王都出発 その38 傭兵団の紋章と王の言葉
翌日の朝、ガリン、ルルテ、ジレ、レイレイ、ストレバウス、サラの6人は、出発のために荷物を置いていた宿に集まっていた。
既に実用化とその運用が始まっている『元力片を使用した生力石への通行手形としての情報書き込み』は、皆が集まったところで、すぐにガリンが行っていた。
マレーン歴14年 第2力期1日目の朝6:00という情報で書き込んだ。
本来であれば、外郭市街を外に抜けるところの門の手前にある関所に並んで書き込むことになるのだが、皆の前でルルテにしてもガリンにしても貴族としての生力石を目に晒すわけにはいかないからだ。
ガリンが、荷物の置いてある部屋で、それぞれの生力石に通行手形の出都記録を行ったのだ。
それぞれが出都記録を終えると、自分の担当の荷物を持って、食堂に降りるのだった。
そこには、お忍びではあったが、ルルテの父でありマレーン王国の王であるルラケスメータ王(幼名メルタ)、その王妃エレルメイサ王妃(幼名エル)、宰相にして公爵のキムエラ公爵(幼名エラン)、宮廷晶角士でガリンの師にして養父のイクスレンザ卿(幼名レン)、さらにマレーン王国諜報機関の長イタバンサ伯爵(幼名ハサル)が見送りに来ていた。
さすがに、宿の従業員たちは普段から高位貴族が利用する宿ということもあり、対応は手慣れたものだった。宿屋の食堂を簡素ながら、王の間としての体裁を整え、王たちを迎えていた。
ガリンたちは既に旅装束を整えていた。それぞれが防具やマントを身に付け、厩舎にある風力車には旅の荷物が積み込まれている。
『護国の騎士団』という傭兵団の名にふさわしいエンブレムも完成しており、防具の胸元やストレバウスの盾には、その紋章が焼き付けられていた。
エンブレムはルルテがラフを描き、それを城の紋章官が正式なデザインに仕上げたものだ。すべての傭兵団がエンブレムを持つわけではないが、傭兵団にとって“はったり”は重要で、多くの団が自作の紋章を掲げていた。
本来、エンブレムとは貴族の特徴や家系、功績、地位を示すものであり、勇気や忠誠を象徴する動物や色、盾の図案を用いて名誉を表す。貴族の社会的地位を示す重要な印であり、平民が勝手に作ってよいものではない。
そのためマレーン王国では、城に紋章官という役職が置かれ、貴族家の紋章を厳密に管理している。デザインの一部を増減させたり形を変えたりすることで、直系か傍流か、継承権の高さなどを示すこともあるためだ。
ルルテは、ガリンが男爵でありながらエンブレムを持っていないことに目を付け、この機会に紋章官へ根回しして勝手に作ってしまった。
ある意味、このエンブレムは『護国の騎士団』の紋章というより、『ガリエタローング男爵』のエンブレムとして作られたものと言える。そして、傭兵団にガリン本人がいるのだから使っても問題ない、という理屈で押し切ったのだ。
ルルテがガリンやサラにエンブレムを見せた時には、すでに男爵家の紋章として国に登録されており、防具に焼き付けるための焼きごてまで用意されていた。こういう時のルルテは本当に行動が早い。
実際のエンブレムは、円形の太い枠の中に横向きの女性騎士の横顔が描かれたものだった。明らかにルルテの趣味である。騎士は兜をかぶり、長い髪が風に流れるように後ろへ広がっている。髪の中央には一本の短剣が縦に重なるように配置され、装飾として溶け込んでいた。これもルルテ自身の武器を意識したものだろう。
さらにルルテは、ガリンを象徴する要素も加えていた。円の外周には元力石に刻まれる文様術を思わせる記号や、枝や矢じりのような幾何学模様が左右対称に配置され、文様術の大家であることを示す意匠となっている。黒の太い線で描かれ、加工しやすいデザインだった。
最初にこのエンブレムを見た時こそ皆驚いたが、防具に焼き付けてみると意外に格好よく、すぐに気に入ったようだった。
ただガリンだけは、自分の紋章がなぜか少女趣味寄りになってしまったことに違和感を覚えていた。しかし、これまで何度も似たような経験をしてきたため、今さら何を言っても変更はできないと悟り、受け入れるしかないと考えていた。そもそもこうした分野は不得意で、別案を出すことも難しいと思っていたのだ。
ガリンたちが準備を整えて宿の食堂に現れると、王たちは感嘆の声を上げた。
城内訓練場でナタルとリアに手伝ってもらい後方急襲訓練をした際にも防具姿は見ていたが、あくまで訓練を俯瞰していただけで、旅装束をじっくり見るのは初めてだった。
特に、普段防具を身に付けないルルテの姿を見た王妃は、大きな笑顔を浮かべていた。
「皆、準備は整ったようじゃな。」
レンが優しい声でそう言った。
「はい、先生。皆の協力のおかげで、なんとか旅支度を終えることができました。」
ガリンが答えた。
エランが一歩前に進み、静かに場を整えた。
「これより、陛下の御前である。皆、控えよ。」
その声が食堂に響くと、ガリンたちは一斉に膝をつき、深く頭を垂れた。宿の食堂とは思えぬ厳かな空気が流れ、外の朝の光さえ遠く感じられる。
「面を上げよ。」
エランの言葉に従い、6人はゆっくりと顔を上げた。
王は、穏やかながら威厳を帯びた眼差しで一行を見渡し、口を開いた。
「よくぞここまで準備を整えた。そなたらの働き、余は誇りに思う。」
その言葉に、ガリンたちは自然と背筋を伸ばした。
王は続けて、少し声を落としながらガリンへ視線を向ける。
「巡察の旅の間、娘と行き過ぎた親密さが生じぬよう、心得ておくがよい。道中は長い。風は時に、思わぬ方向へ吹くものだからな・・・。」
あまりに婉曲で、しかし意味は妙に伝わる言い回しだった。
ルルテは一瞬で顔を真っ赤にし、ガリンは返答に困り、視線を泳がせた。
もちろん、顔はあのいつもの顔である。額に眉を寄せ八の字をつくり、顔の下半分だけが笑っているような奇妙な顔だ。
その様子を見て、今度は王妃が柔らかく微笑む。
「まあ、夫は心配性ですこと。
ルルテ、良い殿方はね、風に流してはいけませんのよ。
時には・・・そうね、枝を結びつけてしまうくらいの覚悟も必要ですわ。」
比喩は優雅だが、内容はかなり踏み込んでいる。
ルルテはさらに赤くなり、ガリンはますます困惑した。
王は咳払いを一つし、王妃に鋭い視線を送ったが、王妃はまったく意に介さず、むしろ楽しげに夫とガリンへ微笑みかけた。
続いて、ハサルが前に出る。
「旅の間、常に我が手の者が近くに控えております。意伝石で連絡をくだされば、即座に動きましょう。
また、一行がララスへ入る頃には、私自身も現地で準備を整えて待っております。」
その声は淡々としていたが、確かな安心感があった。
次に、宰相としての立場なのか、大事な出立のこの場で、娘の恋愛事情に注視している2人に対しての呆れなのか、エランがサラへ向き直る。
「サラ殿。どうか、この旅が安全に進むよう、皆を頼む。」
サラは静かに頷き、軽く胸に手を当てた。
「任せるさね。」
そして最後に、王が再び一行を見渡した。
「皆、健勝であれ。この旅が、マレーンに新たな道を開くことを期待しておる。」
その言葉が締めくくりとなり、場の空気がゆっくりと解けていく。
いよいよ、出発の時が来た。




