旅のはじまり その2 王都の外の空気
王都を無事に出発した6人は、まだ冷たい初春の空気の中を歩き始めた。
サラを除く5人、ルルテ、ガリン、ジレ、レイレイ、ストレバウスにとって、王都の外へ出るのはほとんど初めての経験だった。
ガリンは、王都を離れ、仲間たちと隊列を組んで歩きながら、ここに至るまでの慌ただしい日々を思い返していた。
ルルテが七大文化圏会議で元服の宣誓を行ってからというもの、時間は怒涛のように過ぎていった。
準備は少しずつ進めていたはずだった。だが、サラが仲間に加わった瞬間から、すべてが現実の速度を帯び始めた。
ルルテとレイレイは元々、旅に必要な体力づくりと最低限の自衛訓練を始めていたが、サラが加わると内容は一変した。個々の技量だけでなく、声掛け、間合い、連携、傭兵団としての『戦い方』そのものを叩き込まれた。
旅程の計画もそうだった。
ガリンが立てた理想的すぎる順路は、サラの現実的な視点で容赦なく修正された。そのたびに、ガリンは自分がどれほど旅を知らなかったかを思い知らされた。
装備の準備は、さらに骨が折れた。
旅先で修繕できるよう、皮防具は全員の体格と戦闘スタイルに合わせて半ば注文品として作り上げた。
防具は買って終わりではない。着脱の手順、装着したままの移動、日々の点検と手入れ――命を守るための作業を、一つひとつ覚えていく必要があった。
同時に、今歩いているこの隊列の形や、傭兵団としての役割分担も決め、訓練を重ねた。
ララス領に入れば部下となる予定の軍角士、リアとナタルにも協力してもらい、後方急襲への対処訓練も行った。
王や公爵、宮廷晶角士レン、そして多くの軍角士が見守る中での実戦さながらの訓練だったが、二人の急襲を退けたとき、ガリンは胸の奥で小さく息をついた。
自分たちは確かに前へ進んでいる。そう思えた瞬間だった。
風力車の準備も大仕事だった。
設計はガリンが行い、学院に製造を依頼した。御者を必要としない追尾機能を持ち、三つに分解して運べる特別仕様である。
今は王都近郊で目立たぬよう、サラが御者役を務めているが、実際には“牽引”の元力石を持つ者を自動で追う仕組みだ。
レイレイの後ろを静かに進むその姿を見るたびに、ガリンは自分の手で作り上げたものが旅の一部になったことを実感した。
さらに、旅の表向きの身分、大店の若旦那と婚約者、その護衛という設定に合わせ、装備や持ち物も整えた。
サラに連れられて外郭市街の露店を巡ったときの混沌と活気は、ガリンにとって驚きの連続だった。旅を知らない自分たちだけでは、到底そろえられなかっただろう。
また、傭兵団としての登録も済ませた。
名前を決めるまでにひと悶着あったが、最終的にはルルテも納得し、エンブレムも決まった。ルルテはその意匠を気に入り、男爵としての紋章にも使うと息巻いていたが、ガリンにとっては必要なものが整えばそれでよかった。
準備が整い始めると、今度はハサル(王国諜報機関の長)から、ララス領の政治や経済、通行手形制度、そしてそれに絡む国際情勢まで叩き込まれた。
旅の後、自分たちが治める領地の現実を知るための勉強だったが、これもまた初めて尽くしで、頭が追いつかない日もあった。
こうして、すべての準備がようやく形になり、今、自分たちは南街道を歩いている。
言葉にすれば一瞬だが、ガリンにとっては新鮮さと苦労が入り混じった、長い長い日々だった。
ガリンが、そんなことを考えながら、ふと周囲に目を向けた。そこには、街中とはまるで違う、圧倒的な広がりを持つ景色が視界いっぱいに広がる。
ガリンが呆けたように、周囲の景色を見まわしていると、他の仲間たちも周囲に目を向けるのだった。
季節はようやく初春に入ったばかりである。マレーン王国は大陸のやや高緯度に位置するため、空気はまだ鋭く冷たい。時々、風に混じって細かな雪が舞い、頬に触れた。
目の前には、ソマレルクク大山脈が巨大な壁のようにそびえており、山頂付近は完全に雪の冠をかぶり、朝日を受けて白銀の光を放っていた。その光が山肌の影と混ざり合い、幻想的な景色を作り出しているのだ。王都から出たことがない面子にとっては、圧倒される風景であった。
街道沿いの木々は、ようやく緑が芽吹き始めたばかりで、下草もまだ少ない。王都では聞くことのなかった鳥のさえずりが、澄んだ空気の中に響き渡る。
「すごい・・・。」
最初に声を漏らしたのはルルテだった。
ジレは空を見上げ、肩を揺らさずに歩きながら呟く。
「王都の外って、こんなに静かなんですね。」
レイレイは身体を左右に揺らしながら、風力車の帆が受ける風の音に耳を傾けている。ストレバウスは無言のまま周囲を警戒していたが、時折山脈へ向けられる視線には驚きが宿っていた。
サラはそんな5人を見て、少しだけ口元を緩めた。
「まあ、最初は誰でもそうなるさね。」
こうして、ガリンたちは、準備ではない、本当の巡察の旅が始まったのだった。




