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兄妹でも距離は必要でしょう?






 記憶を取り戻してから六日が経った。


 わたくしはお兄様と家族として仲良くしながらも、それなりに距離を置いて接するように努めた。




「わたくしもう十四歳ですもの、いつまでも子供のようにわがままを言って過ごすのはやめますわ」




 と言えば、年頃の女の子が背伸びをしたがっていると思われたのか、今はみんな微笑ましいという顔でわたくしを見守っている。


 ちなみに五日前に手紙を出した時、侍女に「本当に出すのですか?」と訊かれたが、わたくしは手紙を出した。


 手紙の宛先はこの王都内にある、大きな奴隷商だ。


 貴族が利用するほどの場所となれば限られてくるので、とりあえず五通ほど書いたが、侍女が言うには三通あれば十分とのことで、その三通を送ってもらった。


 ……そう、買った相手が思い出せないなら、売った人間に訊けばいいのよ!


 手紙と共に数枚の金貨も持っていくようお願いした。


 普通ならば誰が何を買ったか商人は秘密にするだろうが、お金で解決出来ないことなんてない。


 手紙と共に渡したのは『手付け金』みたいなもので、もし教えてくれるなら、これとは別にお礼を弾むと伝えてある。


 たとえ自分が売った奴隷でなくても、他の店で売られた奴隷の情報を調べて、教えてくれるかもしれないという可能性もあった。


 そして昨日、奴隷商から手紙の返事が来た。


 三つのうち二つからは「その奴隷については知りません」という内容の手紙だったが、最後の一つからは「その条件の奴隷を過去に売った覚えがあります」という返事で、わたくしは急いで手紙を書いて、今日、店の予約を取り付けた。


 朝食後、出かける支度をしていると部屋の扉が叩かれた。


 もう後は髪を結うだけだったので通せば、お兄様だった。




「そんなに買い物が楽しみなのかい?」




 出かける支度をほぼ済ませたわたくしにお兄様が言う。




「どちらとも言えませんわ。欲しいものがあるけれど、それがすぐに買えるわけではありませんの。今は他の人の手にあるので、誰が買ったか調べて、譲っていただくのですわ」


「新しく作ったものではなくて?」


「それは作ることが出来ない特別なものですから」




 髪を結ってもらい、最後にボンネットを着けてもらう。


 侍女が物言いたげな顔をしていたが、今回の件については家族にも秘密にしてほしいとお願いしてあった。


 お父様やお母様、お兄様には「欲しいものがあるから買う」としか伝えていない。


 わたくしが何かを買うのはよくあることなので、家族は誰も、わたくしの買い物について何かを言うことはなかった。




「では、行ってまいります」




 お兄様が立ち上がった。




「やっぱり僕も行こうか?」


「いいえ、護衛もおりますし大丈夫ですわ」




 奴隷を買うと言ったら反対されそうなので黙っておきたい。


 お兄様にジッと見つめられる。


 今朝の『一緒に行こうか?』という誘いを断ってから、なんだかお兄様から視線を向けられることが増えた気がする。


 けれど、お兄様はどうせわたくしに興味はないだろう。


 ちょっと変わったわたくしに疑問は感じているかもしれないが、多分、それほど何か思っているわけではない。




「じゃあ玄関まで送って行ってあげるよ」




 差し出されたお兄様の手に嬉しくなる。


 たとえこれに感情がこもっていなかったとしても、それでも、やはりお兄様に優しくしてもらえると幸せだ。


 お兄様の手を取り、部屋を出る。




「何を買うかは秘密ですけれど、買ったものを綺麗にしたらお兄様にも見せて差し上げますわ」


「うん? それは汚れているの?」


「まだ分かりませんわ。汚れているかもしれませんし、綺麗かもしれませんし、それは持っている方次第ですの」


「へえ、なんだか謎かけみたいで面白いね」




 ふっとお兄様が微笑んだ。


 それは本当に心から面白いと感じたのだろうという笑みで、わたくしは嬉しくて、でも少し寂しかった。


 ……わたくし、お兄様達が探し求めていた魔王様を買うの。


 玄関までお兄様に見送ってもらい、侍女と共に馬車に乗る。


 馬車が走り出したところで侍女に問われた。




「お嬢様、本当に奴隷商に行くのですか?」


「ええ、わたくし、奴隷を買いますわ。でも今から行くお店で買うのではなくて、もう既に売られてしまった奴隷の行方を調べてもらったのよ。そして、買った方のところに行ってわたくしがその方から買い上げるつもり」


