お祭り前夜 その4
「レパッタナーグ・オウジシ(士爵)、ならびに、ササレリアシータ・オウジシの両名、先ほどの模擬戦闘見事であった。王からもお誉めの言葉をいただいた。さて、本来、われらが軍角士・司の職である護士に、非戦時とはいえ、異例のこととして晶角士が任につくのは聞いた通りだ。そしてどうやら、この決定に異論があるものがおるようだ。」
公爵は、視線を闘技場の中央にいる2人に向けながら話を進める。
同時に、二人は視線を交わし、慌てて釈明をせんとするそぶりを見せたが、公爵はそれを待たずに話を続けた。
「本来、晶角士と軍角士が、同じ土俵で闘技を比べることはまずあるまいが、珍しいこともでもあるし、また今日は誕生祭の前夜祭が行われる日でもある。少しばかり時間には早いようだが、余興として、ここで技比べでもいたしてみようかとの提案が王から出された。ちょうど観客もおるし、腕自慢の二人がそこにおる。どちらか一方に相手をしてもらおうと思うのだが?」
ナタルとリアが、いかにもばつが悪そうに再び目を交わす。
しかし、リアが、口を開きかけた瞬間。
「私目にその栄誉を。」
ナタルが、毅然とした顔で先に名乗りをあげる。
「ちょっと。ナタルさっきは油断したけど、実際には・・・。」
リアが小声で抗議をしようとする。ナタルは目をいっぱいに見開き
「俺が勝っただろ?やらせてもらうぜ。」
と自信満々に鼻を鳴らした。
リアは、ナタルの目に覚悟と軍角士としての誇りを感じ、ため息をつくと視線を公爵に戻し、少しだけ頭を下げた。
公爵は、ナタルに視線を戻すと、
「レパッタナーグ・オウジシにその栄誉を。」
とだけ短く宣告をした。
そして、その瞬間に公爵がナタルに向けたその目は、厳しい問い返すような視線へと変わっていた。
当然公爵も軍属である。戦闘の専門家である軍角士、しかその上級職である、司が戦闘において、晶角士に遅れをとるなどあってはならぬという公爵の意思は、その場にいる軍角士すべてが感じる取ることができた。
ナタルも、『勝つ』とだけの視線を返しながら、闘技場を見返す。
歓声がどっと沸き起こる。
若い晶角士が、王に促されるように闘技場に進み出てきたのだ。
他の軍角士も、王と公爵が、試合を観戦しやすいように、中央を開けて左右に分かれる。
晶角士が闘技場の端にさしかかったときに
「武器は何を使うんだ?好きなものを使っていいぜ」
と、ナタルが声を挑戦的な声をかける。
黒髪の晶角士は、一瞬だけ顔をあげて、眉を寄せると、
「それでは、今あなたがもってるのと同じ打剣でよろしいですか?」
と、小さな声で答えた。
晶角士の瞳は、その髪と同じ黒い瞳であった。
リアだけは『綺麗な澄んだ声ね』と、すこし意外そうな顔をしただけだったが、公爵を始め他の軍角士は、『晶角士は、闘うにしても、まず射杖以外にはありえない。余程のことがあっても投筒だ』と思っていただけに驚いた顔を隠そうともしない。
また、さすがに王自身も、未来の護士が剣を使おうとは思わなかったらしく、やはり驚きを隠せないといった表情をしている。
特に剣を使うことをその専門としている軍角士に、剣で挑む晶角士など、普通は考えにくい。
対戦相手である、ナタルは、ことさらに憤慨を隠せないといった表情で、
「軍角士に剣で闘いを挑むのか?馬鹿にしてるのか?」
完全に喧嘩腰である。周囲の同じ軍角士からもう野次に近い声がちらほらとあがっていた。
一方、晶角士は、表情を変えず、
「1回だけの戦いですから、剣でいいですよ。少し準備をさせてもらいますが。」
とだけ、答え、リアのほうを向いて、剣を受け取るために、手を伸ばした。
リアは、今度は興味が先にたったのか、あるいは怒りを笑顔で隠しているのかは、その表情からは分からなかったが、笑顔で自分の打剣を渡した。
「ふん。いくらでも準備をしたらいいさ。」
ナタルは、相変わらず憤然としたまま、言い放つ。
晶角士は、剣を受け取ると、その柄を右手にあて、左の指からも指輪をはずして、打剣の柄に埋め込まれている威力、硬化、速度の3つの元力石にその位置を合わせた。そして、指輪の方の元力石を1つずつ撫でながら、目を瞑った。
皆、晶角士が何をしているのかわからず、ただ見つめていたが、2分程度の瞑想を晶角士が終えると、次第に闘いの興奮へと気持ちが移っていくのだった。
晶角士は、ゆっくりと歩を進め、ナタルの前で、止まり、再び口を開いた。
「私は、長いこと打ち合うのは無理です。先ほどあなたは、あちらの女性の喉元に剣をつきつけてお勝ちになりましたね。」
そう言って、リアをの方を見る。
リアは、自分が負けたことを思い出したのか、すこし頬を赤らめて顔をそむけた。
「それで?」
