引っ越し その2
レンがガリンを養子にしたのは、ガリンが7歳の時であった。この7歳という年齢すらも身体の成長の程度から、レンが勝手に定めた年齢であった。
レンが王国周辺の先史の遺跡の調査をしていたときに、いつのまにか調査隊のキャンプをうろついていたのがガリンであったからだ。
いろいろ尋ねても、自分の名前すらわからない様子であった。不思議なのは、ある程度の文法や単語などがマレーンのものと近かったため、おおむね言葉が通じていることであった。
調査の間、ガリンはそこで調査隊と共に生活を送っていた。調査が終わる時に、レンはガリンをそこに捨て置くことが出来きなかった。子を得ないまま齢を重ねてしまったレンは、学院に連れ帰ると『ガリエタローング』と名づけ、齢を7歳とした。そして養子に迎えた。
つまり、純粋な意味での哀れみだけではなかったのも事実ではあった。
マレーン人が基本的には白髪であり、滅多に黒い瞳はいない。しかし、遺跡で出会った子供は、黒髪であり、そして黒い瞳をもっていたのだ。
その点では、レンは、強い興味をもっていたのだ。
そして今、レンがガリンを養子に迎えてから既に17年の歳月が流れている。
その時の少年は、最年少の晶角士として立派に成人していた。
ガリンは養子となった後、学院での生活を送っていた。意伝石の助けもあり、すぐに言葉や文字の問題はなくなった。
レン自身の公務が忙しかったこともあり、成人するまでの間のガリンは学院内で自由きままに生活を送っていた。
ガリンの1日は、学院内にある様々な知識を記録した記録石を覗き込んで過ぎくのが基本であり、レンが、自ら学業を教えたのはずっと後になってからのことであったのだが、自分で勉強していたのが功を奏したのか、レンが教育をはじめた頃には初等教育の内容に関して言えば、実際、教えることはあまりなかった。
文様術についても同様で、初めてガリンがその才を露わにした時の出来事はレンにとっては鮮烈であり、今でもはっきりと思い出すことができるものだった。
あの時レンが研究室に戻ると、ガリンはいくつかの文様術の記された記録石を床に広げていた。
そして、レンが戻ったのを知ったガリンは、目を輝かせながら
「この文様術は、とてもわかりやすく体系的で、素晴らしいものですね。」
とレンに急に語り始めたのだ。
レンは、初等教育さえ終えていない子が文様術のことなどわかるはずがないと、それを学業に対する軽口と捉え、床に記録石を広げたことをたしなめようした。
「ガリンよ。これはお主にはまだ早い学問なのだ。さぁ、自分で散らかしたものは自分で片付けねばならんぞ。そら、始めた、始めた。」
あまりの散らかりように呆れたレンは、そう多少声に迫力を込めてガリンを叱ったのだった。
しかしガリンは、
「いえ、そんなことはありません。この文様術は私のような子供にでも分かり易い、とてもよく出来たものであるなのです。」
そう反論した。
普段から、ガリンはあまり嘘を言ったり、不必要なことをいう子供ではないことを、レンはよく知っていたこともあり、そう反論したガリンの目を見ているうちに、どうしてもどう理解したのかを尋ねてみたくなったのだ。
「わかった。それでは私も研究者として、お前に1つ一緒に考えて欲しいことがあるのだが、付きあってくれるか?」
そう語りかけると、ガリンは、一層目を輝かせ、
「もちろんです。お父さん・・。いえ、先生、是非。」
と、真剣な目をレンに向けた。
レンは先生と呼ばれたことに多少の気はずかしかを感じたが、1回咳払いをしてから、自分の机の上にあったランタンに手をのせて、
「ガリン、これは街頭などに使われている基本的な文様術を用いたランタン、つまり卓上など、あるいは携帯するための発光装置なのだが・・。」
そういいながら、小さなランタンをガリンの目の前の床に置いた。
「この真中にある石がエネルギーを光に変換する元力石だ。そして、この元力石に光の元ととなるエネルギーを与えるためには、そのエネルギーを集めるためのもう1つの元力石が必要になるのだ。どんな元力石や文様が必要だと思う?」
レンは尋ねながらランタンの中の元力石を指差した。
一般的に元力石のエネルギーは人の意思の放射によって蓄えられる。
蓄えられたエネルギーを光に変換する元力石の文様は比較的単純だが、人の意思放射をエネルギーとして蓄積するためには、
意思放射を受け取るための文様
意思放射されたエネルギーを蓄積するための文様
蓄積されたエネルギーを光に変換するための元力石に一定の量で放射しなおすための文様
つまり、最低でも3つの文様が必要になる。この3つを複合させた文様は、それぞれは基本的なものであるとは言え、合わされば、既に高等文様に属するものである。
准晶角士が複製に手間がかかる、いわゆる『パターンの多い元力石』に属するものである。
実際には、初等教育すら満足に受けていない子供に尋ねるような質問ではなかったのだが。
『いささか意地悪な質問であった・・。』
レン自身、内心ではそう思わないわけでもなかったが、レンが期待していたのは正しい回答ではなく、たとえ見当はずれなものであったとしても、ガリンが独力で導き出した回答そのものであったのだ。
少なくとも、質問をした時点でのレンの期待はその程度であった。もちろん、子供に期待するには、それでも過度なものであったのだが、この程度は、という期待をさせるほど賢い子供であるとレンは素直に評価もしていたのだ。
全体に、プロットをそのまま肉付けしたような拙い部分が多かったため、話自体を加筆修正しました。2025.10.29




