思い通りにはなりませんことよ?
そして十六歳になるまであと一月。
また国王から王城へ来るように手紙があった。
……嫌な予感がしますわね。
しかし、国王からの手紙を無視するわけにもいかず、わたくしはまたお父様と共に登城した。
今回は断るのに必要かもしれないとリーヴァイも連れて行く。
「ヴィヴィアン、恐らくまた王太子殿下との婚約についての話だろう。嫌ならお断りしていいからな」
「はい、お父様」
城に到着すると使用人の案内で、前回同様、奥に通された。
この時点でもはや色々とお察しなのだが、応接室に着くと、控えの間にリーヴァイを待たせて中へと入る。
そこには国王と王太子殿下だろう若い男性がいた。
王太子はややくすんだ柔らかな色の金髪に淡い水色の瞳で、くせの少ない髪が顔を上げるのと同時にさらりと揺れる。
……美しいけれど、わたくしの好みではないわね。
お父様とわたくしは礼を執った。
「国王陛下と王太子殿下にご挨拶申し上げます」
「ご挨拶申し上げます」
国王が頷き、ソファーを勧めてくる。
「ランドロー公爵、ヴィヴィアン嬢、よく来てくれた。さあ、そこに座っておくれ」
お父様と共にソファーに座る。
王太子殿下と目が合ったので、失礼のない程度に目を伏せ、視線を外す。
「陛下、まさかとは思いますがまた婚約のお話でしょうか?」
「そう嫌そうな顔をしないでくれ。公爵家にとっても悪い話ではないと思うが……」
「我が家は今でも十分な地位を得ております。もはや今以上は望んでおりません。何より、娘には愛する者と結婚してほしいと思っています」
国王はそれでも笑みを崩さなかった。
「ヴィヴィアン嬢よ、どうだ? 父親の贔屓に聞こえるかもしれないが、私の息子もなかなか見目も良く、優秀で、結婚相手としてこれ以上の者はいないと思わないかね?」
チラと王太子殿下を見るが、その表情はあまり思わしくなく、すぐに逸らされた視線からもわたくしとの婚約は望んでいないのだろう。
内心で小さく息を吐く。
「公爵令嬢の結婚相手としては素晴らしいと思いますわ」
「では、婚約をしてくれるかね?」
「いいえ、お受け出来ません。そもそも、あくまで候補でしかなかったはずです。候補だった他のご令嬢がいらっしゃるではありませんか」
「他の令嬢達を王太子妃とする案も考えたが、やはりランドロー公爵家と縁を繋ぐことが王家としても望ましいとなったのだ」
……本当に考えたのかしら。
正直、一度ハッキリ断っているのにしつこく食い下がられたところで、こちらが折れると本気で思っているのだろうか。
いざとなれば王命で婚約させることも出来るという国王の思考が透けて見える気がして、不愉快である。
わたくしが首を縦に振らないことを察したのか、国王は困ったような顔をする。
「エドワード、ヴィヴィアン嬢、少し若い者同士で話をしてみてはどうかね?」
そういうわけで、わたくしは王太子と隣室へ移動した。
王太子のそばにはオレンジ髪の近衛騎士がいて、すぐにそれがアンジュの婚約者であり、攻略対象の一人であるギルバート・マクスウェルだと分かった。
目が合っても静かに目礼を返される。
現在のギルバートは女たらしではないようだ。
わたくしは控えの間にいるリーヴァイを呼び、代わりに王城のメイドを追い出した。
メイドはこの部屋であったことを国王に全て報告する。
だからこそ、わたくしは信用出来なかった。
「改めて初めまして、エドワード・ルノ=シャトリエだ」
「ヴィヴィアン・ランドローと申します」
王太子の視線がわたくしの斜め後ろにいるリーヴァイに向けられる。
「ランドロー公爵令嬢は奴隷に入れ込んでいるという噂を聞いたが、あながち間違いでもなさそうだな」
それがどういう意図で出された言葉かは知らないが、安堵と少しの侮蔑を感じ、わたくしは扇子で顔を隠した。
「まあ、よくご存じですこと。確かにわたくしはこの子を愛しておりますけれど、噂好きなスズメ達がお喋りしているような関係ではございませんわ。王太子殿下ともあろう方が、下世話な噂話を一方的に信じられるとは少々意外でしたわ」
王太子が一瞬黙った。
その後ろにいるギルバートの頬が僅かに引きつる。
「信じているわけではないが……。では、私と婚約する気は本当にないのだな?」
「しつこいですわ。わたくし、これでも一途ですの」
「それならばいい。私も、実は想いを寄せている者がいる。その者と結婚したいと考えていたので、そなたに婚約する気がないと知ることが出来て安心した」
……あら、もう心に決めた相手がいるの?
