それぞれの出発点 その6
ガリンは執務室から出ると修練場には目もくれず、そのまま屋敷に向かおうと足を早めようとした。その瞬間。
「護士殿。」
聞き覚えのある声に呼び止められる。
ガリンは、声の主をはかろうと周囲を見渡すと、闘技場から軽装備の2人が近づいてくるのが見えた。
何度か顔を合わせている、女性の軍角士であった。
軍角士2人は、ガリンに近づくと、あと1歩というところで膝を落とした。
先日、ササレリアシータと名乗った女性の軍角士が、その姿勢のまま話を切り出す。
「先日の無礼の程、誠に申し訳ありません。また、命まで助けていただき感謝の極みにございます。」
ガリンは、軍角士がそもそも苦手だった。
先日の観客席では、かなり強引な、いや無礼どころではない物言いであったのに、今はこれである。
ガリンは、
「いえいえ。気になさらないでください。あの時には私もあなたのお力を借りたのですから。顔をあげてください。」
膝を落とした2人の軍角士。もう1人は当然ナタルである。
リアとナタルは、ゆっくりと立ち上がり顔をあげた。
リアはガリンと視線が合うと、すぐ横にいるナタルを肘でこずいた。
ナタルは、顔をしかめたが、
「護士殿。闘技大会の折には、リア・・・、ササレリアシータが助けていただいたこと、誠にありがとうございます。」
そう言いながら、再び頭をわずかばかり下げた。
ガリンは、
「試合は惜しかったですね。ササレリアシータ殿は、大層心配されていましたよ。」
そう言いながら、リアを視線を移すと、リアは、少し恥ずかしそうに頬をうっすらと赤くしたが、言葉は発さなかった。
「私に負けた時とは少し状況が違いますね。是非あの対戦相手の温情を無駄にせぬよう、励んでください。」
ガリンは、あの時の試合を思い出しながら、ナタルに声をかけた。
ガリンは少しでも早くこの場を去りたいといったそぶりを隠しもせず、ナタルに声を掛け終わると、返事も聞かぬうちに2人に背を向け、話半ばのままその場を後にしてしまった。
ナタルは、最後のガリンの言葉に唇を噛んだが、そのまま護士が見えなくなるまで頭を下げていた。
リアは、
「ナタル。言われてたわよ?」
極めて面白げである。
「ふん。今に見てろよ。あの斧野郎も黒づくめの晶角士も、きっちり借りを返してやる。」
ナタルは鼻息荒い。
「でも、ナタル。どうやって?あの護士も、話したようにただ者じゃないわ。もちろん、剣の戦いであれば、晶角士になら勝てる機会もあると思う。ただ・・・。」
「ただ、なんだ?」
「うん・・。あのカカノーゼは違う。今のナタルではとても・・・・、いいえ、おそらく私でもきっと歯が立たないと思うわ。」
ナタルは、不承不承それを認めるように目を伏せる。
「それに、そのことはあの護士も多分わかっているのよ。だからさっき、『私に負けたときとは少し状況が違いますね』って言ったのだと思うわ。それに私もあの試合を見てて感じたことがあるの。」
「言ってみろよ。」
ナタルの言葉が荒くなる。
「そう噛みつかないでよ。怒らないで、真摯に受け止めて。あの時ね、カカノーゼは、そう・・・、まるであなたに稽古をつけているみたいに見えた。そう、私は感じたの。あの護士もきっと同じ事を感じていたのだわ・・・。」
「・・・。」
ナタルも言葉を継ぐことができない。負けたことは事実であるし、最初からカカノーゼが本気を出していれば、もっと早く試合は終わっていたのもわかる。リアが言っているように、後半は指導されているような感覚も確かにあったのだ。
「ナタル。くよくよしていても始まらないわ。私も協力する。まずは私に勝てるように腕を磨きなさい。」
リアはそう言って微笑んだ。
「なあ、リア・・・。」
ナタルの声はいつになく真剣みを帯びていた。
敗戦の念が再び思い出されたのかと、一瞬は思ったが、ナタルの瞳には強い光が宿っていた。
ただ、
「どうしたの?」
とだけ聞き返す。
「今夜、あの斧野郎、いやカカノーゼに会いに行ってみないか?」
「え?」
「いや、嫌なら俺1人で行くけどさ。良かったら一緒に行ってくれないか?」
「会ってどうするの?まさか・・。」
リアが怪訝そうな顔で再び聞き返す。
「いや、つっかかたりはしないさ。負けてからずっと考えていたことなんだ。さっき護士に言われたときに決心が固まったよ・・・。
カカノーゼは俺に足りないものが何か多分知っているんだと思う。リアの話をきいて、より、そう思えたんだ。だからさ、会って話がしたいんだ。」
「ナタル・・・。」
「だめかな?」
ナタルが、少しだけ情けなさそうに笑う。
「ううん。まず自分の悪いところを知ろうとする姿勢も正しいと思う。そしてカカノーゼはそれを問うにふさわしい人物だと思うわ。それと、あなた1人では不安で行かせられないにしね。もちろん一緒に行くわよ。」
そう笑顔で答えると、ナタルの背中を叩き、
「じゃあもう一汗流しましょうか?」
再び、打剣を腰から抜いた。
「おっ。今度こそ一本いれてやる。」
2人は再び剣を振るい始めたのだった。
剣を振い始めたリアの顔は、心なし満足そうな笑みを浮かべていた。
誤字脱字、文脈からの語尾の変更など。2025.11.13




