旅のはじまり その14 はじめての戦い
夜が深まり、焚き火の赤い光だけが偽の野営地を照らしていた。
サラは周囲の気配が増えていくのを感じ取ると、伸びをして排泄に向かうように見せかけ、ゆっくりと茂みへ移動した。
その行動自体が、他の仲間に対する襲撃開始の合図だったのだ。
焚き火の明かりの向こう、闇の中から影が滑り出る。ウクバルを先頭に、腰を低くした8人の集団が音もなく近づいてくる。皮の軽装備がわずかに擦れる音が聞こえる。
偽の野営地に人影がないことを確認したウクバルが、無言で手を上げる。7人が一斉に散開し、焚き火と2つのテント、そしてサラが消えた茂みへと静かに迫った。
その瞬間・・・焚き火が爆ぜた。
『バァァァーーン!』
火の粉が弾け、襲撃者たちが一斉にそちらへ顔を向ける。わずかに乱れたその瞬間を、ガリンたちは逃さなかった。
ストレバウスがテントから飛び出し、襲撃者の背後に躍り出る。盾が地面を擦り、重い音を響かせながら構えを取る。
同時に、ガリンの結界が赤い光を帯びて展開し、襲撃者全員を包囲した。透明な壁が空気を震わせ、逃げ道を塞ぐ。
ストレバウスの背後だけは、人1人が通れる隙間が残されていた。そこが『蓋』の位置だ。
そして最後に、茂みが揺れた。
サラ、ジレ、レイレイが飛び出す。
3本の刃が、3つの首筋へ吸い込まれるように突き立った。
訓練された3人が、軽量化から打撃力へスムーズに意思放射の推移させて、首筋に突き立てるのだ。
まあ、もっともレイレイは、力任せだった可能性もあるが・・・。
肉を断つ鈍い感触とともに、血が噴き上がる。3人は崩れ落ち、地面に赤い染みが広がった。
「う、うわああああああっ!」
襲撃者の1人が狂ったように叫び、混乱が広がる。来た道へ逃げようとした者は、ストレバウスの盾に弾き返され、レイレイの足元へ転がった。
レイレイはショートソードを放り捨て、爪を伸ばす。
獣のような鋭い動きで襲撃者の顔面を貫いた。手が骨を砕き、肉を裂き、頭蓋にめり込む。襲撃者は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
サラは横合いから滑り込み、もう1人の首を横一文字に裂いた。血が噴き、温かい飛沫がサラの頬をかすめる。
ストレバウスは、何度も突っ込んでくる襲撃者を盾で受け止め、ついに組み伏せた。盾の縁が相手の首に叩きつけられ、骨が砕ける鈍い音が響く。襲撃者の首は不自然な角度に折れ曲がっていた。
ストレバウスの顔が歪む。衛士は『殺す』ための戦士ではない。初めての死体を前に、彼の手が震えていた。
その時、最後の1人が、よろけたストレバウスが結界の外に出ていることに気付いた。
「しまっ・・・。」
サラが舌打ちし、地面を蹴る。
風を裂く勢いで最後の襲撃者へ迫り、背中へ剣を振り下ろした。しかし浅い。襲撃者は半狂乱のまま、ガリンとルルテが隠れるテントへ向かって走り出した。
サラは意伝石でルルテに、
『手負いだ。やってくれ。』
と短く伝えた。
血を垂らしながら襲撃者がガリンとルルテの隠れていたテント前に現れる。ガリンはウクバルの結界維持に全力を注いでおり、動けない。
ルルテがやるしかない。
ルルテは震える手を握りしめ、サラの言葉を思い出す。
『我は王族だ。国を守らねばならぬ。そして、父や母のように戦うことが運命なのだ。』
しかし足が前に出ない。
その時、ガリンの声が届いた。
「ルルテ、お願いします・・・。」
その声に、ルルテは覚悟を決めた。
王族としてではなく、ガリンを守るために。
テントから飛び出し、襲撃者の前に立つ。
短剣を構え、硬化の元力石に力を込める。
「はぁっ!」
突き出された、その短剣は、ストレバウスに指導された通り、しっかりと攻撃の意思と、その対象を定めた手本のような、綺麗な突きであった。
短剣が皮の防具を貫き、肉を裂き、心臓へ届く。
手に伝わる嫌な感触に、ルルテの顔が歪む。それでも止めない。さらに深く突き刺した。
鮮血が噴き出し、ルルテの手とメノウ色の髪を赤く染めた。
短剣を抜くと、襲撃者は力なく崩れ落ちた。
戦闘は終わった。しかし、皆の戦いはまだ終わっていなかった。
ルルテは手の血を何度も拭い、吐き気をこらえている。
ジレは膝をついたまま震え、ストレバウスも自分が殺した相手を見つめて顔を歪めていた。
サラは皆を見渡し、
「殺さなければ殺されるんだ。それが戦いだ。うちらの勝ちだ。命を落とさずに済んさね。」
と、目を伏せながら勝どきをあげた。
目的はすべて達した。襲撃者をリーダー以外全員排除し、リーダーの捕縛にも成功した。しかしルルテ、ジレ、ストレバウスは、
『一線を越えてしまった。』
という共通の傷を負うこととなった。
レイレイがジレの肩に手を置き、
「女官よ。そなたを我の保護者として誇らしく思うぞ」
とつぶやく。
レイレイの戦い方がショートソードから爪へ変化していたのは、戦闘中に覚醒したからだ。しかしジレにそう告げたレイレイの目の光は、すぐに消えてしまった。




