王都出発 その39 出発
宿の扉が静かに閉じられると、王と王妃、エラン、レン、ハサルはその場に残り、外へ出ていく一行の背を見送った。
お忍びである以上、彼らが外に姿を見せることはない。
宿の中での見送りが、王家として許される最大限の見送りだったのだ。
彼らの見送りを背に、皆歩を進めるのだった。
ガリンは、特に振り返ることもなく、ただ淡々と歩き出した。旅立ちの感傷はない。
ガリンらしく、
『行くべきだから行く』
それだけのことだった。
対照的に、ルルテは扉を出る直前、王と王妃の方へそっと振り返った。
王はただ頷き、王妃は微笑み、まるで娘の背を押すように小さく頷いた。
その瞬間、ルルテの目に涙が浮かび、しかし同時に、よくわからない決意の炎も宿るのだった。
おそらくは、王妃から炊きつけられた、例の決意なのだろう。
王が微妙な表情を浮かべていた。
ただ、ルルテ自身は、王妃と胸の奥で何かが強く結ばれたような気がしていたのか、すぐに涙をぬぐうと前を向いた。
ジレとレイレイは、いつも通り軽やかだった。
ジレは、女官としての癖だろうか。手を前で揃えて、なぜか肩を揺らさずに歩いていた。
レイレイは、後ろを付いてくる風力車が動き出すのを楽しみにしているかのように、身体を左右に揺らしていた。
また、ストレバウスは、最後まで衛士だった。宿の中に残る王たちへ向けて最敬礼を捧げてから、静かに隊列へ戻った。
その姿は、王族に仕える衛士としての礼節そのものだった。
サラはというと、
『これからこの個性の塊みたいな面子と旅をするのかねぇ・・・。』
と、ほんの少しだけ遠い目をしていた。
だが、その口元には苦笑とも覚悟ともつかない笑みが浮かんでいる。結局のところ、サラはこういう状況を嫌いではないのだ。
宿屋を出ると、一行は第2城郭市街を抜け、外郭市街へ向かう門を通過していった。
まだ朝の光が柔らかく、街は静かだ。
風力車は荷物を満載し、サラが御者席に腰掛けている。もちろん実際には操縦していないが、街中では目立たぬための偽装である。
隊列は訓練通りであった。
先頭に斥候のジレ、その後ろに前衛のストレバウス。中央にガリンとルルテ、その後ろにレイレイ。最後尾に風力車とサラである。
街道に出て、人が少なくなるまでは、この形を崩さない予定だった。
分かれの挨拶が終わると、ガリンは、風力車の起動に取り掛かった。
ガリンは風力車の前部へ回り込み、操舵部の前面に埋め込まれた元力石へ手を伸ばした。荷車としてはやや大ぶりな車体だが、彼の動きは慣れたものだ。蓋を押し上げると、内部の元力石が淡い光を放ちながら姿を現す。
「まずは、風路の解放をしなければ。」
独り言のように呟き、石の縁に指を添える。
軽く回転させると、石の内部に刻まれた文様の光が強くなり、車体全体へと微細な振動が走った。
次に、ガリンは石を押し込む。
カチリ、と乾いた音がして、車体後部の送風機、微風を生み出す元力石の方が応えるように低く唸った。
その風は、反作用をほとんど生まないよう文様術で調整された『微風』だ。
しかし、積載部後方の大きな帆がそれを受けた瞬間、帆全体に刻まれた文様が淡く光り、受け止めた力が一気に数百倍へと増幅される。
ふわり、とまるで車体が軽く浮き上がるように揺れた。摩擦を限りなく小さくする文様術が、車輪の下で静かに働き始めた証だ。
ガリンはさらに元力石へ意思力を流し込む。
その瞬間、帆の支柱に取り付けられた二基の羽根車、タービンが回転を始めた。
風を受けて回るその羽根車は、回転運動を意思力へと変換し、風を生み出す元力石へと自動的に補充していく。
「よし、循環に入りましたね。」
ガリンが手を離すと、風力車はまるで呼吸を始めたかのように一定のリズムで風を吸い込み、帆へ送り出し続けた。
サラが積載部の前端に腰掛け、足元のフットレストに軽く足を乗せる。
「動き出します。」
ガリンが短く告げると、風力車は音もなく前へ滑り出すのだった。
操舵部にはサラが座っているが、あくまでも偽装だ。前面の『付随』元力石が、対となる『牽引』の元力石を持つレイレイの位置を感知し、自動的に進行方向を調整していく。
王都の外に向けて風力車は静かに、しかし確かな力強さで進んでいくのだった。
一行は、レイレイの後をついて動き出した風力車と共に、外郭市街を抜け外堀にかかった大きな橋を渡る。
橋の向こうは、もう王都ではない。
巡察の旅の始まりだった。
橋を渡りきると、そこにはひとりの男が立っていた。かなり大きな体で斧を担いだ男だ。
そう、カカノーゼだった。
サラは歩みを止めず、しかし確かに彼を見た。カカノーゼもまた、無言でサラを見つめ返す。
言葉はいらなかった。
カカノーゼが右手を軽く上げると、サラも、小さく右手を上げて応えた。
誰もそのやり取りに気づいていなかった。
だがサラは、満足したように、ほんのわずかに笑うのだった。2人が刻んだ年月のみが、その短く小さなやりとりが言葉たらしめたのだろう。
カカノーゼは、王都の城壁から一行の姿が完全に見えなくなるまで、ずっとその場に立ち続けているのだった。
しかし、この場で見送っていたのはカカノーゼだけではなかった。
ハサルの手の者が、橋の下や林の影に潜んでいるのは当然として・・・。そのさらに奥。
誰も気づかぬ位置に、もうひとつの影があった。
風に揺れる外套の裾。
視線は一行を追っている。
その存在は、ハサルの配下ですら気付いていない。
その影は、誰にも知られぬまま、静かに一行の進むのと同じ方向へと歩き出すのだった。
やっと、数年かけて、ここまで書ききりました。
ようやく、王都をでてこれから、巡察編に入ります。
今までとは、ちょっと違った雰囲気の章になっていきますので、是非楽しみにお待ちください。




