闘技大会 その7
7大文化圏会議の扱いを臨時招集から、定例会議での議題の追加という形に修正。
また、平素の7大文化圏会議の会議の様相がわかる記述を追加。2025.11.07
闘技大会での惨劇により、マレーン王国はその対応に追われていた。
本翼3Fにある小会議室には、王とレン、そしてエラン、それに王国の諜報機関の長である、イタバンサ卿を加えた、4人が集まっていた。
イタバンザ卿は、位としては伯爵、そして伯爵は役職に伴う貴族位ではないために、原則様々な役職で要職にあるものが多い。このイタバンザも諜報機関の長となっているが、元は生え抜きの軍角士である。その情報収集能力を買われて、今の立場にいるのだ。
そのイタバンサ卿がいくつかの報告を続け、3人がそれに耳を傾けていたが、3人とも顔には一様に疲れが浮かんでた。
「闘技場でのミーネルハスなる次元人、行方を部下に探させておりますが、一向にその所在はわかりませぬ。あれから半日が経っております。既に身を隠してしまった可能性も・・・。
また、事件後すぐに次元門を通ってしまったのであれば、もうこの次元にはおりますまい。」
イタバンザ卿は、一息をつき、話を再開する。
「それから、生誕祭に出席しておられた各文化圏の大使達ですが・・・。
まことに申し上げ難いことではありますが、あのジャラザン卿が先頭に立って王国の不備を騒ぎ立て、あまつさえ音も歯も無い噂を本当のことであると吹聴し、皆の不安を煽っております。
何人かの大使は既に帰り支度を済ませ、王へのお目通りを申し出ている次第にございます。
またそれほど露骨にではなくとも、近いうちに他の大使達も同じく帰路につくものと考えられます。」
エランは、机叩き、
「卑怯者めが・・・。」
そう吐き捨てる。
レンが咳払いをすると、エランは、座りなおし、
「レン殿はどう考えておられるのだ?」
そうレンに詰め寄る。
「たしかに、ジャラザンの事も問題は問題じゃ。
じゃが、ジャラザンの行動が無いにせよ、王国の威信が傷つけられたことには変わりあるまい。それに早かれ遅かれ、大使達は帰路につくのだぞ。
多少それが早まったところで大差はあるまい。
考えようによっては、第2、第3の事件が起きる前に大使達が国を後にしてくれるのは、それほど悪いことではないじゃろうに。」
レンは、そう言ってエランを見る。
「それより急を要する問題は、今回の事件の犯人そのものじゃ。」
「次元人ではないのか?」
エランが話に割ってはいる。
「もちろん、次元人も犯人の一味ではあろう。しかしな、エラン、あれだけの爆発をとても1人の意思の力で起こすことはできないのじゃ。それにあの次元人が晶角士ではないことは明白じゃ。爆発は数個所で起こったのじゃぞ?
かなりの数の、それも爆発に関連しているい元力石が闘技場に持ちこまれたはずじゃ。
そう考えただけでも、手を貸した晶角士の存在や、石そのものを闘技場に運び込んだ者達がおるのは明白なのじゃ。」
「では、観客の中にもそれを手引きしたものが?」
「エラン・・・。観客、それも貴族、更には大使達の席でも爆発はおこったのじゃぞ?
