幽霊騒動 その5
学院から、レンと現マレーン国王であるルラケスメータ王の署名の入った正式な調査依頼の書面がガリンの元に届いてからというもの、ルルテの毎日の第一声は、『おはよう』ではなく、『日取りは決まったのか?』に変わっていた。
朝一番からこの状態であるのだから、日中はいうまでもなく、ルルテは大いにガリンの眉間の皺を増やすことに成功していた。
ガリンは、レンはさておき、まさか王がこのような茶番に手を貸すとはどうしても納得ができなかった。が、事実、書面が届いているのだからどうしようもない。
ガリンは宮廷に出入りするようになってからというもの、王と何度も席を共にしてきたが、強さと厳格さ、そして温かみと寛容さをあわせもっている、尊敬に値する王であると感じていた。
あまり他人に敬意を払うことがなく、権威にも無頓着なガリンでさえ王に対しては自分なりの敬意を払っているつもりであったのだ。
しかし、今回の調査に関しては、どうしても『親馬鹿』としか思えない行動であり、考えを改めなければならないとさえ思っているほどに、ガリンはこの調査には乗り気ではなかった。
ただガリンが、自国の王に対しての評価をどれほど改めようと、そうでなかろうと既に決まってしまっている以上、この凶行を避ける手段はなく、結局は調査に赴かなければならない。
なによりも、毎日のルルテの猛烈な攻撃にそろそろガリン自身も耐えられそうにない。
書面が手元に届いてから4日目、ガリンはようやく観念し、翌日調査に出かけることをルルテに伝えたのだった。
ルルテは、いつものように、服装から調査に必要な小道具まで、ありとあらゆるものをガリンに要求をしてきた。そして、その長い話し合いの末、ガリンがルルテに認めさせることができたのは、
・調査が目的であるためガリンの服装は普段の研究時に身にまとっている黒衣で赴くこと
・ガリンが危険だと判断したらその日の調査は打ちきり、再度、宮廷晶角士のレンの指示を仰ぐこと
・ピクニックバスケットにお弁当をつめるのは諦めてもらい、焼き菓子を数枚と飲み物だけを携帯すること
の3点のみであった。
最後の1点は、ルルテも頑くなに抵抗をしたため、約束をとりつけるのに大変苦労をした点であったのだが、
『調査が目的であり、また書庫での食事はとても不謹慎である。』
とのガリンの主張が、最終的になんとか受け入れられた結果である。
調査当日、陽が地平線に顔を出すとともにルルテがガリンを起こしに来たのいうまでもない。
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ガリンとルルテは学院に入るとまず、レンの研究室を訪れた。
意伝石で、2人が研究室に向かっていることの連絡を受けていたレンは、いつもよりかなり早朝であるにも関わらず、2人が到着した時には既に部屋で2人を待っていた。
ガリンは、扉を軽く叩き、
「先生、失礼します。」
返事を待ってから、扉を開けて中に入った。
2人が研究室に入ったとき、レンは窓際の椅子に深く腰かけていた。いつも通りの灰色の質素なローブに身を包んでおり、2人が部屋に入ると同時に立ちあがり、大げさな仕草で膝を落とした。
「王女殿下にはご機嫌うるわしゅう。本日は、我が学院の調査にご協力を賜り、恐悦至極にございます。」
ルルテは、小さく肯き、
「気にすることはないぞ。苦しゅうない面をあげよ。ここには我らしかおらぬ、堅苦しい挨拶は抜きにしてかまわぬ。横にいる誰かも、おぬしほど礼節のこもった挨拶ができればよいのだが・・・」
そう言いながら腕を組んだ。レンも笑顔を浮かべながら立ちあがり、
「これは、これは、しばらく見ないうちに、一段と可愛らしくなったの。」
ルルテの頭に手を置き、そのまま軽く撫でる。
そして、そのままガリンに視線を移し、
「ところで、ガリン。お主のその仰々しい格好はなんじゃ?」
レンに問われると、ガリンは即座に顔を背ける。
「こ、これは・・・・。今日の調査に必要な様々な道具にてございます。」
レンは、大袈裟な素振りで覗き込み、無理矢理に真剣な顔を作り、ガリンに再び尋ねる。
「ふむ、そのピンク色の買い物袋のようなものがそうなのか?もう一方の木箱はなんじゃ?」
ガリンは、軽く咳払いをし、諦めたように師に向き直って、
「これには、焼き菓子が入っております。それと、これは買い物袋ではありません。ルルテが用意した、様々な幽霊撃退のための道具の収納箱になります。」
と、努めて真剣に返答をした。
そんなガリンの様子を見ているレンは、いかにも楽しそうである。
ガリンが助けを求めるようにルルテに視線を向けると、ルルテがはガリンから買い物袋を受け取って、得意気に中のものの説明を始めた。
ルルテが説明をした中には、幽霊を封じ込めるための護符や、幽霊の嫌いな臭いの棒、等の実に様々な道具が揃っていたのだ。
「ルルテ殿。これは大変に色々なものを集めたものじゃな。しかしじゃな、幽霊がいるいるかいないかはわしにもわからぬが、少なくとも悪い存在ではないのじゃ。もし、こんな物騒なものを持ちこんで逃げてしまったら会う事はできなくなってしまうのではないかの?
それに、もし幽霊がおったとしたら、追い払うのではなくて、友達になったほうは良いのではないか?」
そんなレンの思いがけない言葉に、ルルテはキョトンとした顔で、
「幽霊と友達になれると申すのか?」
質問を質問で返した。
「さて、残念ながらわしには幽霊の友達はおらんのじゃ。じゃが、過去には幽霊と友達になっていた晶角士は何人もおるのじゃよ。」
「真実のことなのか?」
ルルテの瞳が煌めき、前のめりになって話に食い付く。
「わしの不肖の弟子からから聞いておらぬのか?」
レンがガリンに視線を泳がせながら尋ねる。
ルルテは唇に右手の指を添えて、思い出すような仕草と共に返答をした。
「確かに、似たような話は聞いたかも知れぬが・・・。あの痴れ者は、難しい言葉を並べ立てるのだ。ホムンなんとか言っておったかもしれん。」
レンは、ルルテの耳元に口を近づけて、小さな声で囁く。
「そうじゃったのか。あやつは、教師となってから日が浅いのですじゃ。多目にみてやってはくれぬかの?」
ルルテも同じように、レンの耳元で、囁くように、
「そうだな。服の趣味も悪いしな。我がおらぬと満足に服も選べぬのだぞ。見ておれ、しばらく時はかかるが、一人前の宮廷人にしてみせるゆえ。」
と胸を張った。
わざわざガリンに聞こえる程度の小声で掛け合いをしたレンは、ルルテの肩をポンポンっと叩くと、その場で、目を逸らしたまま立ち尽くしているガリンに視線を移し、
「では、ガリンよ。この道具は私が預かっておくとするかの。それから、今日1日、地下書庫の使用を禁止する令を出しておくことにしよう。ゆっくりと、十分に、満足するまで調査をするのじゃぞ。
それから、くれぐれもルルテ殿の安全に気をつけるのじゃ?よいな。」
「・・・はい。心得ております。」
ガリンは、諦めたように項垂れながら了承の意を師に伝えるのだった。
誤字脱字の修正。語尾の修正。少し、会話に遊びを持たせる。2025.11.24