「どうしてそのようなことを……」




 困惑する侍女にわたくしは苦笑する。




「その奴隷がどうしても欲しいから」




 きっとお父様達は奴隷を買ったと聞いたら驚き、反対するかもしれないが、それが魔王様だと知ったら更に仰天するだろう。


 でも、これには理由がある。


 わたくしが奴隷として魔王様を購入し、ずっと奴隷のままにしていれば『命令』が通る。


 つまり、わたくしが『人間と争うな』と命令すれば、奴隷の魔王様は主人の命令に抗えない。


 いざとなればその手が使えるのだ。


 そうすれば、魔族と人族との戦争は再開しないし、魔王様が殺されるなんてこともなくなるはずだ。


 大通りを抜け、脇道に入って少し走ったところで馬車が停まった。


 侍女が降りて、その手を借りてわたくしも降りる。


 店に入ると華やかな応接室に案内された。


 貴族御用達というだけあって、紅茶も出てきたし、応接室の家具も下品すぎない程度に煌びやかである。


 その後、すぐにオーナーだろう男性が応接室に来た。




「本日はご来店いただき、ありがとうございます」


「わたくしのほうこそお手紙をありがとう」


「いえいえ、お嬢様の頼みとなればどのようなことでもお手伝いいたします」




 中年の小太りの男性が向かいのソファーに腰掛ける。




「それで、お知りになりたいのは『白銀の髪に黄金のような瞳、褐色の肌の魔人の少年』でお間違いございませんか?」


「ええ、もしかしたら両手足に何か刺青か痣のような模様があるかも。歳は多分わたくしより少し上ね」




 男性が「ふむ……」と視線を巡らせる。




「やはり、その奴隷でしたら二年ほど前に売った覚えがあります。美しい白銀の髪、黄金色の瞳、そして褐色の肌。おかしな模様が手足にあったので、そのせいで安値になってしまったのが残念でした」


「その奴隷はどなたに売ったの? ああ、もちろん、お金で情報を買ったことは黙っているわ。わたくしが権力であなたに言わせるの」




 侍女に手を振り、お金を持って来させる。


 テーブルに置かれた小袋を男性がチラリと見て、そして人好きのような笑みを浮かべた。




「その奴隷を購入なさったのはミラベル・バーンズ伯爵夫人でございます」




 そこで原作のクローデットの言葉を思い出す。


 確かに「間違っていますわ、バーンズ伯爵夫人!」と怒っていたような気がする。


 その時は初登場の魔王様に見惚れていて、流れてくる文章を読み流してしまっていたのかもしれない。


 男性が小さな紙に何かを書き、侍女へ渡し、受け取ると、どこかの住所が書かれていた。




「そう、ありがとう」




 わたくしはもう一度、侍女に小袋を出させてから立ち上がる。


 男性が恭しく頭を下げるのを横目に応接室を出て、馬車に乗り込んだ。


 いきなり屋敷に行くのは失礼に当たるので、一旦屋敷に帰り、手紙を送ってから行くのがいいだろう。


 一番良いのは返事を待ってからだが、とりあえず先触れを出しておけば最低限の礼儀は守れる。


 屋敷に到着するとすぐに馬車を降りて部屋へと向かう。


 急いで手紙を書き、侍女にすぐさま届けるよう頼んだ。


 ……売られたのは二年前、ね。


 二年も奴隷として過ごしているのならば、記憶を取り戻す前であってもかなり人間への憎しみが募っているだろう。


 ……しばらくは奴隷のままがいいかもしれないわ。


 本当は奴隷から解放してあげたいけれど、いざという時に『命令』が使えないのは困る。


 少なくとも、魔王様が人族と争わないと確信が持てるまでは奴隷のままでそばに置くのがいいと思う。




「ミリー、わたくしのお小遣いを全て出しておいてちょうだい。奴隷を譲ってもらう時にどのくらい払うことになるか分からないから」




 あまり上品な方法ではないが、奴隷一人と金貨数十から数百枚であれば、奴隷を手放すほうがいい。そのお金で新しく奴隷を買うことも出来る。


 ……こういうのを『札束で叩く』って言うのかしら?


