったというわけか」
どこか呆れたような、感心したような表情の王太子に、わたくしは苦笑を返す。
確かに、わたくし達の関係を公にしても許される状況になったことはありがたいが、もしそうでなかったとしても、わたくし達は結婚していたので、婚約した時点で婚礼衣装の準備を始めるのは不自然ではない。
少々気が早いとは思われるだろうが、それだけだ。
「まあ、そうとも言えますわね。でも、だからこそ、わたくし達は魔族と人間を繋ぐ橋になれますわ」
「ああ、期待している」
王太子の言葉にわたくしは笑みを深める。
わたくしも魔人だという事実は、墓の中まで持って行くことになるだろう。
その程度の秘密でリーヴァイと結婚出来るなら、隠し通してみせる。
「ご期待に添えるよう努力いたしますわ」
* * * * *
「そういうことで、招待客の名簿を作りましょう」
お母様が言い、お母様のメイド達が机の上に大量の書類をドサドサドサッと重ねて置いた。
「一応訊きますが、お母様、この書類の山は?」
「シャトリエ王国の全貴族の書類よ。こちらは我が家と深い関わりのある家、こちらは少し関わりのある家、最後にこれは関わりのない家というふうに分けてあるわ」
「関係のない家も招待するのですか?」
「派閥的にあまり仲が良くなくても、有力貴族ならば招待したほうがいいわ。それに、我が家がより力を持つことを誇示する意味合いもあるのよ」
チラリと視線を動かせば、涼しい顔でリーヴァイが壁際に控えている。
……さすがにいきなり魔族を招待は出来ないものね。
そうなると、自然と招待客はわたくしか公爵家の関係の者となる。
つまり、招待状はほぼわたくしが書く必要があるのだ。
しかもその前に招待客を選ばなければいけない。
これは一人では判断がつかないので、お母様に手伝ってもらう。それだけでもかなり楽なのだろうが……。
「まずは私が大まかに選別するから、その中から書類を確認して、招いても良いという方をあなたが選ぶのよ。大丈夫、最終確認は私も一緒に行うわ」
そこで一緒に選んであげる、と言わないところがお母様なりのわたくしへの配慮なのだろう。
全てをお母様が取り仕切ってしまったら、わたくしとリーヴァイの仕事がなくなってしまうし、わたくしの勉強のためにも一度は自分で判断させようと考えているのだと思う。
「分かりました。頑張ってみます」
「ええ、もしどうしても困った時は質問していいわ」
「はい、ありがとうございます、お母様」
そうして書類と向き合う。
どうやら爵位が高い家から順に書類は整えてあるらしく、一番上にあったのは王太子、次にガネル公爵家──アンジュの家だった。
……王太子、ガネル公爵家は全員招く、と。
名簿に全員の名前を書き、書類を右側に置かれている【招待】と書かれた箱へ入れる。反対の左側には【招待なし】と書かれた箱もあった。
こうして書類を仕分けることで後でもう一度確認する時に、名簿に漏れがないか調べやすいのだろう。
……招待、招待、招待、招待、招待しない、招待、招待しない……。
書類を読み、我が家との関係や他家との関係を思い出しつつ、招待するかどうかを選ぶ。
侯爵位まではどの家も招くつもりではあるけれど、伯爵家以下の家は我が家との繋がりがあるか、招くことで利益があるか、今後の付き合いなどを考えて判断する。
「ねえ、リーヴァイも手伝って」
声をかければすぐにリーヴァイが近づいて来る。
「そうしたいが、我は人間の貴族のことはよく知らない」
「……じゃあ、後ろで見ていて。わたくしと結婚するなら、今後、あなたも貴族と顔を合わせる機会が増えるでしょう? せめて我が家と関わりのある家くらいは覚えてくれると助かるわ」
「ああ、分かった」
わたくしの後ろに立ち、リーヴァイが手元を覗き込んで来る。
そして、リーヴァイと二人で招待客について話し、考え、招くかどうか選ぶことにした。
貴族のことは知らないと言ってたリーヴァイだったけれど、わたくしが招くと判断すると理由を訊ねてきて、それを説明するとリーヴァイの意見も話してくれた。
時間はかかったけれど、リーヴァイと話すことでわたくしも招待するかどうかについてよく考える機会が出来て良かった。
最初は招待すると言ったものの、話し合った結果、招待しないと決めた人物も何人かいた。
バスチエ伯爵家もとりあえず招くことにした。
