旅のはじまり その3 初めての野営の準備
彼らがまず向かうのは、大陸最南端の都市エゾラ。
そこまで続く南街道は、マレーン大陸の外周をなぞるように伸びている。
マレーン大陸は、かつての先史文明が引き起こした戦禍と環境汚染、そして大規模な地殻変動の末、惑星の中央付近で大地が固まるように形成された巨大な環状大陸だった。
総陸地面積は約1億4900万 kmle²(平方ケメル)。
東西最大幅は約14000kmle。
その内側に広がる内海を囲むように、陸地が円形に連なっている。
南街道は、その内海沿いを走る主要街道のひとつで、王都からエゾラまでの総距離は約7000kmle。
時速4ケメルで歩き続けても約3か月。実際には野営や宿泊、補給を考えると、半年ほどの行程になる。
ルルテが地図を見ながら目を丸くした。
「この距離、本当に歩けるものなのか・・・。」
サラが肩をすくめる。
「歩くさね。歩かないと旅は始まらないさね。」
この街道沿いには、大小合わせて23の集落が点在している。6つの町と17の村だ。
町は人口1000人以上、村は50人以上で呼称される。どちらもマレーン王国の庇護下にあり、金銭の税はない代わりに、街道の整備や街灯への意思力補充といった役務が課されていた。
大きな町としては、王都側から順に、セルナ、バロメ、トレイカ、リリーム、カンベル、エルフォナがある。宿泊や補給が可能で、旅人にとっては重要な拠点だ。
一方、村は事情がまちまちだった。宿屋があるかどうかは、その時々の村人の生活状況による。
農業や林業が主な生業で、身体を壊した者や、身重の女性、年配者が収入を得るために宿を営むこともある。つまり、村の宿はある時はあるし、ない時はないのだ。
さらに村の名前は固定されておらず、その時の村長の名前がそのまま村名として扱われる。地図に載っていないのも当然だった。
最初に目指す町はセルナ。
そこへ至るまでにいくつか村があるが、王都近郊は農地が広がり、王都直轄の土地も多いため、兵士の巡回が頻繁で治安が良い。
「この辺りは安全だからね。野営の練習にはちょうどいいさね。」
サラは言った。
ルルテが興奮したように顔を明るくした。
「野営か。本当に野営をするのだな。」
「やるさね。旅はね、準備がすべてさね。」
「必要な経験ですからね。」
ガリンは淡々と頷いた。
こうして、一行は初めての野営に向けて歩みを進めていくのだった。
王都を出て半日ほど歩いた頃、サラが足を止めた。
「今日はここで野営の練習をするさね。セルナまでは三日ある。しっかり覚えてもらうよ。」
街道から少し外れた、緩やかな丘のふもと。
周囲には既に三、四組の商隊や傭兵団が野営の準備をしており、焚き火の煙が細く立ち上っていた。
サラは荷物を降ろしながら、手際よく指示を飛ばす。
「レイレイ、まずは地ならし。石や枝をどけて、寝る場所を平らにするさね。」
「・・・。」
レイレイは風力車の帆を畳み、地面にしゃがみ込んで作業を始めた。
返事はなかった。まあ、今は覚醒しているわけではないので、反応はこんなものだが、サラが指示をしたことは理解しているようである。
サラは、レイレイが作業を始めたのを見て、次にジレとストレバウスに視線を移した。
「ジレ、ストレバウス。テントの設営と火の準備。焚き火台は折り畳み式だから、わかるかい?」
ジレはサラから簡単な説明を受けると、淡々と動き、それにストレバウスは無言で手を貸す。
2人の作業は驚くほど早い。
ただ、初めて火打ち石を扱うストレバウスの表情には、ほんの少しだけ緊張があった。
「ガリンは、虫と魔獣対策。見えないように結界を張っておくれ。」
「了解です。」
ガリンは軽く頷くと、腰の袋から元力石を取り出し、意思力を込め始めた。
ガリンが野営地の4方に土の中に元力石を埋めると、淡い光が地面に吸い込まれ、周囲の空気がわずかに澄んだように感じられる。
「お嬢ちゃんは、何もしなくていいさね。今日は、とにかく『旅に慣れる』ことが仕事さね。」
ルルテが、少し面白くなさそうに、頬を膨らませる。
「何言ってるんだい?それとも今、うちが言った仕事、何かまともに出来ることがあるさね?」
サラが聞き返すと、ルルテは黙りこんでしまった。
「だろう。適材適所さね。お嬢ちゃんは、食べて寝るだけ。夜の番もなし。旅の最初は、体力を落とさないのが一番大事さね。」
ルルテはため息をついて、皆が荷物を下ろして空いた風力車の荷台に座った。
サラは最後に、自分の外套を整えながら言った。
「じゃあ、あたしは周りの商隊に挨拶してくるさね。ここらは王都に近いから治安はいいけど、礼儀は大事さね。」
そう言って、サラは軽い足取りで他の野営者たちの方へ向かっていった。




