旅のはじまり その13 奇襲に備えて
この旅に出てまだ2日しか経っていないが、もともと女官であるジレも、奮闘していた。
レジは、王族付きの女官になれるだけの地位ある貴族の出だった。セルほどではないが、すでに5年にわたりルルテ付きの女官を務めていた。
ジレが王女の女官として選ばれたのには理由がある。
1つは、ジレが諜報機関の長であり元ララス領領主イタバンサ伯爵の妻、ミレーナの実家の三女だったからだ。ミレーナはマレーン文化圏の中のウィル文化圏を治める子爵家からララス領へ嫁いできていた。そのミレーナの年の離れた2人の妹のうちの1人がジレである。
今でこそ女官となり家名を名乗らなくなっているが、貴族籍を剥奪されたわけではないので、正式な名はジレルンマーナ・ジレ・ウィルとなる。
幼い頃から快活で物おじせず、貴族としてのたしなみより身体を動かすことが好きだったジレを見て、ハサル(イタバンサ伯爵の幼名)がスカウトしたのだ。
諜報機関の養成所で基本的な戦闘術を学び、その後しばらくは姉ミレーナの身辺警護としてララスにいた。
常に護衛として張り付くわけにもいかず、女官としての技術も身につけ、ミレーナ付きの女官として護衛を兼務していたのである。
ハサルが登用したとはいえ、直接師事していたわけではないため、ハサルと特別親しいわけではない。ただ、ルルテの女官を探す必要があった際、ミレーナの許可を得てハサルがジレを推薦したのだった。
こうして今に至る。
だからこそ、ジレはそこそこの武にも優れ、女官としての技術も身につけていた。
本来なら、もう少しルルテが成長し、ガリンがいなければ、ジレは護士の1人に任ぜられていたかもしれない立場だった。
ただ、ジレ自身が堅苦しい肩書を望んでいなかったこと、そして折よくガリンが護士になったことで、その機会は訪れなかっただけだ。
ジレも貴族の一員であり、鍛えられてはいたが、王都の外に出たり実際の諜報活動に従事したことはない。そのため、サラのように一般的な常識をすべて知っているわけではない。
それでも戦闘力はそこそこあり、斥候としての能力も兼ね備えている。サラにとっては非常に頼もしい存在だった。
2人の実年齢はかなり離れているが、感覚としては近く、お互いに気を許すのに時間はかからなかった。
気さくな性格もサラと相性が良く、準備の間も旅に出てからも、サラとジレは非常に良好な関係を築いていた。
もう1つ、旅でとても貴重だったのは、ジレがルルテの食の好みをよく理解していたことだ。
巡察の旅に出て2日野営してわかったが、ルルテはやはりお姫様であった。ガリンの鮮度維持の元力石のおかげで食材は良質で、保存状態も驚くほど良いが、実際に食への好みがうるさいのだ。
それを簡単で手間がかからず、しかもお姫様が文句を言わない料理に仕上げてくれる。サラが作った時は微妙な顔をしていたルルテが、ジレの料理は残さず食べる。
食べることは体力の維持につながる。それを管理してくれるジレは、非常に大切な存在だった。
そして今も、前方の警戒をつつがなくこなしてくれている。
2日目にして、ジレも欠かせない旅の仲間となったのであった。
サラたちは歩きながら、ガリン特製の意伝石を使って襲撃に関する情報を共有しつつ、3日目の野営地へ向けて進んでいった。
まず、サラが情報共有として伝えたのは、
『おそらく今晩の野営中に襲撃があるだろう』
ということだった。
もちろん、襲撃が無い可能性もある。しかし、基本は『ある』前提で動き、待ち伏せの戦術を採用するという方針である。
サラはカカノーゼと傭兵団として前大戦にも参加している。斥候部隊や威力偵察としての行動経験もあり、この手の戦闘には慣れていた。
初めての実戦になるかもしれない皆に、自分がその分野に長けていることを伝え、少しでも気持ちを落ちつけてもらうようにした。
さらに、万が一の場合はガリンに“通常ではありえないほど強力な『防護結界』を展開してもらい、敵の攻撃を防ぐ最後の手段があることも共有した。
するとルルテから、
「それでは、最初から防護結界を張ればいいではないか。」
という、ある意味で当然の質問が出た。
確かに、それは『一番の安全策』ではあった。しかし、それでは、旅の序盤で貴重な実戦の経験をすることができない。
そのため、まず、サラは実戦経験の重要性を語った。
実戦は必ず経験しなければならず、今回の規模であれば負けることはない。だからこそ、この機会を逃す気はないのだと。
また、いつでもガリンがそばにいるとは限らない。結界に頼らず戦えるよう、連携を含めた確認が必要だと説明するのだった。
さらに、敵を取り逃がした場合、ガリンが凄腕の晶角士であるという情報が漏れる危険性があることも挙げた。
これはクエルスなど他文化圏に伝わる可能性があり、避けるべき事態だった。
そして最後に、人を相手にし、傷つけ、場合によっては殺す。その覚悟は実戦でしか得られないことを伝えた。
皆は無言になってしまう。
知識として理解していても、実際に人を殺すという行為は心に大きな負荷を与える。この6人の中で、その経験があるのはサラ1人なのだから。
それでもサラが、
『今後の安全のために』
『そもそも戦えない兵士は、安全を確保できない』
と実体験を交えて語ったことで、全員がこの提案を受け入れるのだった。
サラは次に、襲撃してくる規模の予測を伝えた。
相手は装備から見て戦士、あるいは軽戦士で、6人から8人程度。多くても10人はいないだろうということ。これはウクバルの商隊を観察して得た情報で、数人が野営地の外で待機している可能性も含めて割り出した数字だった。
人数を増やせば食料が必要になるし、移動に時間もかかる。意味もなく大人数を連れて行動する利点は少ないため、10人を超える規模はまずないだろうと判断した。
またこちらは、ガリン、ルルテ、レイレイの3人を戦力外に見えるよう偽装している。実質3人の傭兵団に対して8人もいれば十分と判断するはずだという根拠も付け加えた。
さらに、相手は、
『こちらが襲撃に気付いていない』
と思っている。
奇襲はそれだけで倍以上の兵力価値がある。だからこそ油断して人数を増やすことはないだろうとも伝えた。
加えて、襲撃者の人数を増やすために時間をかけることもできない。今日の夜を逃せば、自分たちはセルナの町に到着してしまう。町に入れば奇襲は難しい。これらの理由から、今日の夜、6~8人、多くても10人以下で奇襲をかけてくる可能性が高いと共有した。
最後に、サラは歩を速めるよう指示を出した。
相手は離れてついてくるだろうが、できるだけ先に着き、奇襲への対策をしたいからだ。ルルテはそのまま風力車に乗り、皆は歩く速度を少しだけ上げた。
さらにサラは、野営地に着いたらすぐに待ち伏せの陣地を組むこと、その作戦内容を伝えていった。相手が奇襲だと思っているところに、こちらが待ち伏せで奇襲を仕掛ければ、勝利は揺るがないと自信を持って説明した。




