新年 その10
ルルテの制止を聞かず、納戸に向かうガリンに、
「ガリン、わ、わらわの下着などもそこにあるのだぞ。」
焦った声でルルテが声を掛ける。
しかしながら、
「申し訳ありません。あなたを守らなければならないのです。」
と、真摯な眼差しでそう言われると、ルルテもこれ以上強く言いにくい。
ルルテは、両目を覆うように右手を顔に当てると、
「でも、そこには・・。」
とだけ呟いた。
ガリンはルルテの最後の呟きは聞いておらず、そのまま納戸に近づくと、勢いよく扉をあける。
ガサ・・・
再び、物音がして、何者かがうごめく気配をみせる。
「何者だ。姿をみせなさい。」
そう言って、納戸横の照明の元力石を指でなぞる。
部屋の天井照明が徐々に明るくなる。
「あぁ・・・。」
部屋の中からは、ルルテの悲鳴とも、落胆の声とも取れるうめき声があがった。
「ジ、ジレ・・・。」
ガリンは、納戸の中の気配の主が若い女官のジレであることに気づき、唖然とする。
「あなたは・・・、暇を出されたのではないのですか?」
ガリンも混乱気味である。
「しかも、そこで何を・・・。」
パンパン
手を打つ音が部屋に木霊する。
ルルテの部屋は、隣のジレの部屋と納戸を通して扉で繋がっている。
そして、今その扉から、もう1人の年配の女官、セルが、手を叩きながら入ってくる。
「はい。そこまでにしましょう。姫様。事は露見してしまったのですから、しょうがありませんよ。」
そう言って、ガリンに、そしてルルテに微笑みかけた。
「露見って何が・・・。」
ガリンは、まったく訳がわからないと言った様子で、周囲を見渡す。
ルルテは、勢いよくガリンに近づくと、
「鈍感男!!!」
そう言いながら、ガリンの向こう脛を思いっきりつま先で蹴飛ばした。
「くぁ・・・。」
ガリンは、不意の攻撃に体を折り曲げて、足元に手をあてる。
「ルルテ・・・・。」
「ふん。」
ルルテは、きびすを返すと、
「セル、興ざめじゃ。茶を入れなおしてくれぬか、こやつが入れたお茶は、とても飲める代物ではないのだ。」
そう、セルに命じた。
なんとなくであったが、ガリンには、そう命じるルルテの声がとても明るく、自信に満ちているものに聞こえた。一方ジレは、ルルテの横に立ち、ルルテに頭を下げていた。
セルは、ガリンが用意したお茶を片付けると、
「護士殿。せっかくですから、お茶の入れ方を教えて差し上げますね。こちらにいらしてください。」
そう言って、ガリンを手招きしたので、今だ状況を完全に把握できないガリンは、狐につままれたような顔のままセルに従うのだった。
厨房に入るとセルは、お湯の温度や、カップは受け皿と対で用いること、なによりも、水にそのまま葉をいれて沸騰させるといったことは間違っていることを丁寧に教えてくれた。また、ルルテが、完全に葉が開ききるより、少しその手前の薄目のお茶を好むことなども教えてくれた。
そして最後に、
「ガリン殿。大変失礼をしました。私共まで一緒に護士殿をだますような形になってしまって。」
いくら鈍いガリンでも、自分以外の皆に担がれた事ぐらいはわかる。
眉間に眉を寄せ、頭を振ると、幾分落ち着いた声で、
「しかし、なぜあんなことを・・・。」
そう尋ねた。
セルは、少し困ったような表情を見せたが、すぐに笑顔を作り直し、
「わかりませんか?」
と、尋ね返した。
「・・・。」
ガリンから返答が無いことを確認し、セルが話を続ける。
「ここ数日の護士殿は、姫様とお出かけになった際にお持ち帰りになった『レイレイの元力石』のことにずいぶんと時間を費やしていらっしゃいます。」
「そうですね・・・。」
確かにその通りなので、頷く。
セルは、ルルテがお茶を待っている部屋の方に視線を向け、