 この世界風に言うなら『金貨袋で殴る』だろうか。


 侍女がお金を用意している間、紅茶を飲んで過ごす。


 部屋の扉が叩かれ、声をかければ、お兄様が顔を覗かせた。




「お帰り、ヴィヴィアン」


「ただいま戻りましたわ、お兄様。でもまだ買い物は終わっておりませんの。午後にまた出かける予定ですわ」


「今日のヴィヴィアンは忙しいようだね」




 お兄様が入ってきて、わたくしの隣に腰掛けた。




「君がそこまでして欲しいものを、お兄様に教えてはくれないのかい? 父上や母上にも言っていないみたいだね」


「ええ、だって言ったら反対されますもの」


「そう言われると余計に気になってしまうよ」




 お兄様が片手を上げたので、何をするのだろうとジッと見つめれば、お兄様の手が止まった。


 そうして、何故かお兄様自身も少し驚いた顔をする。


 わたくしが首を傾げれば、お兄様の手が膝に戻った。




「……いや、なんでもないよ。……せめてどんなものなのかだけでも教えてくれないか? 朝からずっと気になっていてね」




 お兄様にしては珍しく引き下がらなかった。


 いつもなら、わたくしが何を買っても何も言わなかったし、何を買ったか訊いてもこなかったのに。




「秘密ですわ。でも、きっとお兄様とお母様は喜ぶと思います」


「僕達へのプレゼントかな?」


「近くて遠いとだけ申し上げておきますわ」


「やっぱり謎かけみたいなことを言うんだね」




 お兄様はどこか楽しそうに微笑んでいる。


 ……なんだか今日のお兄様はいつもと違うわ。


 わざわざ、お兄様がわたくしの部屋に来るというだけでも珍しいのに、こうしてわたくしの買い物の内容を聞き出そうとしてくるなんて。




「お兄様、今日は構ってくださるのね」




 そう言えば、お兄様がまた驚いた顔をした。


 そこで、わたくしもちょっと嫌みな言い方だったと気付く。




「僕がヴィヴィアンを無視したことはないと思うけど……」


「確かに、お兄様はいつもわたくしに付き合ってくださるわ。今まではそれが嬉しかった。でも気付いたの。……お兄様はわたくしのことなんてなんとも思っていないって」




 伏せた目を上げ、お兄様を見れば、固まっている。




「今まで鬱陶しかったでしょう? だからもう、お兄様にしつこく絡むのはやめます」




 お兄様が困ったように微笑む。




「鬱陶しくはなかったよ」


「でも、どうでも良いとは思っていますよね?」


「そんなことはない」




 お兄様の手がわたくしの頭に触れる。


 でも、今は嬉しくない。ただただ悲しいだけ。




「嘘つき」




 わたくしは立ち上がってお兄様の手から離れる。




「……お兄様、今後はほどよい距離で過ごしましょう」




 とても悲しくて、泣きそうになるのを我慢する。


 お兄様が何か言いたげに口を開け、そして閉じる。


 ……きっとお兄様は受け入れるだろう。


 いつもわたくしのわがままを聞いてくれたように、今回も、わたくしがこう言えば頷くはず──……。




「それは嫌だ」




 お兄様の言葉に今度はわたくしが驚いた。


 立ち上がったお兄様がわたくしの手を握る。




「確かにずっとヴィヴィアンのことは無関心だった。それについては謝るよ。ごめん。……でも、今はそうじゃない。近くで君をもっと見ていたいと思う」


「それはわたくしが変わったから?」


「否定はしない」




 それがまた悲しくて涙がこぼれた。


 わたくしが変わらなければ、一生お兄様はわたくしに対して無関心で、どれほどわたくしがお兄様を大切に思ってもお兄様の心には欠片もわたくしはいないままだったのだろう。


 さすがのお兄様でも悪いとは思ったようだ。


 そっとお兄様に抱き締められる。




「本当にすまない、ヴィヴィアン」




 わたくしは何も返事が出来なかった。


 お兄様はしばらくわたくしを抱き締めてくれたけれど、自分がいたら泣きやまないと気付き、部屋を出て行った。


 侍女がすぐに目元を冷やしてくれたので腫れは酷くならなかったけれど、気持ちは沈んでいた。


 また部屋の扉が叩かれて、メイドが手紙を持って来た。


 手紙の差出人はバーンズ伯爵夫人だった。


 わたくしの急な訪問を快く受け入れてくれた。


 ……落ち込んでる場合じゃないわ。


 わたくしは絶対に魔王様を手に入れなくてはならない。




「……わたくしなら出来るわ」




 他人の物欲しさにお金で相手の頬を叩いて譲らせるような行為だけれど、どうせ悪役なのだから、それらしく振る舞ってみせよう。


 昼食はなんだか気まずくて、食堂ではなく部屋で摂り、少し休憩してから外出の準備をして、出かけることにした。







 

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