ナタルは依然として喧嘩腰だ。
『要件を早く言えよ』と目で先を促す。
晶角士は、ナタルの憤慨に何も感じないのか静かに話を進める。
「わたしも、1度だけ、あなたの喉元に剣をつきたてれば、それで勝利とさせていただいてよろしいですか?」
この言葉には、周囲にいた一同、息を飲んだ。
命乞いの言葉でも聞けると思った矢先に、この晶角士は勝利の宣言までしてのけたのだ。
全員の顔つきが厳しくなる。
当のナタルは、もう顔を真っ赤にしている。
「なにぃ。できるものならやってみろ。もし一瞬でも俺の喉元に剣をつきいれられたら、それで降参してやるよ!」
完全に声に怒気をはらんでいた。
公爵も、王も顔を見合わせてはいるが、言葉はない。
王が頷くと、公爵が前に出て、手をあげた。
「それでは、闘技を開始する。各々準備は良いな?」
「はい」
「おう!」
と二人が答える。
「それでは開始!」
公爵が告げた。
闘技場には、張りつめた空気がみなぎり、息を飲む音も聞こえるよう静けさがその場を支配していた。
晶角士は、右手で打剣の柄を握り、左手を軽く添える。
そのまま、いかにも下から、喉元につきあげるように、剣を右下に下げる。
ナタルは、その剣をまっこうから受け止めて、そのまま相手を押し切る構えである。普通に考えれば、ナタルの腕力は晶角士より明らかに上だろうし、仮に晶角士の威力の元力石への意思放射の力がナタル以上であったとしても、その差は埋まらないだろう。
ナタルは、晶角士の周りを右回りにじりじりと円を描き、間合いをつめる。
「へ。下から喉元へってか?確かにそれで勝利でいいっていったけどよ。そんな見え見の攻撃決まるとでも思っているのか?」
挑発も忘れない。これは、ナタルだけではなく、その場にいた全員の考えであったともいえるかもしれない。
晶角士は、試合を始めた時と同様に、静かにそして少し眉を寄せながら、じっとして動かない。
二人の間合いがつまり、ナタルが先制をかける。
「うりゃぁぁぁぁっ!!!!!」
上段からの振り落しである。ナタルは同時に威力の元力石にありったけの意思放射をする。
そして、その瞬間、始めて晶角士も、下から掬いあげるように剣を振り上げる。
「後から振り上げて間に合うとでも・・・・」
ナタルは、そう言いかけて愕然とする。
晶角士の手元は、打剣の元力石と指にはめた指輪の元力石、それぞれが3つとも、薄い光を放っている。
限りない強い意思放射に合わせて元力石は淡く光るものなのだが、これはまがりなりにも相手が晶角士であれば、ありえる話だ。ナタルが愕然としたのは打剣の、威力、硬化、速度の元力石が3つとも同時に光っている点である。通常元力石への意思放射は、どんな場合でも1つずつだ。だからこそ打剣で闘う場合は、それぞれの元力石への意思放射をスムーズに切り替えて戦闘することが、コツなのだ。
3つ同時など、本来はあり得ない。
そして、予想どおり、後から掬いあげたにも関わらず、晶角士の剣は、すさまじい剣速で、そして十分に硬化さた上で威力がのった一撃として、ナタルの剣を叩きおって、そのまま喉元へつき刺ささったのだ・・・。
全員が息を飲んだ
あまりに一瞬のことで、皆、口をあけている。
一息の間を置くと、晶角士は、静かに
「よろしいですか?」
とだけ、ぼそりといった。
その言葉で、皆、正気に戻った。
「な、なんだ。気様どんな手を使ったんだ。ありえないぞ。俺は認めん。もう一勝負だ!」
ナタルが叫ぶ。
「無理ですよ。もうネタ切れです。」
と、晶角士は、力無く笑いながら剣をおさめると、指輪を元の指に戻した。
「どんな手を使ったんだ。納得がいかん。」
ナタルが喰い下がる。
晶角士は、呆然と見ている公爵に視線を向けた。
事実、公爵も、幾分かは納得がいかない様子ではあったが、雌雄は決しているのは間違い無かった。
公爵は、改めて手を晶角士に掲げ、
「この試合、ガリエタローングの勝利とする」
と、宣言をした。
この宣告を聞くと、晶角士は、闘技場に出てきた時と同じように静かに、王の傍らに戻っていった。
闘技場はざわついていた。
いや、唖然とし、そして、皆が晶角士の技に称賛、疑問、驚嘆、様々な意見が混ざり合い、文字通りざわついたのだ。
晶角士が戻ってくると、王は公爵に下がるように促し、
「両名見事であった。そなたたちは余の誇りである。」
と、告げ、足を居室に向けた。その場の喧騒とは真逆に王の顔から何の表情も読み取れなかった。
ガリエンロータと呼ばれた黒髪の晶角士は、静かに後につづき、居室へと続く階段の奥へと消えていった。
最初に書き始めてから数年、読み返すと結構直したいところ出てきますね。読み返しも楽しいものですね。