原作ではクローデットに初めて恋をするはずだが。
「よろしければ、お相手についてお訊きしても? 場合によっては我が家が後見になることで、王太子殿下の婚約者に推薦することも出来るかもしれませんわ」
王太子は驚いたように顔を上げ、そして視線を逸らした。
「……そなたの知っている者だ。クローデット・バスチエ伯爵令嬢。友人らしいな」
「まあ、クローデット様でしたのね」
原作とは流れは変わっているものの、クローデットが王太子と出会ったというのは大きい。
「彼女は優しくて、可愛らしくて、素敵な方ですものね」
わたくしの担当する孤児院でも子供達に人気だ。
最初に連れて行ってから、頻繁に孤児院を訪れ、子供達に手紙の書き方やドレスの着替えの仕方などを実践でさせてくれるので喜ばれている。
子供達ともよく遊んでくれるので、わたくしよりも人気があるかもしれない。
「ああ、私は彼女と出会って、初めて恋をした」
どうやら王太子とクローデットは、わたくしとクローデットが仲良くなってすぐに出会ったらしい。
出会いは王太子が視察中に教会に立ち寄り、そこで祈りを捧げるクローデットを見つけたことから始まった。
それから密かに逢瀬を重ねていて、国王や王妃はそれを知らない。
伯爵令嬢なので身分的に王妃とするのは難しい。
多分、クローデットは王族について話さないほうがいいと思ったのだろう。黙っていたのは正しい判断だ。
……ちょっと待って。これは使えるのではなくって?
「殿下、やはりわたくし達、婚約いたしましょう」
パチリと扇子を閉じれば、王太子が眉根を寄せる。
「ああ、結婚したいという話ではございませんわ。このままだと両陛下はいつまでもわたくし達を婚約させようとするでしょう? いっそ、一時的に婚約してしまえば良いのです」
「だが、陛下が承認した婚約を解消するのは難しい」
そう、正直に『婚約を解消させてください』と言えば、絶対に陛下は頷いてはくださらない。
「時が来たら殿下は人々の前でわたくしに婚約破棄を言い渡すのです。大勢の貴族が目撃する中で殿下が破棄をすれば、陛下も諦めざるを得ないかと」
「……なるほど。王家が公爵家の尊厳を傷付けたとなれば、公爵家から婚約の解消を申し出やすくなり、陛下も受け入れる他ないだろう」
「この場合、殿下には『婚約者よりも奴隷を優先するような令嬢とは結婚出来ない』という理由で婚約破棄を言い渡していただければと思います」
「良いのか? 今後まともな結婚は出来なくなるぞ?」
婚約を破棄されるというのは貴族令嬢にとっては瑕疵になる。
わたくしはそれに微笑み、手を上げる。
当たり前のようにその手にリーヴァイが顔を寄せて来たので、そっとその頬を撫でた。
「そのほうが好都合ですわ」
それで通じたのか、王太子が考える仕草をする。
そして婚約破棄と同時にクローデットを婚約者にすると告げてしまってもいい。
時間が経てば候補達も婚約、結婚し、地位のつり合う令嬢達も減り、ランドロー公爵家が後見となってクローデットを推すという手もある。
……両陛下はお怒りになるでしょうけれどね。
しかし、両陛下の間に子供は殿下しかいない。
殿下が多少何かをやらかしたとしても、廃嫡には出来ないし、王弟殿下夫妻の子もまだ生まれたばかりなので次代の王にするには若すぎる。
「……いいだろう」
「では、詳しいお話はまた後日、我が家にお招きした際に詰めましょう。とりあえずは陛下に婚約のお話をしませんと」
「そうだな……」
少し暗い表情をする王太子に声をかける。
「機会を見て、クローデット様と殿下が会えるよう手配いたしますわ。その際に三人で話し合いをしましょう」
「っ、ああ、助かる」
ギルバートは黙っているので、恐らく、王太子側の人間だろう。
原作でも王太子ルートだとギルバートが応援していたはずなので、女たらしにさえならなければ、良い人だと思う。
隣室に戻り、お父様の隣へ腰を下ろす。
王太子を見れば頷き返された。
「陛下、ヴィヴィアン嬢と婚約したいと思います」
「わたくしも、殿下との婚約に同意いたします」
お父様が驚いた顔をしてわたくしを見た。
その心配そうな表情に、大丈夫だと、微笑み返す。
国王が嬉しそうに表情を明るくした。
「そうか、それはありがたい。ヴィヴィアン嬢よ、これからは息子をよろしく頼む」
「かしこまりました、陛下」
そしてその場で婚約届を出し、お父様とリーヴァイと共に帰ることにした。
陛下はすぐに帰るわたくし達に少し残念そうな様子ではあったが、これ以上、下手に押して婚約を取りやめるなどということにされたくなかったのだろう。
