新年 その8
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ガリンは、徐々に回復してきている意思力をつかって、エバとレイレイの身体の培養に関する取り決めを行なっていた。それだけ複雑な作業であり、数々の準備だけでも多くの時間を費やしていた。
また、ルルテには過度な期待をさせぬように、レイレイの身体については、エバからの指示の通り、方向性が決まったことだけを伝えていた。
魔法合成生物の大家である、エンバサーラ卿に助言を仰いだことなどを伝えると、本人を知っているわけではないのだろうが、その大家という響きに多いに満足をしていた。
何度も、レイレイの身体はどのようなものになるのかを、エバの元に尋ねに行きたいとせがんでいたが、ガリンは、いろいろな理由を付けては、これを拒んでいた。
もっとも効果があった拒否理由が、
『気難しい方であり、研究の邪魔を行なうと、レイレイの身体に関する助力を断ってしまう可能性がある』
というものであった。
一度、ルルテがおとなしくなったのを教訓にして、言われるたびに、ガリンはこの言い訳を使っていた。
最後には、ルルテも
「もうよい。気難しいのだろう。」
そう言って、最後まで話を聞くことさえ飽きてしまったらしいが、それでも一定の効果をあげていたので、ガリンは気にせず、研究を続けていた。
エバの研究室を訪れてから、2日後、再びルルテがガリンの部屋の扉を開けた。
ガリンは、振り向きもせずに、
「ルルテ、私は研究で忙しいのです。この年末は、勉強もお休みですよ。」
そう言った。
しかし、ルルテは扉を開けたままそこに留まり、動こうとはしなかった。ガリンは、いつものお決まりの台詞を用意していたのだが、ガリンが言葉を発するより早く、ルルテはガリンが予想していなかった問いかけを行なった。
「そなたは、いつまで、そこでそうしておるのだ?
もう、数時で年が開けるのだぞ。
我は、そなたが1人で新年を迎えるのは、さびしかろうと、この屋敷にとどまっておるのだぞ。
その好意を無駄にするのか。」
ガリンは驚いて振り返り、
「新年?」
と、聞き返した。
ルルテはもう一歩、歩を進めて座ったまま振り返っているガリンに、
「そうだ。」
と、大きく頷いた。
「しかし、こんな真夜中に何をするのですか?」
ガリンは、眉間に大きく皺を寄せ眉を寄せてそう尋ねた。
ルルテは更にもう一歩ガリンに近づき、両手を広げて、
「我は、今年はそなたと初日の出をみると決めたのだ。」
と、満面の笑みで答えた。
「しかし・・・。」
ぶっちゃけガリンはますます困惑した。
そんな煮え切らないガリンに、
「ガリンは、我と初日の出を見るのが嫌なのか?」
ルルテの声が一気に危険な色を帯びる。
ガリンも、このルルテが厄介であることはよく知っている。
両手を振りながら全力で否定の意を表し、
「いいえ。そういうことでは・・・。ジレの許可はもらったのですか?
とても冷えますので、暖かいお茶を飲んで一服してから、そう致しましょう。
それに夜明けまではまだ時間がありますよ。」
と、女官に話を振った。
またもやルルテから予想外の答えが戻ってくる。
「ジレとセルには、暇をだした。明日の昼までは戻らんぞ。」
ルルテが目を細めて冷たく言い放つ。
「は?そんな勝手に・・・。」
これにはガリンも唖然とするしかない。
王女のお世話をする女官は、この屋敷にはジレとセルしかいない。その世話役が例え1日でもいなくなるなどあり得ないのだ。
ガリンの唖然とした様子を察してか、
「2人とも新年家に帰れるのは久しぶりだと喜んでおったぞ。我も良いことをしたものだな。」
そう薄い笑みを浮かべながら言った。
「・・・。」
ガリンは頭を抱えるしかない。
それでも気を取り直し、
「では、ストレバウス殿にお願いを。」
ガリンは、そう絞り出すように伝えた。
ルルテは、澄ました顔で、
「衛士にも暇を出した。」
「えっ・・・。では、誰がこの屋敷の警護を?」
女官も衛士も居ないなど、すでに大問題という状態である。
「ガリン、そなたがいるのではないか?それとも、あの時、涙ながらに、私を守りたいと訴えたのは虚言なのか?」
しかし、ルルテはどこ吹く風だ。
『こんな事をしても問題にならないように父親かレンに根回し済みなのだろう・・・。仮にルルテが女官達に暇を出しても通常であれば簡単には受け入れないだろう。衛士なら尚更だ。自分は諦めざるを得ないところに既に追い込まれているのだ。』
ガリンは反論は諦めた。
「涙ながらに・・・。それで、私になにをせよと。」
それでも、覚えの無い『涙ながらに』の部分だけは軽く牽制し、要求を尋ねた。
ルルテは、勝利を確信したのか、再び満面の笑みで、
「そうだ。我は部屋で待っておるゆえ、茶を淹れてほしいのだ。
セルに、初日の出を見る準備は、しっかりとしてもらっておるのだ。
部屋に、椅子も机も運び込ましてあるゆえ、心配する必要はないぞ。」
と、あらかじめ用意していた要望を伝えた。
「しかし、お茶のいれ淹れかたなど・・・。」
「しかしが、多いな。では待っておるぞ。」
そう言うと、ルルテは勢いよくガリンの部屋の扉を閉め、自室に戻っていった。もう、何を言っても無駄なのである。机や椅子もガリンの知らない間に準備済みなのである。全員がグルなのだ。
ガリンは、ため息を付きながら厨房に向かった。
ガリンが心配するまでもなく、ルルテのお気に入りのお茶の葉は、しっかりと厨房の机の上に、置いてあった。
すべてが図られているようで、釈然としない思いがしたものの、ガリンは周囲を見渡し、セルがいつもお茶をいれている茶器を手に取り、その中に葉を入れた。
水差しにさしてあった、水をそのまま急須にいれると、左手の指輪を1つはずして、意思を集中を始めた。
本来、セルは、そんな方法で水を沸騰させてはおらず、もちろん厨房の設備を使っていたのだが、ガリンは、水を沸騰させる方法はこれしか思いつかなかった。
ちなみに、屋敷に設置されている厨房設備は、あらかじめエネルギーが蓄えられた元力石をいくつか配した板の上に、やかんや鍋などを置いて、その元力石のエネルギーをその文様なぞることにより、熱を板全体に発する仕組みの調理器具であった。発熱を終了する場合も、同じく文様を指でなぞる。
場所によっては、直接火を使う器具が残っている場合もあるが、家屋構造の大半を木や紙に頼っているマレーン王国では、火を使うことは稀であった。
ガリンは、当然のことながら、調理器具など使ったことが無かったため、直接水に意思を送り、水の分子振動を激しくして熱を発するという方法を選択した。
ほどなく急須の水は沸騰をしたので、ガリンはカップを2つほど指にはさむとそのままルルテの部屋に向かった。




