引っ越し その4
レンは、そんなことに思いを巡らせていたが、ガリンの
「先生、どうかされましたか?」
という問いかけで、我に返った。
レンは、幾分顔を引き締めて、ガリンに向き直ると、
「いやいや、ちょっと昔のことを思い出しておったのじゃ。
それよりガリンよ。
能力石のことまでわかっているのであれば、もう何も言うまい。
お主とルルテ嬢には王国の未来がかかっておるのじゃ。
護士として、そして教育者としてしっかり頼んだぞ。」
ガリンも、幾分顔を引き締めると、
「わかりました。先生の顔に泥を塗るようなことは致しません。
しかし、護士としてはさておき、教育者としては、ちょっと自信はありません。
もちろん、できる限りのことはやっていくつもりです。
それに未来とは少し大げさな気もしますが・・・。」
そう返した。
「年を取るとな。心配性になるんじゃ。とにかくわかった。あちらでも学業を怠ってはいかんぞ。
それにルルテ嬢は元服のために、まず初等教育課程を完了させねばならない。」
レンは、今度はゆっくりとそして穏やかに確認するかのように伝えた。
ガリンは、その『学業』という言葉を聞くと、何かを思い出したかのように急にレンに向き直り、
「そういえば先生、あちらに作っていただいた研究室は、炉もないのですよ?あれではとても学業など・・・。」
ガリンの声が急に詰問口調に変わった。
レンは、自らの話題が墓穴を掘ったことをすぐに悟ったが、もう遅い。
レン自身、ガリンが自分の居室にもとめた、研究を可能とする条件に目を通してはいたのだが、とてもそんなものをあそこにつくることは不可能だと感じていた。
王からガリンからの提案書を前に相談された折に、書庫と机さえあればよいと返答したのは、レン自身であったのだ。
そもそも、『研究ならこの学院ですれば良いのだ』、との考えもあった。
これに関しては、レン自身もはっきりとは認識していなかったが、ガリンがこの学院に足を運ぶ機会が減ってしまうのを寂しく思ったのかもしれない。
レンは、口早に
「あの空間に、そんなに完璧なものを求めても仕方があるまい、あれでも十分に文様は彫れるし、研究も可能じゃ。
炉や孔は自分で後で付ければ良いであろう?あそこは護士としての居室なのだぞ?」
続けて、
「それよりも、ここで油を売っていて良いのか?今日中に引っ越しを終わらせるのであろう?
それに、そんなに気に入らぬのなら、早く居室に向かってある程度の改造をすればよいであろう?
許可は私が王に取っておくからの・・・。」
そう言って、早々と会話を切り上げたのだった。
ガリンは一度主張を始めると、とても長く、そして反論をし難い論理展開をする傾向がある。
できるだけ早く会話を打ち切るのが得策であることをレンはよく知っていたのだ。
ガリンは、会話を打ち切られたことに、釈然としない違和感を感じながらも
「確かにおっしゃるとおりですね。むしろ自分好みに改良を出来て良いのかもしれません。
それでは先生失礼します。」
切り替えも早いガリンは、そう言ってゆっくり頭をさげ、衛士の待つ自室に戻っていった。
その姿を後ろからレンは見守りながら、楽しそうにため息をついた。
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ガリンは学院の自室にもどると、衛士に、表に用意させた大八車に荷を積むように伝え、最後に身の回りのものをいくつか手早く集め、自らも自室を後にしたのだった。
部屋を出るときにガリンは、10年以上自分が過ごした部屋を振り返ると、ゆっくりと頭を下げ、言葉なく足を外に向けた。
表に出たガリンは、衛士に出立を伝えようとし口を開けかけたが、あることに気が付き慌てて言葉を飲み込み、
「衛士殿、まだお名前をお伺いしていませんでしたね?」
と、衛士に名を尋ねた。
衛士は、多少驚いたような表情を浮かべたが、即座に膝をつき、