クローデットとわたくしが親しいことと、プリシラがランドロー公爵家の分家筋と結婚するので、一応、親族という繋がりがある。
ただしクローデットは王太子のそばに席を設け、プリシラも教会関係者として出席してもらうつもりだ。
バスチエ伯爵夫妻もそうすれば大人しくしているだろう。
「ヴィヴィアン、今日はそろそろ終わりにしましょう」
と、お母様に声をかけられて我に返る。
気付くと、窓の外はもうすぐ日が落ちる頃だった。
「この分なら明日には終わりそうね」
「お母様とお父様の結婚式の時はもっと大変でしたよね?」
「ええ、そうよ、この国の大半の貴族を招いたわ。王家の次に地位の高い公爵家ですもの、誰もが出席したいと手紙を送ってきて、それを全部読むだけで三日もかかったわ」
「まあ……」
想像するだけでも大変そうだ。
それでも、お母様がおかしそうに笑っているので、今では良い思い出になっているのだろう。
「お母様とお父様の結婚式、わたくしも見たかったです」
「ふふ、実は旦那様ったら結婚に浮かれて『パレードも行う!』って言い出してね、国王陛下に止められたのよ」
「止められなかったらパレードもしていたのですか?」
「していたかもしれないわね」
そう言ったお母様は満更でもなさそうで、きっと、お父様と結婚すると決めた時、お母様も嬉しかったのだと思う。
人間と魔族の架け橋という意味では、お母様とお父様の結婚のほうがそれに近い。
でも、お母様が魔族であることは知られてはいけない。
お母様も色々と悩んだのかもしれない。
お兄様がいるのだから、わたくしを産む必要はなかったし、お父様に完璧な『魅了』がかかっているなら愛する必要もなかったはずだ。
それでも、お母様はお父様と結婚する道を選んだ。
最初はシャトリエ王国に潜入するためだったとしても、お母様とお父様の間には確かな愛情がある。
その結果生まれたのがわたくしだから。
「わたくし、お母様とお父様の娘に生まれて良かったわ」
お母様がキョトンとした後、嬉しそうに微笑んだ。
近づいて来たお母様に優しく抱き締められる。
「私も、あなたが生まれてきてくれて良かったと思っているわ。私達の娘に生まれてくれてありがとう、ヴィヴィアン。いつでもあなたを愛しているわ」
「わたくしもお母様とお父様を愛しています」
お母様がまた、ふふ、と小さく笑った。
「ありがとう。でも、それを旦那様に言うのは結婚式にしてあげてちょうだいね。あの人、ああ見えて涙脆いところがあるから、あなた達の結婚を『延期しよう』って言い出すかもしれないわ」
「お母様との結婚で浮かれて、パレードをしたがるくらいですものね」
お母様と顔を見合わせ、笑い合う。
リーヴァイと結婚してもこの公爵邸には残る予定だ。
だから、結婚したからといって離れ離れになるわけではないのだが、やはり『結婚する』というのはお父様にとっても、お母様にとっても感慨深く感じるのだろう。
「そうそう、私からもヴィヴィアンに結婚のお祝いを贈るつもりだから、結婚式当日を楽しみにしていてね」
「当日?」
「何を贈るかは秘密よ」
唇に人差し指を当ててウインクするお母様は可愛かった。
……お母様、時々わたくしより若い仕草をするのよね。
でも、それがよく似合っているから凄い。
「お母様からのお祝いの贈り物を楽しみに、結婚式の準備を頑張りますわ」
何故か、お母様はおかしそうに笑っていた。
リーヴァイを見ても、小さく首を振ったので、リーヴァイにも贈り物の中身は教えていないらしい。
これから、招待状を送れば多くの貴族から結婚祝いの品が送られてくるはずだ。
……そのお礼状も書かなくちゃいけないわね。
結婚式までのやることは数え切れないほどあるものの、それが嫌ではないのは、好きな人との結婚だからか。
人生に一度きりの結婚式にしたいし、どうせ大々的に披露することになるのなら、華やかで思い出に残るものにしたい。
「明後日に服飾店の方が来るから、ドレスを一緒に見ましょうね」
嬉しそうな、幸せそうなお母様にわたくしも微笑んだ。
「はい、お母様」
そっと手を握られ、顔を上げれば、リーヴァイも微笑んでいた。
大切な家族が、愛する人が、幸せそうにしているとわたくしも幸せな気分になる。
「リーヴァイの服も楽しみね。あなたなら、きっとどんな服でも素敵に着こなしてしまうのでしょうけれど」
愛する人の婚礼衣装を一番近くで見ることが出来る。
その特権だけは誰にも渡したくないと思った。




