それぞれの出発点 その11
ナタルの吐き捨てるような返答に、カカノーゼは肩をすくめて、苛立ったような声で問いただす。
「まずそれだ。おめぇは、自分は俺に物を乞いにきたと言っているが、その態度はなんだ?
それが目上の人間にものを乞う態度なのかねぇ?
それともなにかい?それが軍角士殿の礼儀とでも・・・。あるいは、傭兵風情など、そもそも礼を尽くす必要はないとでも?」
「・・・。」
ナタルが目を伏せる。
そして、改めてカカノーゼの目を見ると、
「すまなかった。確かに無礼と思われても仕方がなかった。」
まず、頭を下げた。更に、
「カカノーゼ殿、貴殿に剣の教えをぜひ乞いたいのだ。お願いできないだろうか?」
今度は落ち着いてた声で、押さえつけられたままで、ナタルなりになんとか頭を下げる動作をして、ナタルなりには礼を尽くした言葉で『お願い』をしたのだった。
「はっは。素直な奴だな。」
大男は、笑い声をあげながら、パチンと指をならした。途端にナタルを押さえつけていた荒くれ者たちの手が緩み、引き起こされる。
同時に、リアにつめ寄っていた2人も剣を収めた。
「レパッタナーグ、剣を交えたときにも感じたことだが、おまぇは本当に素直な奴だな。俺のことはカイルと呼んでくれればいいぜ。」
「カイル(カカノーゼの幼名)か。俺のこともナタルと呼んでくれ。」
カカノーゼは、ニヤリと笑うと、
「では、まず1つ教えてやる。ナタル。素直で正直なことは、人間としてはそりゃ美徳だ。
しかしな、剣において、素直で正直なことは決して美徳ではない。
むしろそれは悪癖なんだぜ。わかるか?」
ナタルに1つ問いかける。自信なさげにナタルの視線が宙を泳ぐ。
その様子をみたかカカノーゼの、
「わからねえようだな。」
そういって再び指を鳴らした。
そしてその瞬間にまた、ナタルは2人に押さえつけれてしまったのだ。
同時に他の2人がリアに襲いかかるが、むしろ逆に、そのうちの1人はリアに床に押さえつけられてしまった。そしてその男の首元には、今まで皆が料理を食べるのに使っていた木製のフォークがつきつけられていた。
カカノーゼは、リアに顔を向けると、肩をすくめて、再び指を鳴らした。
ナタルを押さえつけていた2人はすぐにナタルを開放したが、リアはカカノーゼを睨みつけながらも、その手を緩めることはしなかった。
カカノーゼは、
「お嬢さん、すまん。害意はないんだ。放してやってくれないか?」
今度は、カカノーゼが素直に頭を下げた。リアは、
「私は、リアよ。ナタルを傷つけるものは容赦しない。」
厳しい口調で告げ、男を放した。カカノーゼはナタルに視線を戻し、
「わかったか?」
とますますニヤニヤした。
ナタルが唇を噛む。
「ナタル、1度目は仕方がないにしても、おめぇは、2度目も油断してすぐに捕まっちまった。
それに比べ、あのお嬢さんは、いや・・、リアは、1度目も、2度目もそれを退けてみせている。2度目は逆にこっちがやられちまった。
これはな、あらかじめそういう状況を想定して心の準備ができていないと、とても無理な話なんだよ。
それに俺の部下たちは、簡単に捕まっちうようなぼんくらではないんでな。」
ナタルは、リアを一瞥すると、再びカカノーゼに視線を戻す。
「それにな、ナタル、おめぇさんは、この酒場に入ってなんの警戒もせずに俺に声を掛けた。それに比べてリアは、酒場全体が見渡せる場所に移動し、周囲を警戒しつづけていた。しかもご丁寧に死角を考えて壁を背にしていた。あれなら前からしか襲われることはないからな。」
ナタルは、再びリアをみる。
