表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マレーン・サーガ  作者: いのそらん
第8章 新年
73/145

新年 その9


ガリンが、扉を開けてルルテの部屋に入ると、部屋の南側テラスに面した大きな窓の前に小さな円卓と椅子が2脚おいてあった。


ルルテは、そのうちの1つに座って、ガリンが入るなり、


「遅い。お茶を入れるのに何を手間取っているのだ。」


そう言って悪態をついた。

ガリンは、眉をよせ、何も言わず、机の上に、カップを2つ並べる。


ルルテは、ソーサーを置かずに、いきなりカップを置いたことにもびっくりしたが、何より急須の口から激しく立ち上っている湯気に目を丸くした。


それでも、何も言わず、自分の前にカップを移動させた。

ガリンは、煮立ったと思われるお茶を、なみなみとカップに注ぐと、急須を机の上において、自分も椅子に付いた。


「よろしいですか?」


「・・・。」


ルルテは何も言わずに、真っ黒になったカップの中のお茶と思われるものを凝視していた。

ガリンは、何かおかしなことがあったかと、自分のカップを眺めたが、特に何も気づくところはなかった。


ルルテは、


「こほん。」


と咳払いをすると、カップを机の脇によけて、椅子をガリンに寄せた。

咳払いと同時に、部屋の天井照明が消える。


「どうして、照明を消すのですか?」


ガリンが尋ねた。


「そもそもこの部屋の照明は、入口の元力石か、となりの女官の部屋からしか制御できはい構造だったはずですが・・・。」


「意思で操作できるようにしたのだ。」


ルルテが短く返答をする。


「しかし、いつそんな改造を?」


ガリンは、そう言って立ちあがろうとする。

ルルテは、急いでガリンの手を取ると、


「いつでも良いであろう。そなたが屋敷をあけておる間に、おじいさまに頼んだのだ。」


そう、付け加えた。


ガリンは、『この計画は王ではなく、先生の企みだな。』そう確信した。

まあ、師が関わっているということは王も知っているのではあろうが・・・。


「そうですか。先生が・・・。しかし、私は何も・・・。」


「よいであろう。それは今この場で議論せねばならぬ問題なのか?」


「いいえ。後日でもかまいませんが。」


「そうであろう。」


ルルテの声に、いささか焦りの色が見え隠れしている。


「それより、ガリン。この屋敷の中には、今、我ら2人しかおらぬのだぞ。」


そう言って、更にガリンに椅子を寄せる。


「それは、ルルテが、女官たちに暇を与えてしまったからではないですか?」


「そんなことは聞いておらぬ。」


あからさまにルルテが不機嫌になる。

そして気を取り直したように、


「こほんっ」


と、ルルテは咳払いをすると、そのまま続けて、上目使いで、


「それより、今日の我を見てみて何か言うことは無いのか?」


と言い、自身の胸に手を当てた。


ガリンは、身を引いて、ルルテを見つめる。


ルルテは、いつもの部屋着ではなく、白い絹を幾重にも折り重ねて、ところどころに金の刺繍をともなった、ゆったりとしたローブを身に付けていた。

またよく見ると、寒くなってからはいつも上に束ねていた髪も、金の細工物で後ろ髪を束ねていた。

ローブの刺繍と、髪飾りが、月明かりに照らされて、それはとても神秘的で、そして美しかった。

ガリンは、息を飲んで、知らぬまにルルテを見つめていた。


その様子にルルテは、笑みを浮かべ、


「何か言うことは無いのか?」


そう、再び問い、ガリンの前に立つ。


「ええ。大変に・・おしゃれを・・していますね。」


ガリンは、若干ではあったが、言葉を詰まらせながらそうつぶやいた。


ルルテが、部屋の照明を落としてくれたことで、自分の顔が赤面しているのを知られなくてよかっと、ガリンは内心安堵のため息をついていた。


「それだけか?」


更にもう一歩ルルテはガリンに顔を近づけて、少女の甘い匂いを漂わせた。


ガリンは、一層落ち着きを失くし、


「そ、そうですね。えーと・・。あーっ。女官に暇をだしているのに、どうしてそのような着付けを自分でできたのですか?」


と、とりあえず思い付いた事を口にした。


「・・・。そんなことを聞いておるのではないわ。」


ルルテは、椅子に座り直すと、再びガリンの前に向き直る。

ルルテが離れたことにより、若干落ち着きを取り戻したガリンは、情けない笑みを浮かべて、椅子に座ったルルテに視線を合わせた。

ルルテは、軽く頷いて再び口を開く。


「今、この屋敷には、2人しかおらぬ。」


口調は子供にものを教える母親のようである。


「そうですね。」


ガリンは、事実であるので、ただ頷いた。


「2人して、夜明けを待つ。とても情操的であろう?」


ルルテが空に浮かぶ星に手を伸ばし、そのまま自分の唇を指でなぞりガリンを見つめた。

ガリンは、年に似合わないルルテの仕草を見て、逆に落ち着きをとりもどしつつあり、返答も落ち着いたものへと変わっていった。


「ええ。大変、お美しいと思います。お父様がご覧になったらさぞかし、お喜びになると思いますよ。しかし、ちょっと冷えてきていますので、何か上に召し物を着たほうがよろしいと思います。」


そう、いつもの口調で分析めいた事を告げると、再び席を立とうとして、納戸に視線を向けた。

ルルテは、急に立ちあがると、ガリンの顔を手ではさんで、自分の方に向ける。


「よい。寒くはないのだ。」


今度はルルテが焦ったように早口でそう言った。


「は、はい。」


ルルテが急にガリンの顔を両手で挟んだことと、ルルテの顔がすぐ目の前に迫った事で、ガリンも再び当惑をする。


「ガリン・・・。」


ルルテが瞳を閉じる。

そして口を尖らせる。


「ルルテ・・・。」


ガリンもルルテを見つめ、名前を呟く。

ルルテは期待しながら一時そのままでガリンを待つ。しかし、ガリンは何もしない。

そして、ガリンが再び、


「ルルテ・・・。」


と、声を掛けた。

今度はルルテは、


『一体何をしておるのだ?』


と、いう意を込めて、


「なんだ?」


と聞き返した。

ガリンから返って来た答えは、


「お茶が冷めますよ。」


であった。

その瞬間、納戸から、


ガタッ・・・


と、物音が聞こえる。

ルルテは素早く物置に目をやると、何事もなかったようにガリンの顔から手を離し、


「ガリン・・・。席に戻るがよいぞ。」


そう、急いで手を引こうとした。

しかし、ガリンは、


「いえ。確かに物音がいたしました。今日は私しかいないのです。確かめねばなりません。」


ガリンは、ルルテの手を丁寧に振り払うと、納戸に向かっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