貴族や大使にも裏切り者がおるのじゃよ・・・。
もちろん、石そのものが爆発するなどとは知らないまま運び入れたのかもしれん。
たとえば、万が一の際の身を護るための護石であると信じこまされた上で持ちこんだのかもしれんしな。じゃが、理由にかかわらず、持ちこまれたことは事実なのじゃ。」
「なるほど。」
「確かにきっけかを与えたのはあの次元人じゃが、問題はもっと深いところにあることもまた明白じゃて。まずは敵を見定めねばならぬのじゃ。」
冷静に分析を伝える。王も言葉こそないが、目はそれを肯定していた。
エランも相槌を打つと、王の方に向き直り、
「しかし、あのジャラザン卿、やはり動いてきましたな。実質大使達に被害がなかったのは不幸中の幸いですな。王女も無事でありましたし。」
再びレンが返答をする。
「起こってしまったことは消せぬ。大使達が無事であったとはいえ、今回の事件が、他文化圏との関係に影響を与えるのは避けられぬじゃろうな。それも早急に動かなければならない案件ではある。
じゃが、今回の爆破・・・。もし、ジャラザン、あるいは他の大使が糸を引いているとすれば、王や大使達を狙うというよりも、貴族席の者たちや、あるいはルルテ嬢ちゃんたちを狙ったという可能性も否定はできぬのじゃ。
爆発の規模から言えば、貴族の観客席や一般の観客席の方が数倍大きいからのう。
そしてだからこそ新しい大使たちなのじゃからな・・・。古顔なのはジャラザンぐらいのものだろうて。」
皆の頭の中に、『大使たちを使い捨ての駒のように扱う・・・・。』そんな嫌な現実が駆け巡る。
いち早く現実にもどったエランが、深呼吸をしてから、再度レンに尋ねる。
「王女・・・?レン殿、それはどのような理由で?そう思われたと?」
「これは、あくまでもわしの予測の範囲じゃがな、王や大使席側の爆発は、大使達の中にいる裏切者たちへの嫌疑を反らすために設置された可能性もあるということじゃ。大使たちはもともと強固な防護結界に守られておるからな。そこを攻撃して大した被害を与えることはできぬことは大使たちなら知っておるじゃろう。それに考えてみるのじゃ。大使たちを害せぬのであれば、誰が対象なのじゃ?国政、文化圏間情勢にとっては重要度のない一般の観客をどれだけ殺そうと、あくまでも一時的な打撃でしかないじゃろう?」
王が悲痛な表情を浮かべる。
「王よ。国民一人一人の命は、我々と平等であり、どの命も失われてはならぬもの。それは理解しておる。あくまでも国政という視点からの話じゃ。」
と、王を慰める様に説明を加えた。
王は、言葉に出さず、『わかっている』と、仕草だけで返事をすると、再び視線を落とした。
「つまり、相手の目的は、あくまでも観客席にいた王女であり、再度狙われる可能性もあると?」
王が、更に顔をゆがめる。
「ないとはいえんじゃろうな。とはいっても、いつ狙われるかはわからんし、その方法も予測ができん。あくまでも予想であり、だからと言って、実際には我らにやれることはないのじゃ。そもそもが、王女が観客席で観戦をしていることをどうして知ったのもわからないのじゃ。だから、あくまでも可能性の話なのじゃ。それに、どんな事態が起こるにせよ、我が弟子以上の護士は思いつかんて。後であやつには、再度護りを強化するようには伝えてはおくが・・・。」
安心させるように、そして事実として、レン自身のガリンへの絶対的な信頼を口にした。
一同は、レンの言葉にただ頷くことしかできなかった。
「確かに、それはそうだな。もしそうだとしても、そう何度も王女を狙うことなどできまい。では、もう1つの問題、諸文化圏の問題についてはなにか妙案は?」
と、エラン。
「それはわしにもわからん。」
一同に重い空気が流れる。
静かに話を聞いていた王が口を開く。
「7大文化圏による”7大文化圏会議”をではっきりさせるしかあるまい。」
緊張が張りつめる。
本来、7大文化圏会議とは、戦時に戦争を回避するために過去何度か文化圏同士でおこなわれてきた、戦時下に卓上で勝敗を決しようという会議のことである。
決して国際問題を解決させることを目的としたものではない。
どちらかというと、軍事力、元力石の新技術、工業力などをお互いに報告(誇示)しあい、実際の戦争に至らぬように机上でけん制しあう情報戦の場なのだ。あくまでも仲良し会ではない。
その7第文化圏会議の場で、実際に起きつつある、戦争の予兆についてを話題にあげることは、その趣旨から大きく外れ、余計な緊張感を生んでしまう、ある意味禁忌ともいえる議題である。
1人1人の顔を見渡し、王が再び口を開く。
「確かに今は戦時下ではない。しかしこれは明らかに何者かによる我が王国に対する侵略行為であることは間違いないのだ。詳細がどうであれ、きっかけをつくったのが次元人であることも判明しておる。それは各大使達もわかっておろう。
