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マレーン・サーガ 祝1.6万PV達成  作者: いのそらん
第二部 巡察編 第16章 旅の始まり
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旅の始まり その1 幕間・クエルスの暗躍


 時間は、翌日にガリンとルルテの巡察団一行が出発を控えた晩までさかのぼる。


 ガリンたちが、それぞれが思い思いの夜を過ごす一方で、心中穏やかでない一団がいた。クエルス文化圏の首都カーリス。その議事堂の奥深く、厚い石壁に囲まれた議長専用会議室である。


 石造りの宮殿を思わせる荘厳な議事堂。中央の三階建ての執務棟、その最上階にある議長室の隣で、7名の大臣と議長クーランツが密談を交わしていた。


 部屋は異様な静けさに包まれていた。外界の音は完全に遮断され、衣擦れや椅子の軋みがやけに大きく響く。揺れない燭台の炎が、楕円形の会議卓を囲む大臣たちの表情に陰影を落とし、互いの腹を探る気配が濃く漂っていた。


「では、かの国の姫は予定通り巡察の旅に出るのだな?」


 天務大臣ネルオンが静かに問う。

 彼は技術の優劣こそ国家の命運を決めると信じており、今回の件も『技術格差を埋める好機』と見ているのだ。


「間違いない。私のところの諜報員が確認している。」


 軍務大臣リクガイアが鼻を鳴らして答えた。

 短絡的で武断派の彼は、こうした暗殺任務を『手っ取り早い解決策』としか見ていない。


「本当に処理できるんでしょうね?」


 財務大臣スンカエニーノが皮肉を込めて口を挟む。

 戦争や混乱は財政を圧迫するため、彼にとっては『失敗のコスト』が何より許せない。


「少人数で旅に出ると聞いている。腕利きの傭兵と暗殺者を向かわせる。問題ない。」

「前回もそう言って失敗したのですよね?」


 スンカエニーノの冷たい追及に、リクガイアは唇を噛む。


「そういえば議長、ジャラザンは捕縛されたのだろう?」


 学務大臣ホーエンが口を開く。

 彼は技術の危険性を理解しており、外交失敗の余波を最も警戒している。


「うむ。返還要求はしておらん。いずれ処分されるだろう。」


 議長クーランツが吐き捨てるように言う。

 民主主義を掲げながら、実際は権威主義的で傲慢。封建国家を露骨に見下していた。


「おや、後悔をしておいでで?」


 役務大臣テキストロが軽く茶化す。

 彼は場の力学を読む策士で、誰がどこで失点するかを常に観察している。


「後悔などせん。あの時代遅れの封建国家が、いちいち邪魔をしてくるのが腹立たしいだけだ。」


 クーランツの声には、侮蔑と苛立ちが滲んでいた。


「しかし、彼らの文様術は侮れません。特に木片への定着液は驚嘆に値します。」


 ホーエンが静かに言うと、ネルオンも頷く。


「技術格差が広がれば、我々は取り返しがつかなくなる。」


 技術派2人は、暗殺よりも『技術の確保』を優先していたのだ。


 ここで、これまで黙っていた外務大臣フィールズが立ち上がる。

 このフィールズは、ジャラザンの後任で、長いことジャラザンの下で外交を学んでいた外務における2番手であった。フィールズの性格は、ジャラザンとは少し違い、丁寧で理知的。ただ、少しだけ慎重すぎる面もあった。


「みなさん。マレーン王国との外交は極めて緊張状態にあります。通行手形制度も始まり、都市への出入りは厳格化されています。傭兵を送るなど、緊張をさらに高める行動は控えていただきたい。」


「はっ。通行手形など無視すればよい。」


 リクガイアが吐き捨てる。


「軍務大臣殿。捕まったとき、足がつかないと断言できますか?」


 フィールズの冷静な反論に、軍務・学務・天務の三者が一瞬言葉を失う。


 法務大臣トンデロが重々しく口を開く。


「・・・。法を犯す発言は、この場だけにしていただきたい。私も国のためなら清濁併せ呑む覚悟はあるが、後始末をするのは我々だ。」


 法務としての責任と愛国心の板挟みが、彼の声に滲んでいた。


「では、王女の暗殺と晶角士の確保・・・。それでよいのだな?」


 クーランツがまとめると、スンカエニーノが確認するように言う。


「財政的には最小限で済むなら構いませんが、失敗は許されませんよ。」

「殺すなよ。晶角士は技術を吸い出すために必要だ。」


 ネルオンとホーエンが同時に頷く。


「リクガイア。先走るな。フィールズと連携しろ。テキストロ、お前が面倒を見てやれ。」


 突然の指名に、2人が同時に声を上げる。


「お目付け役などいらん!」

「え、私がですか?」


 クーランツの鋭い視線が二人を黙らせた。


「これでよいか、フィールズ。」

「ご配慮、痛み入ります。」


 フィールズは深々と頭を下げた。

 フィールズだけが、この場で唯一『外交的現実』を理解していたのかもしれない。


「では、よろしく頼む。」


 クーランツの号令に、全員が頷いた。


 こうして、ガリンたちの知らぬところで陰謀は紡がれていく。だがこのとき、クエルスの大臣たちはまだ知らなかったのだ。彼らが軽んじた巡察団こそ、後に彼ら自身の運命を狂わせる存在となることを。彼らの行為が、ガリンの逆鱗に触れてしまう未来のことを・・・。


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