幽霊騒動 その2
ガリンは、もともと噂話の類があまり好きではなかった。
それは、噂話をする行為そのものが嫌いというわけではなく、噂話がその出所、あるいは内容そのものがはっきりしないものがかなり多く、真偽を確かめることが難しいものが多いからである。
ガリンは、どんな事柄もきっちりと答えを出しておかないと、なんとなく落ち着くことができないのだ。
噂話とは、大抵は荒唐無稽なものが多く、実際真偽がはっきりしない。それに比べ、普段ガリンが相手にしている文様術は洗練された科学に属する学問である。その理論は極めて体系的であり、不確かな要素が入り込む余地はほとんどないといっても過言ではない。だからそこガリンは、文様術を自らの天職とすら感じているのだ。
ガリンは、日常生活で起こりえる様々な事柄にも、なにかしら自分なりの理屈を当てはめて、その場で納得をしてしまう性癖を持っていた。ガリンの師に言わせると、『屁理屈』というものも多数あるということではあったが、とにかく何にでも理由を求めるのがガリンの性癖であったのだ。
そのガリンにとって、ルルテとの生活はなかなか答えをみつけ得ることができない違和感の連続であり、特にルルテの噂話はその最たるものであった。
そもそもレンは、
『女性の考えなど男子の理解できるところではないのじゃぞ?』
『そもそも遺伝子学的には似て非なる存在、つまり種が異なるといっても過言ではないのじゃ・・・』
等と、何度もその類の問題に回答を求めぬように、ガリンにアドバイスをしていた。
それに、ルルテの噂話の大半は、城中の恋愛の関連したものだ。
そんなものは不確かな感情の話であり、言うなれば、最初から確度が低いものである。土台、理解しようとしたり、真偽を確かめる類のものですらないのだ。
それでも、ルルテの問いのすべてを無視することは、ガリンには出来なかった。
それは、万が一勉学に関する質問なのかもしれないという理由もあるのだが、ルルテの質問をむげに扱った後の処理が、噂話に相槌を打つ以上に骨が折れることを身を持って知っているからだ。これがまず大きな理由の1つであろう。
自らの身分のこともあり同世代の友人と一緒に遊ぶ機会がないルルテにとって、その生活のすべてはこのせまい城内のみあり、ルルテにとっての噂話は、唯一の楽しみでもある。
つまりもう1つの理由とは、面倒である以上にその事を知っているガリンが、ルルテのそのささやかな楽しみを損なうようなことは出来なかったし、ガリン自身そうしたくはなかったというものだった。
もちろん、ガリンと同じように、勉学を友として、それのみに没頭してくれれば、それにこしたことはないとも思っているのだが・・・。
そして今回もガリンは覚悟を決め、ルルテの話に耳を傾けるのだった。
「ルルテ、何をですか?」
そうガリンがルルテの方を向いて聞き直すと、ルルテの目は好奇心と興味で満ち満ちていた。
「つまりだな。ガリンは、学院で生活をしていたのだな?」
ルルテが確かめるようにガリンに尋ねた。彼女の質問の意図が、今一つはっきりしないため、ガリンは、
「つい先日まではそうでしたね。」
と、問いただすことはせずに、質問への返答だけに止めた。
しかし、まさにルルテが我が意を得たりとばかりに、身を乗り出した。
「我は、今日すごいことを聞いたのだ。」
ルルテの声は、興奮でうわずっていた。
「すごいこと?」
こういう時のルルテは、決まって面倒事をもちこむ。ガリンは、額に盛大に眉を寄せると、自身の嫌な予感を振り払うかのように、ルルテに聞き返した。
ルルテは、より身を乗り出しガリンの顔を覗き込み、
「学院の地下には、幽霊が住み付いておるというのだ。」
話の核心を伝えた。
ガリンは、予想もしていなかったルルテの話に、
「幽霊・・・。」
と、首を傾げた。
「そうだ。幽霊だ。そなたは幽霊を知らぬのか?」
ルルテが、更に身を乗り出してガリンに迫る。
「いえ、幽霊は知っていますよ。」
ルルテの瞳が更に輝きを増す。
「いや、ルルテ。見知っている幽霊がいるというわけではありませんよ。
幽霊が何かということは知っているということです。」
ルルテの顔に危険な色が浮かぶ。
「ガリン、幽霊が何かぐらいは、我も知っておる。
我は、そなたが生活をしていた学院で、噂の幽霊に会ったことはないのか?と問うておるのだ。」
2人の間に、一瞬の静寂が訪れる。
ガリンは、答えを待っているルルテを見て、苦笑いを浮かべながらその静寂を破る。
「ルルテ・・・。確かに地下に書庫はございます。また以前よりその噂があったことも知っております。
しかしですね、私は何度も、何度もですよ?それこそ1日に何度もです。
その噂の書庫に足を運んでいますが、いままで幽霊に出会ったことは一度もありません。」
何度もの部分を、いくらか強調した。
もちろん、ルルテは、そのぐらいの説得で引っ込むようなタマではない。
「しかしだな、ガリン。幽霊は目に見えないのではないか?それでは居ても居なくてもわからないではないか?」
ルルテなりの反撃。
「確かに目には見えませんが、幽霊といってもあくまでも意思の集合体です。もし近くにそんな存在があれば、私が身につけている元力石のどれかが弱い反応であったにせよ、何かしら反応がありそうなものです。」
ガリンも、ただ単にルルテの興味や夢を否定したいわけではなかった。自身がレンに対する質問をぶつけるときに比べれば可愛いものである。
ガリンは、根気よく、そして分かりやすく説明をした。
ルルテは、ガリンの才能や能力を知っているだけに、ガリンの話にも耳を傾け、少しだけ不安そうに、
「反応したことはないのか?」
そう、不安で残念な顔をした。
誤字脱字の修正。他は句読点の整理。2025.11.22




