闘技大会 その5
そのまま容赦なくカカノーゼの斧が風を切り裂いて、ミーネルハスに襲いかかる。
闘技場の最前列の観客席のすぐそばまでミーネルハスは追い詰められると、身をひるがえしてグラウンドと観客席を隔てる壁に向かって跳ぶ。そのまま壁側面を足で蹴り、カカノーゼの上を宙返りしながら飛び越えて闘技場の中心に着地をした。
カカノーゼもその身の軽さには賞賛の眼差しを送ったが、得物を1つ失ってしまったミーネルハスは確実に不利であり、追い詰められ始めていた。
カカノーゼは、足を止めた慎重に間合いをつめめ、再び嵐のような連撃を繰り出す。
観客にとっては、ミーネルハスは既に片方の手の武器を失っている。後は、時間の問題のように見えた。
実際、ミーネルハスの柔らかな身のこなし、そして踊るような足取り自体は衰えてはいなかったが、それでもやはり少しずつ追い詰められていたのだ。
剣の大きさや単純な力だけではない。ミーネルハス自身の剣技の実力そのものにおいて、目の前に巨漢がの方がわずかに勝っていることを既に認めていた。
そして、再び壁際に追い詰められた時、今度はミーネルハスは逃げなかった。
そして、大きく息を吸うと、短剣の柄にはまっていた1つの元力石をなでる仕草をしながら、いくつかの連続した単語をつぶやく。
カカノーゼも、相手の出方がわからないため、より警戒度をあげる。
歴戦の戦士でもありカカノーゼは、追い詰められた相手が思わぬ反撃をしてくることを良く知っていたからだ。
しかし、ミルハーネスの呟きが終わると、それにほんの少し遅れて王の観戦席の周囲から小さな爆発音が聞こえ、それに続き大使達の観戦席からも小さな爆発音が連続して聞こえた。更に、それらの爆発音に連動するようにして、貴族たちの席から大きな爆発音が響き渡る。そこから一瞬である。爆発は闘技場全体に広がったのだった。
闘技場には煙が充満し、吹き上げられた観客席の破片らしくものが空から降り注いだ。
闘技場は、混乱と悲鳴で埋め尽くされた。
そして、煙が徐々に晴れてき、それがすすり泣きに変わったとき、そこには、ただ限りない凄惨な光景だけが広がっていたのだった・・・。
煙が晴れても、今だ観客席のあちらこちらからは黒煙が立ちのぼり、周囲に肉が焼ける嫌な臭いがたちこめている。
爆発に巻き込まれたものはもはや、人ではなかった・・・。
王の観戦席や大使達のそれは、防護の元力石の力が働いた為か、比較的被害は少ないように見えたが、逆に貴族たちの席は、ほぼ壊滅状態である。
王とレンは闘技場の観客席を見渡すように目を向け、安堵の表情を一瞬覗かせたが、すぐにその表情は隠すように消して、足早にその場を後にした。
リアは、最初の爆音と同時に頭を抱えて身を低くし、爆音が止んだ後、おそるおそる顔をあげることしかできなかった。
そして、自分が、いや自分を含めて晶角士と王女が、緑の球状の空間で囲まれているのに気づく。
晶角士は、自らの胸のペンダントを握りしめながら、目を瞑り耳慣れない発音で言葉をつぶやき続けている。その顔からは感情が消え、ただひたすらに詠唱を続けていた。
『とにかく自分は助かったのだ。」
それがわかると、その安堵が、わずかながらの余裕をリアの心にもたらしたのだった。
リアも軍角士である、リアが行動に移したのは、冷静に周囲の状況の分析を始めることだった。
どうやら晶角士の胸のペンダントから強い光が漏れ出ていて、その光が球状になり自分達を覆っているようである。まるで周囲の惨劇が違う次元にでもあるかのように、煙も、臭いも、更には周囲の人々の悲鳴やすすりなく泣き声さえも、どこか別の世界から聞こえてくるように感じる。
リアは周囲をみわつぃ、膜の外の様子の確認のため立ちあがろうとすると、
「待ちなさい。ここは通常空間とは異なる空間で形成されていますので、むやみに動いてはいけません。」
晶角士が目を瞑ったまま、まるでリアの心を見透かしたように口を開く。
リアは、
「まさか・・・。」
そう言葉を発しながらも、この晶角士の力量に疑問をさしはさむ余地はなく、既に半ば以上は信じている自分に驚かなかった。
異次元に空間をつくることは、様々な産業分野において使われている技術である。
海洋産物の養殖施設などが、その典型的な例であることは誰でも知っているし、そもそも次元文化圏はその手法を用いて、次元空間に居住可能な空間を創り出しているのだ。難しい技術ではあったとしても、それほど珍しい技術ではない。
リアが驚いた点は、それを小さいとはいえ、1人で、しかも短時間に創りだしている点である。この点に関していえば、まず一般的には不可能としか思えなかった。
しかし、この晶角士は先日のナタルとの試合でも、複数の意思放射を同時に行なって見せるという不可能を実践してみせている。だからこそリアの感覚は、この晶角士のいうことが正しいのだろうと直感で信じることが出来たのだ。
それは同時に、今、まだ自分の命があることもこの晶角士のおかげであることだ。リアは、この瞬間にそれをもはっきりと理解をしたのだった。
