旅のはじまり その4 はじめての野営
サラがその場を離れると、ジレが、黙々と地面をならしているレイレイに声をかける。
「レイレイちゃん、偉いですね。なんか旅が始まったって実感がします。後でクッキーあげますね。」
ジレはテントの骨組みを立てながら、周囲を見渡した。
レイレイは、クッキーという言葉に目を輝かせる。
「まだ始まったばかりですよ。これからが本番ですね。」
ストレバウスは火打ち石を打ちながら、ジレの独り言のような呟きに返答する。ストレバウスは頑張っているが、なかなか火がつかない。
「難しいですね・・・。」
「私もやったことありません。」
ジレも困ったようにストレバウスの手の中の火打ち石を眺めた。ストレバウスは無言で頷き、再び火打ち石を構えた。今度は、ぱちりと火花が油布に落ち、小さな炎が生まれた。
「つきました!」
「つきましたね。」
ジレの言葉に、ほんの少しだけストレバウスの口元が緩んだ。
一方ガリンは、まだこの季節、この辺りは寒いため、テントの中にこっそり設置する防寒の元力石の調整をしていた。
ルルテはその様子を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「ふむ。皆、我が傭兵団もなかなかのものだな。」
「何言ってるさね。初歩の初歩さね・・・。」
いつの間にか戻ってきたサラが、にやりと笑った。
「旅はね、最初の3日で決まるさね。ここを乗り越えれば、後はどうにでもなるのさ。」
サラの指導の下、皆は次の準備に進んでいった。
テントが立ち、火が灯り、テント内の防寒の結界が張られた頃には、空はすっかり夕暮れ色に染まっていた。
サラは周囲を見渡し、満足げに頷く。
「よし、初日の野営としては上出来さね。あとは夕飯を作って、順番に風呂代わりの体拭きをして、寝るだけさね」
レイレイが『夕飯』という言葉に反応する。
「どんなものを用意するのですか?」
ガリンがサラに聞いた。
「今日は、うちが担当するさね。期待しすぎるとがっかりするさね。旅の食事は質素が基本さね」
そう言いながらも、サラは鍋を取り出し、手際よく野菜を刻み始めた。ガリンが用意した鮮度維持結界のおかげで、野菜は瑞々しい。
サラは、近くで小川で汲んできた水に、浄化玉を放りこんで、皆に実演もしてみせた。
「でも、こんな新鮮な野菜・・・。旅の食事じゃないですよね?」
ジレが呟く。
「まあ、ガリンの結界が便利すぎるさね。不味いよりは美味い方がいいだろう? せっかくだから使わせてもらうさね」
サラは肩をすくめた。
結果としてサラの作った食事はかなり美味しい食事だった。正直、皆かなり驚いていた。
食事が終わると、辺りはすっかり暗くなっていた。焚き火のぱちぱちという音が、静かな夜気に溶けていく。
遠くで商隊の笑い声が聞こえ、風が草を揺らす。
ガリンたちは、初めて夜を外で過ごすのだった。
最初の夜の見張りは、ジレが担当するようだ。ジレが、焚き火の前でハンカチに刺繍を行っていた。
サラは、それを見て、
「野営中に、刺繍って・・・。」
力なく笑うと、自分もテントに向かおうとした。
そんなサラに、ルルテはテントの寝袋にくるまりながら、ぽつりと呟いた。
「思ったより、快適だな。野営とはこんなものか。」
「それは、結界がちゃんと効いてるからさね。この結界、虫や魔獣どころか、音も適度に遮音しているらしい。本来は、結界ではなく虫が寄ってこない草を炊くんだ。すごい匂いで、とてもお嬢ちゃんが言ってるような快適さなんてないんだよ。それに、なんだい、このテントの中の温度は、まったくの室温じゃないかい。ほんとに呆れるさね。」
サラが笑いながら、再び肩をすくめた。
「明日も歩いて、あと2日でセルナさね。あそこに着けば、旅の『本当の準備』が整う。
靴の調整、食料の補充、道具の買い足し・・・。南街道を進む旅人は、みんなセルナで一度整えるのさね」
ジレと一緒に焚き火に当たっているガリンが興味深そうに問う。
「そんなに重要な町なんですか?」
「重要さね。王都の外に出て最初に出会う大きな町だからね。
農地が広がってて、王都の外郭市街よりも素朴だけど、人は多いし、商人も多い。
旅人の情報も集まる。
南街道の状況も聞けるし、北へ向かう商隊の話も聞ける。旅の情報拠点みたいな町さね」
「なるほど。知らないことだらけですね。」
ガリンは、そう言いながら、サラの話す情報に頷いた。
「そして、お嬢ちゃん。安心しすぎると痛い目を見るさね。旅は、油断した瞬間に牙を剥く」
その言葉に、ガリンとジレは自然と背筋を伸ばした。
「今日の夜番は、ジレの後はストレバウス、その後はうちさね。今日は残りはうちが全部見るさね。明日からはガリンも参加してもらう。今日は、お嬢ちゃんに付いていてあげるさね。」
それを聞いたルルテが息を飲む。
「え? 我とガリンが、お、同じテントなのか?」
「何言ってるんだい。旅の設定を忘れたのかい? お嬢ちゃんは、商会の若旦那の婚約者だろうが。」
サラが、ルルテに言い返す。
「た、確かにそうだが・・・。心の準備が・・・。」
「あ? 何寝ぼけたこと言ってるんだい。お楽しみはよそでやるさね。」
「$#&%!」
ルルテの顔が一気に真っ赤になり、言葉を失う。
「冗談さね。もう寝るさね。」
サラは肩をすくめつつ、焚き火の火を見つめた。
ガリンとサラの会話を聞いていたルルテであったが、サラがルルテを見てニヤリと笑った。
ルルテは、真っ赤になりながらも、まだ焚き火に当たっているガリンに視線を送ると、そのままテントの中に引っ込んだのだった。
焚き火の光が揺れ、夜が深まっていく。焚き火の傍で、一番手の夜の番をしているジレが、遠くの獣の声に一瞬だけ肩を揺らした。
こうして、ガリンたちの『旅の初めての夜』は、静かに過ぎていくのだった。