幸いにも我が娘はその命を落とさずには済んだ。しかし、我が国の貴族、そして国民の尊い命の多くが失われておる。
レンが言っているのは、あくまでも予想であり、事実ではない。それは、大使達もその命を落とす可能性があったのだ。それも我が国の生誕祭の祭りの中でだ。
戦争を回避するために7大文化圏会議で議題にあげることは、他の文化圏も必ず理解を示してくれると信じている。どの文化圏も平和を望んでいるものだと信じたいのだ。」
その王の迷いのない、そして強い言葉に、レンと、エラン、そしてイタバンサ卿は、返事の変わりに、大きく相槌をうったのだった。
7大文化圏会議は、毎年、第3力期に開催される。
大使たちによるお国自慢がメインで、殺伐としたものではない。また、その場で交易などを相談するための商談の場でもあった。しかし、今回は、そうはいかない。それだけは確かだった。
---------------
そんな王国の将来を左右しかねない、そんな重い話し合いがされている一方で、ガリンとルルテも屋敷に戻っていた。
セルとジレがルルテを無事にベットに横たえたという報告を受けたガリンは、そのまま書庫に入ると、いくつかの元力石をその手に持ってルルテの居室に入った。
ガリンは、それらの元力石をルルテの周囲に配すると、目をつぶり1つ1つに意思を放射していく。
自らの目で初めて、ガリンの文様術を見た女官達は一様に目を丸くしていた。女官達ではなくても、晶角士の文様術を間近で見る機会はなかなかあるものではないが、特にガリンが扱っている文様術は王国の中でもかなり特殊でそして高度なものであり、城に努める女官達も初めて見る規模のものであったからだ。
ガリンは、ルルテのベットの周囲に三角形に元力石を配し、更にその中心部、ルルテの胸の上に最後の1つ置き、女官達が見守る中、最後の1つに意思放射が完了する。
その瞬間に、三角錘状の、薄い赤色の膜のようなものが、寝台そのものを囲う。
床の面ももちろん三角錘の底面で覆われていた。
「ガリン殿、これは?」
ジレがそう尋ねながらガリンに視線を移した。
ガリンはゆっくりと息を整え、
「一種の防御壁です。これで大抵の攻撃は、物理的なものでも、魔法的なものでも、防いでくれるはずです。もちろん私の意思力を超えるような強い力で攻撃をされれば、その効力を保つことはできませんが、当面はこれで大丈夫なはずです。
また、この防御壁は、今日ルルテが受けてしまった心の傷を和らげてくれる効果もあります。2、3日このまま寝かせておけば、起きられるようにはなるはずです。
目覚めた後、心を癒すことはもちろんある程度は必要ですが・・・。」
そう返答をした。
もう1人の女官セルが、ガリンの額の汗をぬぐいながら、
「わかりました。護士殿もお疲れのご様子。お茶などをいれましょうか?」
ガリンに尋ねた。
ガリンは、セルのその配慮に笑顔を返したが、自分にはまだやることがあるという意だけを伝えると、そのまま自室に戻ってしまった。
セルと、ジレは顔を向かい合わせて、なんとも言えない顔でお互いに頷きあい、そして部屋を後にした。
自室に戻ったガリンは、そのまますぐに左手の指輪をはずし、それに意思を放射する。
そして自らの意伝石をなぞり、師であり、宮廷晶角士である、レンを呼び出した。
『先生、そちらの様子はいかがですか?』
しばらくすると、レンからの応答があった。
『ガリンか。まず、そちらの状況を伝えてくれまいか。王が心配しておる。』
ガリンは、闘技場での最悪の事態は回避した事、そのときに少女が負ってしまった心傷の事、現在は自室にて休んでおり、周囲を防護壁で覆ったことなどを手短にイメージで送った。
それらを受けとると、レンは、
『ご苦労じゃったな。まずまずだ。王もお喜びになるだろうて。こちらも大騒ぎになっておるでの・・・。』
今度はレンが、会議の様子や王の決断などを伝えた。
ガリンは、師のそれらのイメージを受け取ると、
『7大文化圏会議ですか・・・。やはり戦争になるとお考えですか?』
そう率直に尋ねた。
『王はそれだけは避けたいとの意向じゃが・・・。3年は持つまい。』
レンも心の内をガリンに告げた。
ガリンは、
『私があまり望まぬ方向に事が進んでいるようですね。後日、詳しく相談でもいたしましょう。』
そう締めくくった。
『近いうちに、王からお主にも召集がかかるじゃろう。』
レンのその言葉で交信は終わった。
師の意思が急速に弱まり、会話が終りを告げ、ガリンがそのまま寝台に横なると、すぐに意識を手放したのだった。
そして、生誕祭が終わった翌日、マレーン次元文明マレーン文化圏マレーン王国国王ルラケスメータ・マレーン・コグソにより、各文化圏に対して、7大文化圏会議の召集と今回の会議の趣旨に関する伝令が伝えられた。
時は第3力期18日。歴史は動き出した。




