レイレイ誕生 その13
ルルテに急かされたともあり、日没前には、ガリンとルルテは学院内を歩いていた。
ガリンは、皆の視線が自分に付き刺さっているような気がしてたため、かなり早足でエバの研究室に向かっていた。
「ガリン。そなた、どうしてそんなに速く歩くのだ。我と一緒に歩くのが嫌なのか?」
ルルテも、早足の理由を察しているだろうに、まったく足を早める様子は伺えなかった。
それでもようやく研究室の入口にたどり着くと、今度はルルテが走るようにしてさっさと中に入ってしまった。
ガリンは、ルルテの変わり身の早さに苦笑を浮かべながら、もう一度自分のローブを眺めて大きなため息をついてから、ルルテの後を追った。
研究室に入ったルルテは、エバと培養槽がある部屋の前でガリンの到着を待っていた。
ガリンが、2人に近づくと、エバがガリンをまじまじと見つめているのがわかった。
こんな時間に急に研究室を訪れたことに、エバが怒っているのだろうと、謝罪を口に仕掛けたとき、
「エバ殿・・・。」
突然、エバが笑い出し、ガリンの言葉を打ち消した。研究室全体にこだまするような笑い声だ。
「おい、坊主、なんだその恰好は?
仮装舞踏会かなにかあるのか?
うひゃひゃ。
腹がよじれて、おかしくなりそうだわい。」
ガリンは、情けない顔で自身の出で立ちを眺め、諦めて笑いが声自然と収まると収まるのを待った。
「うひゃひゃひゃひゃ。」
「・・・。」
「プププププ。」
「・・・。」
「いひひひひひひ。」
「・・・、」
しかしながら、いつまで経ってもエバは笑い続けている。
ガリンは、溜め息をついて、努めてエバを無視するようにして、部屋の扉に手をかけた。
その瞬間に、別の声が割って入る。
「無礼者!!
己の汚らしい身なりも省みず、我が護士を嘲笑するとは無礼であろう?
そもそもその者の服は我が見立てたものだ。
何か意見でもあるのか?」
あまりの声の大きさにエバの笑い声が止まる。
「よいか。この者をあざけると言うことは、我も一緒にあざけるということぞ。
それなりの覚悟があるのであろうな?」
ガリンは、普段聞くことの無いルルテの凛とした声に驚きながらも、
「ルルテ、身分をあかすような発言はここでは・・。」
ガリンが仲裁の意も含めて会話に割って入った。
確かに研究室の周囲は完全に無人ではない。
『ここに王女在り』と、宣言するような大声は不味いのも事実だ。
しかしルルテは、キッとガリンを睨み、
「黙っておれ。この痴れ者に申しておるのだ。」
そう言ってガリンの制止を止めた。
対してエバは、急に真剣な顔つきで腰を折り、
「申し訳ございません。このような場所に詰めておりますと、どうしても世事には疎くなってしまうものでございます。
周りを見て頂ければおわかりになるとは思いますが、ここでは皆同じような黒や紺のローブを来ております。
白のローブというだけでも、大変珍しいものでございますゆえ、違和感を感じてしまったのです。
失礼の程、深く謝罪致します。」
そう言って、もう一度深々と腰を折り、ルルテに対して、そしてガリンに対して、丁寧に頭を下げた。
これにもガリンは驚いた。
ガリンが研究室に来てから初めて、エバがまともな言葉使いで返答をするのを聞いたからだ。
そして、これだけ礼儀正しく言葉を紡ぐ事が出来るのであれば、普段どうしてあんな汚らしい言葉を使っているのかが不思議で、思わずエバを凝視してしまった程だ。
ルルテはエバの謝罪に対しては、鷹揚に頷きながら、
「わかればよいのだ。」
と一言だけいうと、部屋の扉に視線を戻した。
一方エバは、為政者の娘の睨み付けるような視線が外れたのを確認して、横目でガリンに、
「ほぉ。隅におけないね。」
そう小声でつぶやき、扉をあけた。
ガリンは、眉をしかめて何かを言いかけたが、言葉を飲み、2人に続いて部屋に入った。
部屋に入ったルルテはまっすぐ培養槽に向かって進んで行った。
レイレイの培養槽の前に着くと、ルルテは無言でしばらくの間、槽の中のレイレイを見つめていた。
ガリンも無言のままルルテの横に立った。
レイレイは、今となってはおもちゃの人形ではない。また幽霊のような不確かなものでもなかった。
ルルテが図書館で邂逅した、意識体として元力石に定着された状態から、次に会った時は、『はい。これがレイレイです』と、一気に現実の生身を持った生命体として目の前に存在しているのだ。ルルテがそれらの現実を消化するのに多少の戸惑いがあるのは当然のことであった。 培養途中で時々ルルテを研究室に連れてきていれば こうはならなかったのかもしれない。しかし、ガリンは培養の失敗による、レイレイを失うかもしれないというショックをルルテに与えたくなかったので、わざわざこのタイミングまで待っていたのだ。
そのため、ガリンはルルテが我に返るのをそのまま待っていた。
エバもその事は重々承知しており、口を挟まず、ただ2人を見守っていた。
ルルテの口が何か言葉を探すかのように動く。
「これが・・。」
「はい。」
ルルテは頭の中のモヤを払うかのように頭を左右に降った。
「いや、この者が・・・。あの書庫でであった幽霊だと申すのだな?」
「はい。」
ルルテは培養槽に張りつくようにして、自分自身で言葉にした、図書館で会ったレイレイと目の前のレイレイの変化を徐々に受け入れていった。
それから、またしばらくルルテは何も言葉を発しなかったが、レンが研究室に入ってきて、エバに挨拶をした瞬間、ルルテの意識は現実に引き戻された。