ガリンは、リアが観客席に座りなおしたのを確認すると、目を開けて視線を向け、
「混乱も徐々に収まってきていることと思います。これからこの空間を通常空間と融合させますので、動かないで待っていてください。」
リアにそう告げ、ガリンは再び目を瞑った。
いくら護士に選ばれるほどの晶角士であったとしても長いことこの空間を維持するのは、さすがに骨が折れるのだろう。
それは額に浮かんだ無数の汗が証明していた。
ペンダントの光が一瞬強く輝いたと思うと、もやがかかったような視界が少しずつ晴れてきて、周囲の人々の叫び声や泣き声、悲鳴が、近くに聞こえるようになった。
完全に視界が晴れると、リアの視界には、周囲のむごい惨状が、否応なし視界に飛びこんでくる。やはり現実として、王女もそして自分も、この晶角士のおかげで命を繋いだのだ。目の前と、自分と王女の市野がつながったこと、それが現在の現実と繋がった瞬間・・・。
『王女!?』
形にならない思考に後押しされて、リアは即座に王女に視線を移す。
『遅かった・・・。』
王女は、既に周囲の惨劇を前に立ち尽し、その瞳には、恐怖と悲しみと、そして絶望が浮かんでいた。
王女は、まるで王女だけが時が止まったかのように動かなかった。
リアは即座に王女の頭を抱えるように抱きしめ、そして抱きしめた王女の大粒の涙が地面にはじけた瞬間、砂時計は再び時を刻み始めたのだった。
「いやぁぁぁーーーーーー!」
王女は、リアの手をすり抜けて、その場に泣き崩れた。
一時遅れてようやく完全に瞑想を終えたガリンは、そのルルテの悲痛な叫び声で我に返ったのだった。そして、すぐに左手の指輪をなでながら数言つぶやき、それをルルテの意伝石に近づけた。
ルルテは、そのまま意識を失った。
ガリンは、周囲の惨状に目を向けると息を飲んだ。
ガリンもリアも先の大戦は経験をしていない、戦争を知らない世代である。
『酷いな・・・』
ガリンは、周囲の状況を冷静に確認し、そう呟いた。そして、数回の深呼吸をし、リアにめくばせをすると、今度は自分の意伝石を握りしめて、そのまま再び瞑想に入った。
リアは、意識を失った王女を支えて椅子に座らせると、帯剣していた打剣を抜き、王女とガリンの前で剣を構えた。
この惨劇の中、よもやとは思うが、油断はできない。
そうして剣を構えて晶角士の動きを待つ。それは実際にはほんの一時であったかもしれない。
しかしリアには、もう数刻も経ったかのように感じるほど、周囲の風景は動かなかった。ただ、そこにそのままの悲惨な惨状が佇んでいた。
時が経つ毎に、周囲の状況がリアを心を蝕ばんでいった。
リアの頬を汗が伝う。
「軍角士殿、もう大丈夫ですよ。王女付きの衛士を呼びました。」
その晶角士の声で我に返った。
リアは、警戒をおこたらないまま、視線だけを晶角士に向け、
「わたしの名前は、ササレリアシータ。先日、晶角士殿と手あわせした剣士の友人です。」
いくぶん落ち着き、自己紹介を返すことができた。
ガリンは、
「せんだって士官闘技場でお見掛けしています。覚えていますよ。私と戦ったあの剣士と、私との勝負の権利を掛けて戦っていた方ですね。」
リアはその話を思い出し、急に恥ずかしさを感じた。
しかし、その恥ずかしさを即座に振り払うと、
「貴卿のおっしゃる通りです。」
あえて護士と呼びかけないリアの細やかな配慮に、ガリンは意外さを感じると共に、同時に、それでも自分の身分を重視した口調であったことに、少しだけ眉を寄せた。
ガリンは、
「その後、生誕祭の初日、学院の側で、私と戦った男性の軍角士さんと連れ立って歩いていたのも知っています。私にとっては、ササレリアシータさんのに会うのは既に3回目ですね。」
そう淡々と続けた。
「え?」
リアは短い驚きの声を発して、口を閉ざした。あんな遠くから、私たちは一方的にこちらだけが護士と王女に気付いていたと思ったのに、どんな方法で私たちに気付いたのかが、リアにはまったく想像ができなかった。リアが、再度口を開きかけた、ちょうどその時、
「護士殿」
そう背後から、声が聞こえた。衛士のストレバウスである。
ガリンは、一度ルルテを見てからストレバウスに向き直り、
「ストレバウス殿。申し訳ない。ルルテ殿を急ぎ、屋敷まで頼みます。私は少し疲れているようだ。しばらくは文様術を使えそうにない。急いでください。」
そう指示を伝えた。
大会の間、闘技場の外で待機していたストレバウスは、中の惨状に目を細めながらも、
「かしこまりました。護士殿はどうなさいますか。」
そう即座に返答をした。ガリンは、再びリアに視線戻し、
「お友達は、おそらくもう自室に運ばれているものと思います。心配は要らないと思います。」
そう告げて、衛士を促し、共にその場を後にしたのだった。
爆風と同時に地面に身を伏せていたカカノーゼは、体の砂埃を払いながら立ち上がると、混乱する闘技場の様子を一望すると、何事もなかったように斧を背中にかつぎなおし、大きく息を吸って出口に向かって歩き始めた。
臨場感をます加筆や、前後の文章との整合性など、かなり加筆修正を加えました。2025.11.5




