王都出発 その36 通行手形の運用
最後の話題は、7大文化圏会議の場で、マレーン王国が他文化圏へ提供することになった新技術についてである。
この技術は、文化圏間や都市圏間を移動する際の通行手形として、マレーン文明全体で利用されている生力石に出入記録を刻むというものだった。
これにより、次元接合門や都市間の関所を一元的に管理し、犯罪抑止にもつなげようという狙いがある。
しかし、生力石にこれほどの情報を記録するための元力石の準備や、文様の刻み込みは容易ではない。
そこで登場したのが、ガリンによる新技術であった。大使たちにはガリンの名を直接出してはいないものの、晶角士であり護士であり、さらに異例の叙爵を受けた男爵でもある彼に目を付けた者は少なくなかった。
ガリンの新技術とは、元力石の原料である水晶そのものを使わず、研磨加工の際に生じる水晶粉を利用して木片に文様術を施すというものだ。
貴重で数に限りのある水晶に対し、木片は安価で大量に供給できる。現時点では、水晶粉を木片に定着させる塗料の技術は非公開のため、他文化圏が独自に新たな木片を用いた元力石を開発することは難しい。しかし、塗料そのものは7大文化圏へ提供されるため、応用範囲は広い。
こうして整備が進められていたマレーン大陸の都市間では、この新たな手形システムの運用がすでに始まっていた。
ガリンとルルテはその事実を聞き、再び驚いたのだった。
現在の通行手形の運用は、あくまでもマレーン大陸にある11の都市に関しての出入りと、王家直轄の都市への次元接合門を使った出入りの2つが開始されていた。
ある意味、ルルテのマレーン大陸の巡察に間に合うように、なんとか運用を開始したというところが実際のところだろう。
また、7大文化圏においても、次元接合門の利用に関しては最低限、生力石への履歴の記載が可能になりつつあるということだった。
このシステムの要は、ガリンが開発した、木片を利用した生力石への関所として定めた場所の入出記録の書き込みにある。これは履歴として記録されていくものである。その人物がいつ、どこの都市の関所を通って次の関所に辿り着いたか。また、どれだけの期間その都市に滞在したあと、その関所のある都市を通過したかという単純なものだ。
それでも犯罪の抑止力としては、かなりの効果が期待できる。
当然、やましいことがある人間は、まず自身の記録を残したくない。
これは、どこから記録がないのかという観点から、その対象の属する文化圏や組織を特定するのに役立つだろう。また、特定の文化圏からの履歴がないことが判明すれば、それを手掛かりに問い合わせもできる。
また逆に、記録がある人間が犯罪を起こせば、いつ、どこから来たのかの履歴を追うことができる。
これにより、その対象者の所属文化圏や勢力、場合によっては目的まで探ることが可能になるのだ。
今回、ルルテの巡察の旅そのものに対しては、この手形のシステムの運用が始まったからといって、特に利点があるようには思われない。しかし、少なくともマレーン大陸に他の文化圏からやましい目的で渡航してくる集団に対しては、確実に抑止力として働くはずである。
また、ハサルからは、今回の木片に水晶粉を使った文様を書き、それを定着させる技術に関しては「元力片」と呼ぶことで呼称が決まったということだった。
その技術の一部を7大文化圏に開示・提供するにあたって、
「元力石の代わりに木片に水晶粉を使って文様を書き定着させたもの」
と、ガリンがそのまま呼んでいた名前では、あまりに長く、非常に使いにくかった。
そのため、水晶球に文様を彫りこんだものを「元力石」と呼び、木片に水晶粉で書いた文様を定着させたものを「元力片」と呼ぶことにしたのだ。
本来は、この時代でも技術の開発者が技術に名前を付けるのが一般的なのだが、ガリンの名付けはとにかく分かりにくい。そして、付けた名前などには一切頓着しない。
そのため、レンとエランで話し合って、勝手に決めたのだった。
ハサルが、これだけ丁寧に、そしてまだガリンやルルテが知りえない情報までを講義として伝えたのにはもちろん理由があった。
当然、今後のララス領に対する、国内外からの他勢力の牽制を理解してもらわなければならないからだ。
また、獣人集落が点在するなど、不安定要素も残したままの領だ。竜族との和平交渉の拠点ともなる。
つまり、他文化圏からの干渉や陰謀が最も集中しやすい場所でもあるのだ。
さらに、クエルス文化圏の暗躍や諜報戦の激化により、ララス領は今後、『国境なき情報戦』の最前線になる可能性すらあるのだ。
だからこそ、今回導入された元力片を利用した通行手形のシステムは、単なる都市間の出入り管理にとどまらない。
ララス領のように陰謀が入り込みやすい地域では、
『誰が、いつ、どこを通って領内に入ったのか』
という履歴が残るだけで、潜伏や攪乱を目的とする勢力に対して強力な抑止力となるからである。
このことを、ガリンとルルテには心に留め置いて欲しかったのだ。
こうしてハサルは、数日間をかけて、緊迫しつつある国際情勢、ララスの基本情報、元力片を利用した通行手形のシステム運用に関する講義を終えたのだった。




