王都出発 その34 ララスについての講義
サラが物資の準備を進めている間、ガリンやルルテも遊んでいたわけではなかった。
2人はエランとハサルから、これから治めることになる『ララス領』について、みっちりと講義を受けていたのである。
ララス領の現状についての講義は、ついこの間までララス領の領主であったイタバンサ・ハサル・シンジシ、つまり諜報機関の長であるハサルが担当した。
ハサルは伯爵位にある貴族である。
ガリンにララス領の領主の座を譲ってしまったため領地がなくなり、一時的に家名がなくなってしまっている状態になっている。
ただ、ララス領にはマレーン王国の諜報員の養成機関があるため、領主ではなくなったとはいえ、結局ハサルはララスには強い関わりを持つことになるのだ。
レンの話によると、便宜的にも家名がなくなるのは外聞がよくないため、ガリンたちが巡察の旅に出ると同時に家名を与える予定だと聞いていた。
ララス領には、ララス、ラミス、ラルスの3つの都市があり、諜報員の養成機関は都市ラルスにあった。
そのため、現マレーン王国では滅多にないことではあるが、ハサルにはその都市の代官としての地位を与え、家名を『ラルス』にするということだった。
これにより、ハサルの名前に家名がついて、イタバンサ・ハサル・ラルス・シンジシとなる。本来は男爵であるガリンよりも貴族としての位が高いハサルが1都市の代官というのは問題がある。
しかし、そもそもハサルが領主としてララス領で政務を行っていたわけではない。今も王都より派遣された代官が領を運営しているのだ。
ハサル自身は基本王都で諜報機関の長として活動している。実際に都市ラルスにある養成機関も、自身が長ではあるものの教鞭を取っているわけでもない。
つまり、もともと所領の有無とは全く関係のない政務についているのだ。仮にガリンがララス領主になっても、ハサルの実務は毛ほども変わることはないだろう。
ただ、家名がないのは外聞が悪いというだけの理由なので、ハサルも気にはしていなかった。
また、ガリンも特にララスという家名に思うところがないため、都市の代官としてハサルに家名を譲っても特に問題はなかった。
そもそも表向きはガリンが男爵としてララス領の領主になっているが、その横にはマレーン王国第一継承権を持つルルテがいる。
それゆえに、貴族位に関してもガリンもハサルも気にしていなかった。あくまでも実質的な領主はルルテであるからだ。
ある意味、王家直轄領扱いなのだ。
今回の講義でハサルがガリンたちに話す内容も、領主としての経験から得た知識ではなく、諜報機関の長として知っている知識を伝達しているだけであった。
実際の領の運営に関しては、ガリンたちがララス領に入ってから、実際に運営をしている代官から教えてもらえば事足りるのだ。
ハサルがララス領について行った講義の最初の内容は、まずララス領のあらましだった。
その説明は、地図を見て話しているかのように流暢なものだった。
ララス領の中心には、南北に細長く伸びる大陸が広がっていた。その大陸はララス大陸と呼ばれていた。北半球の中ほどに位置している。
気候帯は北が温帯湿潤、南が亜熱帯へとゆるやかに変化していく。大陸の周囲は広大な海に囲まれ、惑星全体の九割を占める海洋が領地の気候と産業に大きな影響を与えているということだった。
大陸の中央部を縦断するようにラトマリア山脈がそびえ立つ。山脈のほぼ中央に位置するソリン山は最高峰であり、活火山として知られる。
山脈は大陸を東西に分ける自然の壁となっており、交通の要衝には長大な山岳トンネルが掘られているとのことだった。
山脈を避けるための右回り・左回りの迂回路、さらに海路も整備されており、三つの都市を結ぶ交通網を形成しているとのこと。かなり整備が進んでいる文化圏のようである。
また、大陸には三つの主要都市があった。
都市・ララスは大陸のほぼ中央、山脈の東西を結ぶ位置にあり、政治の中心であると同時に貿易の要衝となっている。
都市・ラミスは大陸北西部に広がる肥沃な平野に位置し、周囲には川と湖が点在する。農業が盛んで、穀物と野菜の供給地として重要な役割を担っていた。
都市・ラルスは大陸南東部、砂漠地帯の西縁に位置し、海と湖の双方に近い。漁業が主産業で、果物栽培も盛んだ。このラルスには諜報員の養成機関もあり、ハサルが代官を務めることになる都市である。
大陸全体には大小の川が流れ、湖が散らばるように点在していた。これらの豊富な水源を利用し、農業と淡水魚の養殖を実施していた。
海洋惑星でありながら、内陸漁業も発展しているという独特の産業構造が生み出されていた。赤道付近には乾燥した砂漠が広がり、南部の気候に変化をもたらしている。
14年前に終了した大戦後、陸上型の魔獣やキメラが山間部や深い森に残存し、地図上でも危険地帯として記されるようになっているのも特徴だろう。
これは、豊富な森林資源と水産資源を利用して戦争のためのキメラの研究がこの地で行われたことに起因しているらしい。
戦後政策により獣人が保護されてきた歴史があり、ララス領は他の所領に比べて獣人の居住比率が高いのが特徴とのことだった。
これはマレーン王国、いやマレーン文明全体の黒歴史の部分であり、ガリンとルルテも初めて聞いて驚いたのだった。
また、都市周辺には獣人集落も点在し、文化的にも多様性のある地域となっている。ララス領では亜人という差別的な用語は使われておらず、『獣人』が広く使われ定着しているのは、これが一つの理由だろう。
こうしてララス領は、海と大地、山脈と湖、砂漠と森が複雑に入り組む地形の上に、多様な産業と文化が共存する独自の領地として成り立っているのだ。
講義を受けたガリンとルルテは、自分たちが治める領地の広さと複雑さに驚かされた。数字だけで想像していた「領地」が、急に生きた文化圏として迫ってきたのだ。
巡察の旅が終わったとき、彼らは本当にこの地を治めることになる。その実感が、ようやく胸に落ちてきた瞬間だった。




