旅のはじまり その5 レイレイの力
翌朝。
この季節特有の、朝晩の気温差からか、地ならしした周囲の草原の草には結露した水滴が光っていた。また、夜の冷気も残っており、地面はまだ冷たかった。
空は淡い青へと変わりつつあった。
サラは、冷えた身体を暖めるように外套を整えながら、テントから出てくる仲間たちを順に確認する。
「はいはい、起きたらまずは身体の確認さね。寝てる間に痛めたところがないか、寒さで固まってないか、自分で触って確かめるさね。」
まだ寝そうなルルテが、髪をかき上げながらぼそりと呟く。
「そなたがずっと見張っておったのではないのか?」
サラは、当然のように肩をすくめた。
「うちの見張りなんて信用しちゃいけないさね。薬で眠らされてたかもしれないし、気付かないうちに何かされてるかもしれない。自分の感覚だけを信じるのは、危ないさね」
ルルテは目を瞬かせ、思わず感嘆の息を漏らした。
「そこまで徹底するのだな・・・。」
「するさね。旅はね、油断した瞬間に命を落とすさね」
サラは淡々と言いながら、次の指示を飛ばす。
「装備の確認、荷物の確認。終わったら二人一組でお互いの身体を目視で確認するさね。自分じゃ気付かない異常は、他人の目ならすぐ分かるさね」
ガリン、ジレ、ストレバウスも、驚きと納得が混じった表情で頷いた。
それぞれが荷物を広げ、装備の点検を始める。
ガリンは風力車の確認も始めた。各所を確認し、最後に帆柱を丁寧に触り、固定具の緩みなどを確認しているとき・・・。
「えっ!」
短い声が漏れた。
ガリンが帆柱の付け根の溝から、小さな元力石をつまみ上げる。その表情は、困惑していた。
眉間に眉を寄せ、眉毛で八の字を作る。ルルテだけではなく、旅の面子にも既にお馴染みになったあの顔だ。
「何か見つかったさね?」
サラが近づく。
ガリンは石を見つめながら答えた。
「ええ。これは私の彫ったものではありません。混入したとも思えません。」
「で、どんな文様が彫ってあるさね」
「少し待ってください。」
ガリンは石を目の高さに持ち上げ、文様を読み取る。
その目が細くなる。
「うーん。意伝石の文様に似ています。おそらく、こちらの会話を盗み聴きするためのものです」
ルルテが眉をひそめる。
「昨日はなかったのだな?」
「間違いありません。」
「ふむ。つまり我らの会話を盗み聴きしようという間者がおるのだな?」
サラが割って入る。
「ガリン。それはどのくらいの範囲まで会話を飛ばせるさね? それと今も聴かれているのかい?」
「多分、五ケメル以内です。それと今は結界内で話していますので、聞こえていないはずです」
「そりゃ上々だ。昨日の夜の会話も聞こえてないのかい?」
「ええ。風力車は結界の外でしたから。」
サラは満足げに頷いた。
「ガリン、お手柄だよ。結界も役に立つさね」
ガリンは照れくさそうに頭を掻く。
「どうしますか? 破壊しますか?」
ルルテが疑問を口にする。
「元力石は堅いのではないのか? そなたが以前教えてくれたのだろう? 簡単に壊せるのか?」
ガリンは無言でレイレイを見る。
「ああ、あやつなら握りつぶせるのか・・・。」
ルルテの声は呆れと諦めが混じり、尻すぼみに消えた。
急に注目されたレイレイは、ジレの後ろに隠れてしまう。
皆が苦笑した。
「壊して構わないさね。どうせ会話は取れてない。相手は次の手を打つかもしれないけどね・・・。」
「分かりました。」
ガリンはレイレイに元力石を渡し、握りつぶす仕草をしてみせた。
レイレイは石をじっと見つめ、短く尋ねる。
「敵?」
リアとナタルの2人と行った戦闘訓練のときに覚えた言葉だ。おそらく、元力石を指して、自分が知っている語彙の中から、もっとも近い意味と感じた言葉を口にしたのだろう。
ガリンが頷くと、レイレイはそのまま素手で元力石を握り込んだ。
次の瞬間。
バリィィィッ・・・!
乾いた破砕音が空気を裂いた。
レイレイの手の中で、元力石はまるで乾いた粘土のように粉々になっていた。しかし、彼女の手には傷ひとつない。皮膚が裂けるどころか、赤くすらなっていない。
ジレが思わず息を呑む。
ストレバウスは目を細め、わずかに後ずさった。
ガリンは、ただ、石の破片が地面に落ちるのを見つめていた。
ルルテは、言葉を探そうとして、結局何も出てこなかった。
それぞれが言葉を失った理由は、ただ、レイレイの怪力を見たからではない。元力石は、鍛えた兵士が全力で叩きつけても欠ける程度の硬度を持つ。それを素手で握り潰し、しかも手に傷ひとつ負わないなど、本来あり得ないからだ。
分かってはいたが、改めて目の前で見ると、言葉が出なかったのだ。
サラだけは、レイレイの離れ業を見て、手を叩いて楽しそうに言った。
「お嬢ちゃん、分かったさね? どれだけ偽装しても、こんな怪しげな一団、見る者が見れば一目瞭然さね。まあ、今回仕掛けた相手は、元からお嬢ちゃんの立場を知ってただろうが。きっとこれからもあるさね。」
ルルテが少しだけ面白くなさそうにサラを睨んだ。
「捕まえなくてよいのか?」
「うちが見張ってる間に、すぐそばの風力車に元力石を仕込める相手さね。簡単には捕まらないさね。」
その答えに、ルルテは唇を結び、静かに退いた。