「いいか、ナタル。お前は俺に剣を習ってもどうしようもないんだよ。その前にいくらでも学ぶことがあるんだ。もし戦場でお前がリアと対峙したら、お前はあっというまに命を落としてしまう程に、あのお嬢ちゃんとも差があるんだよ。」
ナタルの顔が歪む。
「俺が未熟なのはわかっているんだ。だからこそカイン(カカノーゼの幼名)、あんたに会いに来たんだ。それに俺だって、剣においては、何度もリアに勝っているんだ。たまたま今は油断したが、普段は俺だって・・。」
カインはため息をつきながら、ナタルの肩に手を置く。
「いいか。お前がリアに勝ったのは、ルールのある試合だからだ。勝ち方も目に浮かぶぜ。打剣を力任せに振りつけて、力押しで勝っているんだろう?」
ナタルが目を更悔しそうに顔を伏せる。
カインは、リアに目を向けると、リアが小さく頷く。カインは大きな肩を竦め、
「それにな・・。戦場では、『今回はたまたま・・・・』なんて無いんだよ。それが最初で最後なんだ。」
カインはナタルの肩から手を離した。戦場を知るカインの冷たい、そして寂しそうな言葉がナタルに刺さる。
「くぅ・・・。」
ナタルは、声にならな叫びを飲みこんだ。
「おいおい。顔をあげろ。」
カインの声にナタルが顔をあげる。
「情けない顔だな?もうギブアップか?まあ、俺はおめぇのような馬鹿正直で一本気なやつは嫌いじゃない。1つチャンスをやろう。」
「チャンス・・?」
「そうだ。チャンスだ。ある約束を果たすことができたたら、もう一度俺に会いにこい。」
ナタルの目に光が戻る。
「まぁ、何年かかるか知らねえがな・・・。」
「何をすればいいんだ?」
「いいか、ナタル。ただの木刀だ。それを使ってあのお嬢ちゃんから10試合中、5回確実に勝てるようになるんだ。いいか、魔法はなしだぜ?剣の腕で勝つんだ。
それまでは、俺はお前に個人的に剣技を教えることはそれまでは絶対にしねぇ。ただ、俺らの訓練場に遊びにくるなら、戦いの厳しさは教えてやる。団体戦でいいなら、うちの団員に揉まれてみるのもいいだろう。」
続けてリアに
「それでいいかい?お嬢ちゃん。手加減はなしだぜ?こいつを戦争で死なせたくなかったら、わかるよな?」
リアは、ナタルの真摯な目をみると、観念したかのように、
「わかったわ。」
そういって、ナタルに近寄った。
リアは力ないナタルの背中を『パシンっ』と叩いて身体を起こすと、カインに頭を下げ、酒場を後にしようとした。ナタルは、扉の前で後ろを向いてカインを睨んで、
「約束だからな。」
そう言って扉をくぐった。
ナタルとリアが出ていくと、酒場は、すぐに元の喧騒を取り戻していった。
先ほどリアに取り押さえられた1人の男が、
「お頭。いいですかい。あんな約束しちまって。あんな甘ちゃん、使い物になりませんぜ。」
「そうだな。」
「仲間にするなら、あのお嬢ちゃんの方が、何倍もマシですぜ?」
「まぁ。そうだな。しかしな、あの坊やもお嬢ちゃんも仲間になりに来たわけじゃねえ。」
「じゃあ、お頭なんで?」
団員の男は、心底訳がわからないような顔でキョトンとした。
「さぁ。何でだろうな。俺も少々甘くなったのかもな。」
カインは頭を掻き、そのまま話はこれで終わりだというように、再び杯を手にとって飲み始めるのだった。尋ねていた男も肩をすくめる、一緒に酒をあおり次第に喧騒に溶け込んでいった。
時は、第3力期22日の夜半である。
後の話に合わせて、ナタルとリアが、傭兵団の訓練には参加できるという振りを追加。
会話のやりとりで不自然な部分を修正。2025.11.19




