レイレイ誕生 その6
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一旦培養が始まってしまうと、必要に応じてわずかな調整が必要なだけで、基本的には見守る以外のことはやることなかった。
実際ガリンは、ルルテの勉強に必要な時間以外は、ほとんどこの培養槽の前で経過を見守っているだけだった。
ルルテは常に進捗を知りたがったが、現段階では実験そのものが中止される可能性も残っていたため、
『いよいよエバンサーラ殿との打ち合わせも最終段階に入りました故、少し留守にすることが多くなると思います。
レイレイの体が成したら、何を置いてもまずルルテにお知らせします。』
とだけ伝え、細かい進行状況は伝えるのを控えていた。
ルルテ自身も、季節が春に向かい始めていたこともあり、女官たちと出かける機会が多くなっていたため忙しくもしていたのだ。
更に、年始の事件?情事?の後、ガリンが芝居がかった態度で、
『ルルテの為にレイレイの体を・・・』
と、毎日ガリンがルルテの手を取って熱く語っていたため、妙な満足感を得ていたルルテは、培養の件に関しては、ガリンに一任をしていたのだ。
ちなみに、このガリンの演技は2人の女官が提案したものであり、指導はジレが担当した。
そんな中、ガリンが見守り続けている培養槽の中の細胞片も少しずつではあったが日々成長を遂げていた。
10日を過ぎた頃には、ようやく細胞片が生物の形状をとりはじめた。
しかし残念ながら、この時点では培養は、ガリンの望んだ結果には進んでいなかった。
細胞片の状態を確認したエバの言葉は、
「坊主。お前さんの理論のとおりにはなっていないようだな。」
それだけだった。
更に数日が過ぎると、エバは鼻を鳴らすだけで何も言わなくなってしまった。
それは、培養槽で育っているものが明らかに人のそれではなかったからだ。
確かに、人に限らず、胎児が成長する際には、最初から成長する最終的な形態を取っているわけではない。このことは、研究を志す者であれば誰でも知っていることである。
人も胎児のうちは、水生生物を思わせるエラの痕跡や指の間の水かきなどの形態的特徴が見られるのは事実だからだ。
しかし、それを差し引いても、培養槽で育っているものは人には見えなかったのだ。
培養層の中で育っている生命体は、明らかに両生類的な形態をしていたのだ。
それでも、ガリンは、まだまったく望みを捨てていなかったし、エバも現時点では『危険性がない』と判断をして、培養の継続に対しては何も言わなかった。
時々培養槽を訪れるレンも、優しくガリンの肩を叩くだけだった。
一度形態が決まると、培養槽の中の生き物は、既にこう呼んでも問題のないだろう、人の頭ほどの大きさに育っていた。
しかしこの頃になると、ガリンは、日に日に大きくなるレイレイの体となるべき生命体に対して少しだけ不安を感じ始めていた。
その生き物は、培養をはじめて既に30日。通常のキメラの培養ではそろそろ最終的な形態が決定されて、第2期の成長期に入ってもおかしくなかったからである。
培養槽の中の生き物は、30日経ったこの現時点でも、やはり人とは大きくかけ離れた形容をしていた。
『竜か?』
と、問われれば、それも違った。
頭と手足は人のものといってもよかった。
しかし、体には竜鱗がはっきりと見て取れ、また、背中には翼になると思われる腕が2本生えていた。
人としての腕、翼としての腕、培養槽で育つこの生き物には、なんと腕が4本あったのだ。
更には尾てい骨からは、小さな尻尾が生えていた。
さすがにエバも、日に何度も培養槽を訪れ、唸り声をあげるようになっていた。
培養層で育っている生き物がこの状態になってからは、エバも我慢しきれなくなったのか、頻繁にガリンに声を掛けるようになっていた。
ある時は、
「ガリン、お前の理論が招いた結果だ。」
と、明らかに不安視し、そして責任を問うものでありった。
この問いに対しては、ガリンも目の前の結果が、自身が立てた予想とは違う以上、
「はい。」
としか答えることが出来ない。
またある時は、
「腕が4本あるのは、竜としての形容遺伝子と人としての形容遺伝子が不自然な形で融合してしまったからではないのか?」
という、ガリンの理論を否定するものであった。
「そうかもしれません。しかし竜が人型に形状を変化させたときに、翼がないとは限りません。成体としての形態が確定するまで結論は時期尚早だと考えています。」
ガリンも時間を稼ぐしかない。
中には、
「ふん。俺が、危険だと判断したら即中止ということを忘れてないだろうな?」
という、中止を仄めかすものも混じっていた。
「はい・・。」
ガリンも不承不承、頷くしかなかった。
エバは、それでも中止に関してはガリンの意見を尊重する態度も見せており、
「まあ、いいさ、こいつは、まだ赤子にもなっちゃいねえ。成体年齢はどのくらいと考えているんだ?」
「私の細胞が優位にたてば、30歳には満たないと考えていますが、竜の年齢はわかっておりません。」
「ふん。いっきに30歳か、意識体の定着が出来なければ、仮に成功しても30歳の赤ん坊が生まれることを忘れるんじゃないぞ。」
「わかっております。意識体の定着は問題ありません。」
「だといいな。」
「・・・。」
等と、現状に関する意見の擦り合わせも忘れずに行っていたのだ。
そんなやりとりが何度も交わされていたのは、エバとしての優しさであったのかも知れない。
もちろん培養の時間の経過と共に、ルルテの質問も多くなっていた。
経過が芳しくないこともあり、ルルテへの返答に言葉を詰まらせることも増えてきていたのだ。
そろそろ色んな意味で、結論を出さなければならない時期が来ていたのは事実であった。