屋敷に戻り、お父様の書斎で家族全員で揃ったところで、わたくしは王太子との婚約をしたことと、その狙いについて説明した。
お母様もお兄様も、お父様ですら驚いた様子だった。
「よく殿下が頷いたね」
「それくらいクローデット様が好きなのよ、きっと」
お兄様の言葉にわたくしはそう返した。
……数日中にクローデット様にも説明しないとね。
真面目なクローデットの性格を考えると、友人と想い人が婚約しても『自分が身を引けば……』などと考えてしまうだろう。そうなってはわたくしも困る。
クローデットと王太子がくっつき、婚約破棄されれば、わたくしは他の貴族と結婚せずに済むだろう。
「ヴィヴィアンはそれで大丈夫なのか?」
お父様が心配してくれたが、わたくしは問題ない。
「ええ、わたくし、結婚するつもりはありませんので」
「そうなのか? 魔王様を愛しているのだろう?」
「愛していますが、わたくしはきっと選ばれませんわ」
第一、魔族達が賛成しないだろう。
「そんなことはないと思うけど」
というお兄様の言葉に首を傾げる。
お兄様は最近わたくしに甘いから、そう思うのではないか。
「とにかく、しばらくは王太子殿下の婚約者として過ごしますわ」
* * * * *
王太子との婚約をしてから二日後。
仲を深めるという名目で王太子を我が家に招き、クローデットも招くことにした。
ちなみにクローデットは王太子が来ることを知らない。
手紙に書いてバスチエ伯爵家の誰かに見られる可能性を考えて、こちらに来てから王太子が来ることを伝えた。
「えっ、殿下がいらっしゃるのですか!?」
酷く驚くクローデットには申し訳ないが、この後、更に驚くべきことを話さなければならない。
クローデットが到着してすぐに王太子も到着した。
応接室に通された王太子を見て、クローデットの表情が少し強張ったが、王太子がクローデットに声をかける。
「クローデット、ヴィヴィアン嬢には私達の関係を話してあるから大丈夫だ」
「そうだったのですね」
クローデットがホッとした様子で胸を撫で下ろす。
「クローデット様、これから話す内容は他の誰にも話さないでいただきたいのです。そして、何を聞いても殿下のお心を信じてくださいませ」
そして、わたくしは先日、王太子とした話をクローデットにも説明した。
最初は驚き、顔を赤くしたり青くしたり、忙しそうにしていたクローデットだったけれど、王太子は自分との未来のために、わたくしはわたくし自身のために、あえて婚約を選んだことについてあっさり納得してくれた。
「殿下もヴィヴィアン様も、こんなことでわたしを騙すような方ではありません。だからお二人を信じます」
「ありがとう、クローデット」
二人が立ち上がり、手を取り合う姿は微笑ましい。
眺めていると我に返った二人が慌てて手を離す。
それから、王太子とクローデットがソファーに戻った。
「このお話は我が公爵家も了承しています」
「本当に、ヴィヴィアン嬢にはなんと礼を言えばいいか……」
「それは成功してからおっしゃってくださいな」
王太子の言葉に笑ってしまう。
……でも、王太子に貸しを作っておくのは悪くないわ。
もしクローデットが王太子妃になれなかったとしても、次代の王に協力しておけば何か役立つこともあるかもしれない。
両陛下に嫌われる可能性はあるが、わたくしにとってはむしろそうなって婚約が解消されれば嬉しい。
わたくしを嫌っても、ランドロー公爵家を厭うことは出来ないはずだ。
「クローデットも、もし伯爵から何か言われたら『ランドロー公爵令嬢が侍女に自分を欲しがっている』と伝えてください。王太子妃の侍女が主人より先に結婚は出来ないと言えばいいのよ。もし無理やり誰かと結婚させられそうになったら、わたくしに教えてくだされば、すぐに伯爵を止めますわ」
クローデットが結婚させられないよう、伯爵へ手紙を書いたほうが良さそうだ。
立ち上がったクローデットに手を取られる。
「ありがとうございます、ヴィヴィアン様……!」
「気になさらないで。お友達の幸せに協力出来て、わたくしも嬉しいですもの」
……王太子と主人公の信頼が得られるのなら安いものよ。
その後、クローデットと王太子に二人の時間を与えて、わたくしはその間にクローデットに持たせる手紙を書いた。
もし話が違うと言われても、令嬢のわたくしの一存だったとなれば公爵家は関係なかったと言える。
王太子妃教育を受けるのは手間だが、学ぶことは無駄にはならないだろう。




