王都出発 その18 ガリンの出で立ち
サラ自身は、細かいことが好きではない。
どちらかというと大雑把な性格である。確かに、王都の外のことは良く知っているし、旅慣れてもいる。ガリン達がそのことについては素人以下であり、自分が手伝わなければ何も先に進まないだろう。それも分かっていた。ただ、ガリンは常に細かく執拗で、何かにつけて理由を尋ねるのだ。
「野営では火をたく」
と言ったら、
「薪はどうやって確保するのですか?」
と返してくる。
「その辺で拾えばいいだろう?」
と返すと、今度は、
「生木は人体に有害な煙が出るのではないですか?」
とくる。
話が先に進まないのだ。
そんなもの、閉鎖されている空間でなければ多少の煙が出たって問題ないさねと、怒鳴りたくなる。
実際に怒鳴ったこともあった。
しかし、それすら、
「なぜ、質問の答えに対して、意味のない感情論をぶつけるのですか?時間がもったいないですよ。」
と窘められるのだ。
喧嘩すら成立しない。
それもあり、ここ最近は酒場でカカノーゼに愚痴を言うことも多くなってしまっていた。
最初のうちは慰めてくれていたカカノーゼも、最後には、
「まあ、相手は貴族なんだ。それにおめぇ自身が望んで着いていくんだろ?我慢するしかねぇな」
と投げやりに苦笑いを浮かべるだけになってしまった。
カカノーゼは、サラに好意を抱いていた。もちろん会った頃はである。
そして今も形は変わってしまったが、好意を抱いている。
確かにサラの望む形かどうかはわからないが、あの護士はサラを重要だと感じてくれている。
また、ラミアになったサラを見て『美しい』と言える存在だ。
なにより強い。自身よりも強いのだ。万が一の場合はサラを守ることもできるだろう。
サラも、あの晩、護士に出会ってから、カカノーゼが徐々に自分から距離をとっているのに気付いていた。それが愛情であることも知っていた。
サラは、レンからガリンが成人してからは、少なくとも見た目は歳を取っていない可能性があることを聞いていた。
現王と現王妃の娘である限り、ルルテはただの人だ。ルルテが死んでも、ガリンは今のままの可能性すらあるのだ。つまり、ガリンは長命種である可能性がある。単なる長命種とは思えなかったが、レンの言う通りであれば、ガリンはサラと同じ時を歩んでくれる可能性があるのだ。
別に恋仲である必要はない。もともと種族が違う。ただ、知り合いが居なくなっていく孤独を感じるのはもうたくさんなのだ。
カカノーゼも、まだ50年ぐらいは大丈夫だろう。でも、どんどん老いていくのだ。
いつかは、私が長命種であることが傭兵団の皆にもバレる時がくるかもしれない。
老いたカカノーゼの面倒を見て過ごそうかと考えたこともあった。ただ、そんなものをカカノーゼは望まない。たぶん傭兵団を若いものに譲って、自身は姿を消すに違いない。そして、きっと私を連れてはいかないだろう。それもわかっていた。
人は、惚れた腫れただけじゃ生きていくことは出来ない。
潮時だったのだ。
だからこそ、最初はガリンの執拗さにも我慢をしていた。
しかし、異常なのだ。
そして、何度訊いても本人は認めないが、ガリンはルルテを第一として考えて全ての物事を決めるきらいがある。
王都の外を2年間も旅をするのは遊びではない。正直、あのお嬢ちゃんが2年も我慢できるとは思えない。だからこそ、ガリンも今の環境をできるだけ崩さないように荷物を準備しようとしているのはわかるが、過保護すぎるのだ。
ルルテが好きな紅茶2年分を持って行くなど、馬鹿の極みだ。寒ければお湯でも飲めばいいのだ。
レイレイのためのクッキーも2年分。もう話にならない。
どうしてもというのであれば、同じ水準のものが手に入るかはわからないが、各都市で補充すればいいのだ。そう言ったら、
『同じ品質のものがあるか、事前調査が必要ですね』
と言って、調査団を派遣しようとしていた。
『お忍びなんだろ!』
って、思わず叫んだほどだ。
そして今、その面倒な男が横にいた。
登記所で傭兵団を登録するために、連れ立ってきたのだ。
今日は1人であるためか、普段の真っ黒なローブに身を包んでいるが、まずこのローブでは、
『自分は晶角士である』
と喧伝しているようなものである。
まず、ここから何とかしなければならない。
サラは、ため息をついた。
そしてサラはガリンに、一度登記所の外に出るようにお願いをして、そのまま外殻市街にある衣料品を扱う露店に連れて行くのだった。
登記所の中は静かで、事務的な空気が漂っていた。その中で、ガリンとサラの会話だけが、わずかに柔らかさを帯びていた。サラの苛立ちの奥には、「どうせ言っても無駄」という小さな諦めが混じっていた。
訳も分からずサラに連れられて、サラの馴染みの店まで来たガリンは、そこが衣料品を扱う店だとわかると、怪訝そうな顔でサラに尋ねる。
「ここで、一体何をするのですか?」
サラが、大きくため息をついた。
「護士さん、いや今後はガリンと呼ばせてもらうさね。護士なんて、どうせ王都の外では使えないさね。それでいいさね?」
サラが決定事項のように言う。
「え、まあ、そうですね。身分を隠しての旅になりますからね・・・。」
ガリンも、サラに同意した。
「それさね。今回の旅は身分を隠して移動するんだよな?登記所でそのための傭兵団の登録をするのに、
『私が晶角士でございます』
といった格好のまま、登録なんかできるもんか。」
「ああ・・・。確かに、そうかもしれませんね。」
ガリンが、とりあえずといった感じで頷くのだった。
「そうかもって・・・。あんたね・・・。まあいいさね。はぁ」
サラが、もう一度大きくため息をついた。
「でだ。まずはあんたのその黒づくめの格好をどうにかしようというわけさ。」
「!?」
「『!?』じゃないさね。目立つんだよ。それ。」
「・・・。」
ガリンが自分の服を見て、押し黙る。わずかに戸惑いがにじんでいた。
「わかったら、いくさね。」
サラは、ガリンの躊躇なんかお構いなしである。
ガリンの背中を押すと、そのまま衣服を扱う露店が並ぶ広場の中心へと進んでいった。
露店の広場には、人の声がまばらに響き、布の擦れる音が風に混じっていた。
誤字脱字の修正。語尾の修正。2026.4.6




