幽霊騒動 その6
ガリンが諦めたのを感じたのか、レンは机の上に置いてあったものを、大切そうに手に取った。
「それとじゃ、ガリン。これを持っていくとよいぞ。」
ガリンのそんな様子に満足したのか、レンは笑顔で、手のひらにちょうど収まる、小さな元力石を手渡した。
ようやく顔をあげたガリンは、渡された元力石の文様をみるや、紋様の術式に興味を移し、読注視をした。
「先生、これは?意思の質量補完の文様に似ていますね。」
そう言ったガリンの顔は、いつもの表情に戻っていた。
レンも、表情を師としてのそれに戻し、
「ふむ。あたらずも遠からずというところじゃな。
それは、以前に幽霊をホムンクルスに定着させたという術者の研究資料の中で見つけたもので、幽霊探索のために使われたと思われるものの複製じゃ。
わしが、手間暇かけて彫っておいたのじゃ。」
と、説明を加えた。
「しかし、先生、この文様はどちらかというと、この元力石そのものに何かしらの質量あるエネルギーを補充してはじめて用を為すような、そんな文様に見えますが?」
ルルテもガリンはが学生であった頃の、レンとガリンの師弟関係はこの様であったのかと、2人の様子を大人しく眺めていた。
「詳しくはわからん。ただ、文献によれば、幽霊の定着技術に関連した文様であることは確かなのじゃ。現段階で、これ以上の資料は見つからんかったのじゃ。
それに今は、お主と研究談義をしておる時間はないのじゃぞ。既に使われなくなって久しい文様なのじゃ。何も持たずにいくよりはずっとよいであろうが?」
レンの説明を聞き、ガリンはあることが脳裏に過る。ガリンは、ルルテの様子を見て、大丈夫そうだと確認をしてから向き直り、意伝石に意思をこめた。
『先生、本当にいるかもしれないと考えているのですか?』
『いるかもしれないとは思っている。』
『根拠は何なのですか?』
『いままで幽霊を使役した術者は何名もおったのじゃ。しかし、現在1体もそのホムンクルスやゴーレムは残っておらぬ。入れ物としての体は、時と共に朽ちるものじゃが、定着された幽霊の意識体は朽ちることはないはずじゃ。体を失った意識体は一体どこにいってしまったのじゃ?』
無言で見つめ合いながら会話をしている様子は、正直、待たされる方にとっては退屈でしかない。ガリンは矢継ぎ早に質問を重ねる。
『それでは、その意識体が学院に居る可能性があると?』
『確実ではないが、居ても不思議ではないと思っておる。今は、その分野の研究はあまり盛んではないでの。誰も気にせなんだが、こういう機会じゃ、探してみても問題はあるまい。』
『なぜ最初からそれをいわないのですか?』
『言ったら、快くルルテ嬢との調査を承諾したのか?』
『・・・。』
レンはガリンが言葉に窮したのを見計らって、ルルテに声をかける。
「ルルテ殿、学術的な話が始まってしまっての・・・。申し訳ない。複雑な会話だとの、イメージで意思を伝えることができる意伝石が圧倒的に速いのじゃ。もうちっとだけ待ってくれんかの。
こやつは頭が堅くての、今回の、ルルテ殿率いる調査隊と、その学術的な価値を説明するのは、なかなかに骨が折れるのじゃ・・・。」
レンは、『ルルテ殿率いる調査隊』のくだりをことさら強調した。
もちろん、レンの思惑通りにルルテは食いついたのいうまでもなかった。
「そう、そうであろう!我の調査隊がの!苦しゅうないぞ、存分にそのうつけものに我の調査隊の、そう、うん、だな、学術的な意義だったか、とくと伝えるが良いぞ!」
ルルテは、満面の笑顔で、レンにそう返した。
レンも、
「姫殿下、承知つかまつりましたぞ。」
大袈裟に頭を下げ、ガリンとの意伝石による会話に戻った。
『ガリン、長くは持たぬぞ。』
『・・・。』
ガリンは、再び無言で返しながら、眉間にしわを寄せて、情けなさそうに頭をかいた。
レンが、会話を戻す。
『この調査は、お主自身にも意義のあるものに可能性もあるのじゃぞ。』
『意義とは、なんでしょうか。』
ガリンも興味を惹かれたか、返事は早い。
レンは、頷きながら、
『仮に幽霊に会うことができればじゃが、再度契約もかなうかもしれぬぞ。
幽霊の意識体を定着させた使い魔を、欲しくは無いのか?』
ガリンに尋ねた。
『事実であれば、大変興味を惹かれますね。』
即答である。
そして、ガリンが話を続ける。
『それなら、ルルテを抜きにして調査をすればよかったではないですか?』
今度は、ガリンがレンに問う。
レンは、幾分苦笑いを浮かべながら、
『そうはいくまい。言いだしたのはお嬢ちゃんだからの。それともお主は、同行をしないことを説得する自信でもあるのか?』
そう、問い返した。
『・・・。しかし、学院で調査を行なった後に、再度ルルテを伴って調査すればよいのではないですか?』
ガリンも粘る。
『いいのか?もし意識体が居た場合、学院の所有になってしまうのじゃぞ?』
さすがはレン。年の功かガリンの痛いところを的確に突く。
『・・・。』
ガリンも言い返すことが出来ない。
『と、いうことじゃ、ほれ、ルルテ嬢が痺れを切らしておるぞ』
この最後の言葉で、今回の師弟対決は、いや今回も師に軍配があがった。
同時に、意伝石からのレンの意識が弱くなり、レンが再びルルテに話しかける。
「ルルテ殿、申し訳ないの。元力石の使い方をも、確と伝えましぞ。今回の調査隊の成功は確約されたも同じと言えますぞ。」
そう伝えるレンの口許は、今にも笑いださんがばかりに緩んでいた。
ルルテは、調査隊、成功という言葉を、口の中で反芻しながら、
「気にする事はないぞ。あの者は、時々ものすごく物わかりが悪いのだ。養父としてそなたが、どれほどの苦労をしたか、我にもよくわかるぞ。」
レンは、目を細め、とうとう我慢できないというように笑った。
逆にガリンの額のしわはより一層深くなってしまった。
レンは、ガリンに、話はこれで終わりとばかりに、存在に手を振り、
「では、ガリン、ルルテ殿、そろそろ調査を開始してはいかがかな?」
そう言って、部屋の扉に視線を向けた。
ガリンは、その言葉をく聞くと軽く溜め息をつき、ルルテは、ガリンの元にもどり、ガリンの手を取った。
ルルテは、レンに軽く会釈してガリンの手をひっぱりながら扉に向かおうとした。
ガリンも、慌ててレンに一礼をすると、ルルテと共に部屋を後にした。