「私は、王宮付きの衛士補佐長である、ストレバウスと申します。」
と頭を下げた。
ガリンも驚いて、
「別に膝をつかなくても良いですよ。私こそ荷運びを手伝っていただいているのですし。」
とだけ、力ない声で返事をした。
「そうはいきません。ここは既に人の目のある場所にてございます。護士殿に対し礼を欠いたとあっては示しがつきませぬ。」
その口調は固い。
ガリンは、これも地位と爵位に付随する1つの責務だと納得をすると、今度は、この衛士が王宮付きのと答えたところには興味が湧いた。そして、
「ところで、ストレバウス殿・・・。」
ガリンは、話を切り出そうとした。
しかし、ストレバウスには一向に姿勢を崩す気配をみせない。
ガリンは話題を変えて話し掛けた。
「ストレバウス殿、それでは参ろうか。大八車には重要軽減の元力石を配してありますので、それ程重たい訳ではありませんが、それでも記録石は重い。よろしく頼みます。」
ストレバウスは、ガリンの出発の意を確認すると、ようやく立ち上がり、
「かしこまりました。」
と軽く会釈をして大八車を引き始めた。
ガリンは、衛士の隣りに肩を並べようやく会話を始められることに軽い安堵を覚え、
「ストレバウス殿、そんなに距離を歩くわけではですが、到着までの間話に付き合ってもらっても良いですか?」
ガリンが、そう伝えると、ストレバウスは、
「はい。」
短く返答をしたが、その顔には明らかに不思議そうな表情が浮かんでいた。
衛士が感じた違和感は、身分の高いものが積極的に衛士に話し掛けるなどということはあまり例がないからであった、
逆に、もともとその類の常識、いわゆる爵位を持つものとしての常識ほとんど持ち合わせていないガリンは、そんな衛士の気持ちなど、まったく気にせず話を始めた。
「ストレバウス殿は、先程、王宮付きの衛士、と私にいったと思うが、衛士は城付きだとばかり思っておりました。それ以外にも居るのですか?」
ストレバウスは、話が自分のわかりやすいものだと感じたのか、すぐに答える。
「ほとんどの衛士は城付きとなっておりますが、私を含め数人が王族の専任の衛士としてその任についております。
わたしは、先日までは王宮の門番をしておりました。
特に城付きの衛士と区別されているわけではありませんのであまり知られておりませんが、私はルルテ様の幼い頃からこの任に就いており、衛士の中ではルルテ様とももっと近い場所で職についていたとも言えます。そのため、今回の女官達同様に、ルルテ様付きの衛士として護士殿の居室もある新宅の衛士としても任をいただたのです。
また、私の出身は貴族であり、士爵位をいただいております。」
ガリンは、王族専任の衛士がいることや、その衛士が軍角士の位をもっていることに素直にびっくりした。と、同時に、
『王宮のことについては、私自身、まだ勉強せねばならない事がいつくもあるようですね。』
とも感じたのだった。
この話を聞いて、先程の位に対するこの衛士の反応も合点がいったのだった。
門前の態度は、あくまでも爵位、地位ともに目上にいる自分に対しての礼儀だったのだ。
いくつかも疑問と、会話によるわだかまりが解けたためか、いつもより幾分饒舌になったガリンは、ルルテ王女と自分自身の居室付の衛士であれば、世話をかけるになることもあるとの考え、、今後のことなどをいくつか話しながら居室に向かったのだった。
そうして、新居前の最後の長い階段を上りようやく屋敷の前に到着すると、衛士は荷をガリンの部屋に運ぶと告げ、頭をさげて退出をしたのだった。
たいした荷物があったわけではないので、衛士が自身の部屋の奥にある研究室に積み上げった荷物を確認すると、レンに言われたようにさっそく部屋の改造の計画を練り始めた。
最新話あたりでは、ガリンの口調やキャラが確定しているので、違和感のあった部分を全面的に修正しまいた。2025.10.29




