旅のはじまり その16 生き残るということ
サラは、動き出したガリンの背中を見て、頼もしさと、そして少しだけ怖さを感じるのだった。
ガリンは、ルルテが止めをさした死体も含めて、7人の死体から生力石をすべて回収して回った。
それらをまとめて小さな布袋に入れると、風力車へ丁寧に積み込んだ。
意識を失っていたウクバルがガリンが作業をしている物音で意識を取り戻した。
ただ、呆けたように、ガリンが淡々と作業を進める様子を見ているのだった。
そして、自分たちが晶角士のいる集団に襲撃を仕掛けてしまったのだと悟った。
個々の戦闘力は測れないが、晶角士は多くの文様術を使い、戦闘を圧倒的に有利に進めることができる。
場合によっては、射杖と呼ばれる武器を用いて火球を放つことさえ可能だ。
ウクバルは実際に見たことはなかったが、知識としては理解していた。
学院関係者であり、最新型の風力車を持つ時点で、もっと警戒すべきだった。
今となってはどうしようもないが、ウクバルは項垂れるしかなかった。
大体の作業が終わると、ガリンはジレ、ストレバウス、そしてルルテに丁寧に声を掛けて回った。
同時に、襲撃があり、死体が散乱している仮の野営地を、遮音・遮臭の結界で包み込んだ。
中が見えないよう、不可視の効果まで付加している。
サラはそれを見て、この晶角士がどこまで多彩なのか想像もつかないといったように感心し、嘆息をついた。
ガリンの声掛けで、力なく、まだ強い疲労が顔に刻まれた3人が集まると、サラが口を開いた。
レイレイはジレの横に立ち、特に動揺もなく、いつも通りの様子だった。
「ジレ、ストレバウス、お嬢ちゃん。そしてレイレイとガリン。生き残れて良かったさね。戦闘は終了だ。」
一人一人の名を呼び、丁寧に頷きながら、生き残れたことと戦闘の完全な終結を告げた。
皆の顔に安堵の色が広がる。
ジレは何度も小さく息を吐き、ストレバウスはようやく手から盾を外した。
ルルテは涙を浮かべたままだったが、ガリンに力なく頷き、ようやく手を布でこするのをやめた。
擦りすぎたせいか、ルルテの手は赤くなっていた。
「みんな、良くやってくれたさね。初めての戦闘、初めて命を奪う行為、かなり応えただろうさね。隠す必要はないさね。誰でも最初はそうだ。」
サラは一呼吸置き、続けた。
「うちも、そうだった。小さな子羊のように震えていたさね。みんな、それよりよっぽどすごいさね。最初の戦闘で、全員が自分の命を守ることができた。」
さらに呼吸を置き、ゆっくりと言う。
「今生きているのは、敵を、自分を殺そうとした敵を倒したからだ。勝ったさね。」
サラは短剣を天へ突き上げた。
声は出さない。ただ、短剣を掲げるだけ。
皆がそれを見上げ、夜の帳の中に、ぽつぽつと力ない笑い声が漏れた。
ルルテは泣きながら笑っていた。
これは『命を守った』ことによる脱力の笑いだ。
面白いから笑ったわけではなく、生き残った安堵が声になっただけだった。
それでも場の空気は変わった。
何度もこの光景を見てきたサラだからこそできる、戦闘終了の合図だった。
皆が安堵し、互いに言葉を交わし始める。
サラはそれを静かに見守った。
ガリンは、そんなサラを見て、彼女への評価を一段上げるのだった。
極めて現実的で無駄がない。ラミアとしての特性もあるのかもしれないが、これは鍛えられた精神構造だとガリンは感じた。
ガリンは死体を見ても、生力石を抜き取っても、何も感じない。ただ煩わしいと感じただけだ。
そして、それを見たルルテが再びショックを受けるのが耐えられなかった。
だからこそ、音も匂いも視界も遮断する結界で包んだ。
ある意味、他人を気遣うようになった分だけ、感情が豊かになったともいえる。
一方でサラも、初めての戦闘であるにもかかわらず淡々と作業をこなすガリンに、驚きと称賛を抱いていた。
長命族は長く生きることで感情の起伏が薄くなる。これは長命族特有の精神的特徴だ。
ガリンは、ある時から歳を取っていないと、ガリンの師であり学院の長であり宮廷晶角士でもあるレンが言っていた。
レンは、ガリンがまだ小さい頃に遺跡で見つけたと言っていた。
長命族は種族によって外見の変化の仕方が異なる。
ガリンは自分を『人族』だと認識しているようだが、サラには長命族に見えた。
もしかすると、幼少期の外見変化が乏しい種族なのかもしれない。
そうでなければ、初めて人を殺す場にいて、あれほど冷静でいられるとは思えなかった。
この襲撃で、サラはガリンへの興味をさらに強めた。
恋愛感情かと問われれば、現時点では『否』だろう。
好意という意味では、長年一緒に養鶏家業をしていたカカノーゼへの気持ちの方がよほど強い。
ただ、気になる存在ではあった。
自分と時を共有できる長命族かもしれないガリンは、貴重な存在なのだ。
皆が落ち着き始めたのを見て、サラが再び口を開いた。
「まず、倒した襲撃者の処理をするさね。街道から離れたところに、全員を埋められる深い穴を掘る。」
続けて、
「このままにすれば、匂いに釣られて魔獣が寄って来ても困る。野営地も移すが、さらに離れたところに穴を掘ったほうが安全だろう。」
皆は少し驚いたような顔で頷いた。
「また、襲撃者とはいえ、人さね。野ざらしにして魔獣に食べられても寝覚めが悪い。魔獣に人の味を覚えさせたくないのもあるさね。」
サラは丁寧に、あくまで作業として伝えた。
「ガリンは、大きな穴を掘る文様術は可能さね?」
ガリンは小さく頷いた。
「例の巨漢の戦士の斧を分解した時と同じ結界で、地面を削ることはできますよ。」
ガリンの言葉を聞き、サラは言った。
「だそうさね。皆、手伝ってあげて欲しいさね。穴が掘り終わったら、死体をそこに埋葬するさね。」
ここでサラは初めて『死体』という言葉を使った。
意図的にである。
ようやくここで、皆に死体を意識させたのだった。




