闘技大会 その3
開始の合図とともに、ナタルとカカノーゼが闘技場に姿をあらわす。
ナタルはいつも通りのロングソードタイプの打剣を腰にさげ、カカノーゼは大きな斧の打剣を背負っていた。
両者は闘技場の中央までゆっくりと歩み寄ると、お互いに対峙し武器を抜いた。戦いにおいて反則とされる技や行為は、この闘技大会には基本的には存在していないため、闘技場には審判はいない。相手が戦闘不能になるか、負けの宣言をすれば試合の終了である。
ナタルとカカノーゼは、お互いの得物をゆっくりと重ね合わせ、カツンと打ち合わせると、2人の間に一気に緊張が走った。
どよめいていた歓声も息を飲んだように一瞬の静寂が訪れる。
ナタルは、その瞬間にカカノーゼと距離を取り、すり足でカカノーゼの周りを回り始める、一方、カカノーゼは斧を水平に構えてナタルの動きをじっくりと見据えた。
それぞれの獲物の特性から考えても、構図としてはナタルが速度で、カカノーゼがパワーだろう。
そして、ナタルがほぼカカノーゼの周囲を1周した瞬間、ナタルは地面を蹴りカカノーゼに打ちかかる。
力のこもった、速い打撃である。
ナタルは、巨漢であり重たい武器をもった相手に、セオリー通りにスピードで翻弄しながら戦う戦略を選択したのだ。
ナタルのするどい打撃が、何度もカカノーゼに打ち込まれる。
右から、左から、そして下から、まさに変幻自在の太刀筋である。
しかし、スピードは自分が有利と考えたナタルの打撃は、傍目にはほとんど斧を動かしているようには見えないカカノーゼにすべて防がれてしまっていた。
そのようなやりとりが幾度となく続く。
カカノーゼは、ニヤリと笑って、
「甘ちゃんよぉ。あたらねぇな。それでおしまいか?」
そうナタルを馬鹿にしたように声を掛ける。
激しく動いているナタルに、それに返答する余裕はなかったが、更に目に力がこもる。
更にはげしく、強く、剣を繰り出していくナタル。
元力石の使い方が上手い、速度から打撃へとスムーズに意志力を切り替えての速攻である。
戦闘としてはかなりの時間、観戦客にはナタルの攻撃が続いているように見えていた。
しかし、その様子を観戦席から観ていたリアは、時々ため息をもらしながら唇を噛み、そして、ナタルの戦いに対して自分なりの分析をしていた。
確かに巨漢と戦う場合の基本的な戦略は、スピードでの撹乱が定石ではある。その点でナタルの選択は間違ってはいない。
それは巨漢の戦士が、一般的にはすばやい動きを不得意とし、力押しの戦いをしてくることが多いからだ。
自分もナタルが最初にこの戦略を選択したときには、『間違っていない』、そう確信をしていた。
しかし、よく観察していれば目の前にいる巨漢の戦士が力押しの荒い戦闘とは対極にいることが良くわかる。大きな斧を最小限の動きで操り、隙をみればすばやく一撃を加えることができる技術と速度を持った、剣技に極めて長けた戦士であるのだ。
元力石への意思伝達も、ナタルに劣らずスムーズだ。そうとう鍛えている。リアの見立てでは、ナタルよりも一段、二段上だ。ある意味、巨漢で扱っている武器は大斧だが、戦闘の技術はリアに近いともいえるのだ。
『ナタルは決して弱くない、でも、まともに戦えば私に勝つことはまだまだ出来ない。』
リアはそのことをよく知っている。だからこそ、リアの頭の中では勝敗が予測がついてしまう。
そしてそれは同時に、ナタルが目の前の戦士にもこのままでは勝つことができない事を意味している。
しかも、目の前の戦士は、私の技術的な要素に加えて自分にはないナタルのような力強さも身に付けているのだ。分が悪い。自分でもおそらくは勝てない。
そう、ナタルは明らかに不利だった・・・。
