王女と護士 その5 それぞれの呼び名
マレーン城の本翼にある大宴会場では、昼間の食卓とはうって変わって、大いに贅沢な料理が並んでいた。
国王が催す、諸文化圏の大使達を招いての夕食会である。
贅沢の限りを尽くした食卓には、王の他にも、王妃、宮廷晶角士、宰相である公爵をはじめ、数名のマレーン王国の貴族達と、惑星空間の文化圏を有するクエルス、レタン、イルケスの3文化圏と、次元空間を有するノール、計4つの文化圏の大使達が座っていた。
実際には、この他にも、次元空間を有するウェンザ、コンヌという2つの文化圏があるのだが、この2つはこの度の生誕祭への大使派遣を見送っており、祝辞が届けられたのみであった。
ノールの大使の容貌を見ればすぐにわかるのだが、その容姿は惑星空間に居住している人間とは明らかに異なった特徴的なものだった。耳は細く長くとがっており、切れ長の目の中の瞳には瞳孔がなく、真っ青な色をしていた。
次元空間に移住しそこに文化圏を築いた人々は、その空間に自らを適合させる為の分野の元力石開発に力を注ぎ、何世代にもわたって肉体改造を行っていった。その結果今のような容貌になったというのが通説であった。しかし、彼らが自らの歴史を語ることはあまりなく、本当のところは本人達のみが知るところであった。
とにかく、生活習慣も容貌も違う次元空間の文化圏は、もともと文化圏の拡大や安全協定そのものに関心が薄かった。
しかし、全文化圏の中で唯一軍事政権国家と位置付けられている次元文化圏コンヌは、なにかと噂の耐えない文化圏でもある。
この度のきな臭い噂も、影でこのコンヌ文化圏が、クエルス、レタン、イルケスといった惑星空間を保有している文化圏に対して工作を為した結果とも言われていた。
それでも前年の生誕祭には、全文化圏が大使を派遣して来ていた。今年の状況を考えれば、やはりなんらかの勢力が動いた結果というのが大筋の見方であろう。
王は、席についた一同に対して一通りの謝意を述べると、料理に手をつけた。
それにならい、貴族達も大使達も、一斉に料理に手をつけた。
食事が始まってからしばらくの間は、食べることに集中していたこともあり、所々で軽い歓談が繰り広げられていた。
食卓の上の食事もあらかた片付け終わり、皆の前に食後の酒が振る舞われると、やはり話は徐々に政治的なものへと向かっていった。
マレーン文化圏以外では最大の文化圏、全部で5つの文化圏を有するクエルスの大使、ジャラザン・イバレスが口火を切った。
「しかし陛下、護士の任命とは懐かしいお話ですな。もう血生臭い戦争は終わったものかと思っておりましたが・・・。」
このクエルス大使、唯一今回の大使の中で前回の生誕祭と引き続きの大使であり、策士と名も馳せている男だった。
先の大戦では、クエルスきっての知将としてマレーン軍も苦しめられた。その記憶は、そんなに古いものではない。
王は、
「いやいや、ジャラザン殿。娘ももう元服をせねばならん齢を迎えておる。かといって、城下の学院に毎日通わせるわけにもいかぬのでな。勉強係としてうってつけの男を選んだだけなのだ。平和な世の中であるがゆえ、戦闘などとは縁の無い晶角士でも十分に任が務まろうというものだ。」
と、微笑みと共に答えを返した。もちろん詭弁である。
そんなことは、この場にいる誰もが知っていた。ジャラザンは、
「そうでしたか。私はまた、最近私の耳にも届いている良からぬ噂でも信じておられるのかと思いましたよ・・・。」
噂通りに食えない男である。
祝いの席は、このジャラザンの言葉で、いっきに凍りついたように静まり返った。
王妃ですら、わずかに眉を寄せたほどであった。間違いなく、祝いの席には相応しくない話題であるからだ。
口調はいくら丁寧で、そして内容をいくら婉曲して話そうと、先の話は、
『戦争の準備でもしているのか?』
と聞いているに等しいからである。
王も、言われていることの意味はもちろんわかっていた。
「私とて、もう戦争は望んではおらん。
それは、この場におる誰もがそう思っていることと信じておる。
愛娘には平和な日々を過ごしてもらいたいというのが、親心というものであろう。
ジャラザン殿も、たしか御子息がそろそろ良い年になられたのではないかな?
是非とも、一度連れ立って、ごゆるりと逗留に来られてはいかがかな?」
王も、若い頃であれば、売り言葉に買い言葉で返していたかもしれなかったが、このような見えすいた挑発に乗るほど愚かではない。
そしてジャラザンも、息子の話まで出されてしまい、しかも公式の場で親子共々招かれるといった栄誉ある誘いを受けては、これ以上突っ込むこともできない。
ジャラザンも、
「これは身にあまる光栄・・・。」
とだけ答えると、素直に身を引いた。
話題を変える機会を伺っていた公爵は手を叩き、女官達に踊り子を呼ぶように伝えた。やがて踊り子達が踊り始めると、次第に緊張した空気は和らいでいった。
しかし、あのほんのちょっとした会話は、これからの未来を暗示する大きな不安を含んだものであり、そしてその場にいた全員がそのことを再確認するには十分といえた。
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暗くなってから、自分の居室に着いたルルテとガリンは、市で十分に食事をとったことを女官達に伝え、それぞれの自室に戻っていった。
ガリンも日常慣れないことをした為か強い疲労を感じていたので、明日から自分の荷物を運ぶこととして、今日はこのまま新しい自分のベッドで寝ることにした。
部屋に入る前に、ガリンが、
「それではルルテ殿、良い夢を。」
と言って部屋に入ろうとすると、
「護士よ、そのルルテ殿というのは、あまり好きではない。我々はこれからも長いこと寝食を共にするのであろう?ルルテで良い。」
と、ルルテはうつむき加減に、目をそらしながら言った。
ガリンは、少々驚いたが、
「わかりました。ルルテ。それでは出来ることであれば『護士』というのも止めていただけませんか?どうもその新しい呼称には慣れそうにもありません。」
と返した。
「では、なんと呼べばいいのだ?」
ルルテは、反対に要求されることなど滅多にないために、多少違和感を感じてはいたのだが、素直に聞き返した。
ガリンは、視線を大きく宙に泳がせ、うなりながら、適当な言葉を探した。
「それでは、わたしもガリンとお呼びください。それ以外に適当な呼び名は今のところ思いつかないようですので。」
ルルテは、それを聞くと大きくうなずいて、
「おやすみ、ガリン」
そう言って、部屋の扉を閉めた。
その様子を見守ってから、ガリンも、
「ルルテ、おやすみ」
と言って、自室のドアを閉めた。
ガリンは、ふと少女と向き合う前に自分がこの少女にもっていた漠然とした印象を思い出していた。
そして、
『籠の中の鳥も、精一杯羽ばたいているのですね。』
と、少し少女に対する印象に修正を加えるのだった。
ガリンの顔にはおだやかな笑みが浮かんでいた。
時は、マレーン次元文明暦12年 第4力期7日目である。
誤字脱字の修正。2026.2.23