「姫様は、自分への興味が失われたと勘違いをして、嫉妬をされているのです。」
ガリンの理解の出来ない理由を告げるのだった。
ガリンは、より困惑の表情を浮かべ、
「嫉妬?なぜです。そもそもあの意識体に時間を費やしているのは、ルルテとの約束を守るためにと・・・。」
聞き返す。
「それは、わかっております。しかし姫様は、王宮にも戻らず、この屋敷で護士殿と新年を迎えようとお考えになっておりました。それにあのレイレイは女性なのでしょう?」
事実、一緒におり、新年を迎えようとしているのだ。ガリンには嫉妬の理由も、不満の理由もわからない。レイレイが女性、確かに生前の性別はそうなのであろう。意識体となった今、それが何の関係があるのだろうか・・・。
ガリンには、セルの言いたいことがどうしてもピンと来ない。
ガリンは、理解できないまま、ガリンの返答を待っているだろう女官に、
「ええ。まあ、そうだと思います。」
と、曖昧に頷いた。
「姫様も、年頃の女の子なのですよ。」
そう言って、再びセルは微笑んだ。
セルから戻ってきた結論と思われる回答は、ぶっちゃけ理解できない。
ただ、セルは今までも、ルルテの機嫌に関しての判断で間違った事はない。
セルがそう言うのであれば、そうなのだ。
ガリンは、軽く頭を下げながら、
「では、どうすれば?」
と、解決法を直接セルに尋ねた。
セルは、面白そうに微笑みを浮かべ、
「では、護士殿。使う様で申し訳無いのですが、このお盆をルルテの部屋に運んでいただけますか?
そして、私に教わりながら、
『姫様の為にお茶を入れなおした』
とおしゃってください。」
ガリンにアドバイスをした。
ガリンは、セルが手に持ったお盆とセルの顔を交互に見て、
「しかし、それはセル殿が・・・。」
と、疑問を口にする。セルは笑顔を崩さず、
「私たちも、嘘をついたのです。そのくらいの嘘は、許されますよ。」
そう言いながらお盆をガリンに差し出した。
ガリンはお盆を受け取りながら、セルの作戦?を採用することにし、ため息をついた。
ルルテの行動は嫉妬からくるものなのだろうが、それと女官達が隠れて見ていたことの因果関係がわからない。ガリンは、お盆に目を落とすと、
「はぁ。しかし、では、なぜあんな手の込んだことを・・・。嫉妬を解消するだけであれば、別に隠れて見ている必要などないのではないですか?」
と、疑問を口にした。
今度はセルの顔に焦りがみえた。
「そ、それは、護士殿も男だから、ああやって迫れば、自分の色香に屈するのだと姫様が言い張って・・・。」
「・・・。」
ガリンは無言で抗議の表情を浮かべる。
セルは頭を横に振りながら、
「わ、私は、護士殿は心でそう感じても、姫様のことをとても大切にされておりますので、決してそのようなことはなく、紳士的にお振る舞いになると申したところ・・・。ジレが絶対にそんなことはない、襲いかかるに決まっているという話になり、どちらが正しいか、決着をつけるのにああいう形を取ることになりまして・・・。」
事情の説明をした。『私』の部分を幾分強調しているのは、罪の意識からだろうか。
どちらにせよ、さすがにセルも、言葉の歯切れが悪い。
事情を理解したガリンは、
「で、ルルテは、どちらの側についたのですか?」
純粋な興味から尋ねる。
「いえ。それは最後まで申されませんでした。」
「・・・。」
「さぁ。姫様がお茶をお待ちですよ。」
そう言うと、セルは、『この話はおしまい。』とでも言うように、ガリンをルルテの待つ部屋に追いたてるように移動を促した。
ガリンが、セルに急かされるまま、ルルテの部屋へ戻っていった。
幾分→少しへの変更。語尾と誤字脱字の修正。2025.12.15




