闘技大会 その6
リアが闘技場の凄惨な現場から離れ、ナタルを探していると、ナタルはあの護士が言ったとおりに、他の軍角士達によって既に自室に運ばれていた。治療のための簡易的なベッドに寝かされているナタルのぼろぼろの身体を眺めながら、ナタルと自分が出会った頃のことを思い出していた。
現在、ナタルは左翼の門脇にある兵舎の中の最上階、つまり軍角士の司以上の士官部屋で生活を送っている。これは今目の前にいるナタルが自分で勝ち取った境遇であるのだ。
ナタルが今横になっているのは、この士官部屋になる。
リアは代々の軍角士であり、もともと貴族階級に生まれついている。実家は城下町でこそないものの、そのすぐ脇の郊外に邸宅を構えており、その屋敷の中に自分の居室を持っていた。いわゆる貴族令嬢である。
それに比べナタルは、軍角士になり叙爵を受けた、一代目の貴族である。実家は生花店を営んでいる。
生花店を営んでいたこともあり、ナタルの両親はリアの実家の庭師として、リアの屋敷に頻繁に出入りしていたのだ。その時に、両親に着いてきた来た男の子がナタルだったのだ。小さい頃から軍学士になるために訓練をしていたリアと、同じく軍角士を夢見ていた男の子は、年が近かったことをこともあり、すぐに打ち解け、よく一緒に遊ぶようになったのだった。
幼いながらに夢を語り、ある時は、一緒に訓練をし、またいたずらなどをして怒られることもあった。
軍角士は職業としての貴族階級であり、またリアの両親はそれを誇示するような人間でもなかったことが幸いし、本当に家族ぐるみといっていい付き合いをしながら、大きくなった2人だったのだ。
そして、いつの間にかナタルは、自分と同じ舞台に上がってきてのだ。
ナタル家は生花店としての店舗と生活のための家を兼ねたものであり、自立した子供が一緒に生活できるような大きさでなかったたため、自立して時に家をでて、この士官部屋に引っ越しをしたのだった。
逆にリアは、家でも生活をしながら軍角士として務めることも出来たが、ナタルが士官部屋に引っ越したことを機会に、追い変える様にして自身も家を出たのだった。
それからも2人で切磋琢磨し、今がある。リアはナタルには絶対に言わないが、馬鹿で、短慮で、お調子者で、呆れるぐらいによく笑うナタルを愛おしく思っていたのだった。
そんなナタルが、試合でぼろぼろにはなったが、目の前で寝息を立てて、命にも別状はない。
先の惨劇には巻き込まれていなったのだ。
『良かった・・・。』
安堵で、自然と目に涙が浮かんだ。
寝かされているんたるは、既に身につけていた軽装備は全て外されており、簡易なシャツとズボンという姿だった。外見には大きな傷は見当たらず、軍医の話によれば、薬はもとより光浴による生体調整すらも必要ないとの事であった。
そう考えると、ある意味完全にカカノーゼに遊ばれた訳だが、あのままあそこにいたら命そのものが危なかったかもしれない。
その点ではカカノーゼには感謝をしたいぐらいだ。まあ、ナタルは釈然としないだろうが。
リアは、もう一度ナタルの顔を覗き込み、ため息をつきながら寝ているナタルの髪に指を絡めた。
しばらく髪を指にまいたりして遊んでると、ナタルの寝息に声が混じり始め、それからまもなくして、ナタルはゆっくりと目をあけたのだった。
リアは、上からナタルを覗きこんだまま、
「おはよう。」
微笑みながら、そう言った。
ナタルは、周囲を見回ながら、ゆっくりと起きあがると、沈黙の後、
「そうか、俺は負けたのか・・・。」
小さな声でつぶやいた。
「うん。負けちゃったね。」
しばらく二人の間に沈黙がながれる。そして
「ねぇ」
「なぁ」
2人の声が重なった。
リアは、
「どうぞ。」
ナタルの膝に手を置いてそう促した。
ナタルは、一呼吸置いてうつむき加減に