このままの力任せの剣では、一撃も与えないうちにナタルは力尽きてしまうだろう。
これは、前回、晶角士に負けたときとは違う。明らかに剣士としての実力で負けてしまうのだ。一本気なナタルのことである。その自尊心は大いに傷つき、今度こそ剣を置いてしまうかもしれなかった。そんな不安までもがリアの心をよぎった。
リアがそんな不安で胸を一杯にしている間も、目の前の試合は続いている。
そしてリアの予想通りに、連続した攻撃のため既に息を切らせているナタルは、徐々にカカノーゼに追い詰められている。
ナタルは冷静さを失いかけ、既に危険な状況の一歩手前にいたのだ。
なんとかナタルに、冷静さを取りもどしてもらわなければならない。
冷静になりさえすれば、勝てるとまでは言えないかもしれないが勝機が生まれる可能性はある。
いや、このまま大敗することはないと行ったほうが正確かもしれない・・・。
どちらにせよ、状況は好転するに違いない。
しかし、この歓声の中、声は届く筈もないし、かといってリアの意思力ではあそこまでは意伝石で意思を伝えることはできない。
確かに意伝石は離れたところにいる相手に意思を伝えることができるものだが、万能ではない。
一般的には意思を増幅したり、晶角士並の強い意思をもっていないかぎり、その距離はきわめて限られてしまう。
リアの心は焦る。
それでもリアは、何か手はないかと周りを見回す。
そして、そんな中で視界の隅にガリンとルルテを捉えると、リアは迷いも見せずに席を立ち、ガリンに駆けより、
「あなた、私の意思を増幅して!説明をしている暇なないの。このままだとナタルは負けてしまう。あなたなら、出来るのでしょう?」
そう詰め寄る。
ガリンは、多少驚いた顔をしていたが、闘技場で戦う軍角士に目をやると、
『彼の幼名がナタルと言うのですね。』
そんなことを思いながら、リアに視線を戻した。
ルルテは、一瞬ガリンの顔をみると、ガリンの膝に手をおいた。
ガリンは、手に視線を移しそのまま左手の指輪を1つはずして、意思をこめ始めた。視線をリアに戻すと、その指輪をリアに渡し、
「それをあなたの意伝石に近づけて意思を発してみてください。あの青年のところまでは十分に意思が届くはずですよ。」
そう言ったガリンは、相変わらず眉を寄せていて表情はあまり読み取ることはできなかったが、リアは、
「感謝するわ。」
そう言いながら指輪を受け取ると闘技場のナタルに視線を戻した。
ナタルは相変わらず激しい剣撃を繰り返していたが、明らかにスピードが落ちてきており、徐々にカカノーゼの攻撃の時間が長くなってきている。もう時間の問題だった。
リアは目をつぶると、
『ナタル!それでは駄目。相手は私なの。私と戦ってると思って。』
そう意思を送った。いや叫んだ。
ナタルは、突如に頭に響いたリアの声に驚き、一瞬ほうけたが、すぐにその意味を理解すると、急いで距離をとった。
剣撃をとめて、息を整えながら、リアの言葉を口の中で繰り返してつぶやくと、
『おうっ!』
リアに意思を返した。
もちろん、ナタルの意思はリアまでは届くはずはないのだが、リアはあたかもその言葉を受け取ったかのように微笑むと、
「ありがとう。」
そう言って指輪をガリンに返し、そのままガリンの横に腰をおろした。
ガリンは指輪を受け取ると、それを元の指にもどして再び試合に意識を戻す。
ルルテはちらっとリアに目をやったが、何も言わずやはり闘いに集中した。
マレーンサーガに置いて、剣術は、元力石への意思伝達とセットとしているのですが、この章の戦闘の記載には元力石の表現がされていなかったため、追加修正。2025.11.3