「ありがとな。リア、1回戦から見に来てくれていたんだな。」
ボソリとつぶやく。
それからナタルは、リアの意思を意伝石で受け取ったことへのお礼、観戦に来てくれたことへの2つの礼をもう一度言った。
「今日は素直じゃないの。まあ負けたんだから当然よね。」
ナタルは、リアの明るい声に、呆れるような仕草をして、
「ああ。負けたよ。それも完璧にな。相手をなめてたなんて言わない。あいつは、強かった。今の俺ではとても歯が立たない・・・。」
悲痛というほどではなかったが、リアにはナタルの思いが痛いほどわかった。
「もう、これだけ負けたんだから、いいよね。これ以上下はないんだから、次は・・・、そう次は勝つしか残ってないね。」
努めて明るい声でいう。
「・・・。今のままじゃだめだ。でもあきらめはしないさ。まずはリアに完全に勝てるようになるさ。」
リアの優しさに触れてか、徐々に普段のナタルの調子が戻ってきていた。
「がんばってね。」
ナタルは、力無く笑うと、今度はリアの顔を注視した。
「ところで、お前、ここ男子の軍角士寮だぞ?」
「簡単よ。負けちゃって落ち込んでるナタルを慰めてあげたいのって事情を話したらね、みんな、
『気にすることないよ。行った、行った。』
って、入れてくれたのよ。」
笑顔で答える。
「おい、俺はお前の『おまけ』じゃないっていつも言ってるだろう。頼むよ・・・。」
そして、今度は、
「そうそう、あの時は必死で考える余裕が無かったんだけどさ、お前どうやって、観客席から闘技場まで意伝石で声を伝えられたんだ?貴族席に居たわけでもないんだろう?とても俺たちの力では、あの距離は無理だろ?」
いつの間にかナタルの声は、いつもの調子を取り戻していた。
「愛よ。」
けろりとそう答える。
ナタルは、顔を赤くして
「ふざけるな、そんなんで届くわけないだろっ!」
そう声をあげる。
「え?そうなの。なんてね・・・。本当は、ひ・み・つ。」
リアは、口の前に指を立てる。
ナタルは、頭を掻きながら、
「おいおい。負けたばっかりの俺をいじめて楽しいのかよ。」
そう言うと、ベッドに再び頭を任せた。
「何か食べる?ご馳走するけど?」
ナタルは、寝たままリアに顔を向けると、
「ありがとな。でも寝てたせいか、腹は減ってないな。また今度頼むよ。
今日は、疲れたからな。光浴したら寝るよ。」
明るい声だった。
リアは、何も答えなかった。しかし、その瞳には涙が浮かんでいた。
ナタルの強がってる、明るい声を聴くのは初めてではない。リアにはこのあとナタルがどうするのかもわかっていた。
「おいおい。泣きたいのは俺なんだぜ。大丈夫。上には上がいることもわかったんだし、俺なりに自分に足りないものもわかったんだ。俺はこんなところでは終わらない。これからも訓練つきあってもらうぜ。
ただ、今日は1人にしてくれ。なんか疲れてるんだ。」
ナタルの声は今度も明るかった。
リアは、
「そうよね。わかった。今回初めて負けたわけじゃないもんね。また明日ね。」
「言ってろ!」
リアは指で涙をぬぐって、再びナタルに笑顔を向けると、扉の前で一度振り向いて軽く手を振り部屋を出て扉を閉めた。
リアは、腰から打剣を抜いて扉の横に立てかけると、自分もそのままナタルの部屋の扉に寄りかかった。
そしてもう1回自分の瞳に浮かんだ涙を指でぬぐった。
リアの涙がとまり、立てかけた打剣に手を伸ばしたそのとき、部屋の中から押し殺したような鳴咽の声が聞こえてくる。
リアはそれを聞くと、打剣に伸ばしかけた手を自分の胸に添えた。
そして今度は、自分の頬に伝う温かいものを止めようとはしなかった。
やがて声が聞こえなくなると、リアは静かにその場を後にしたのだった。
リアとナタルの出会いのショートエピソードを新たに加筆しました。その他誤字、脱字、前後関係の調整など。2025.11.6




