王女と護士 その3
もうその顔には、先程の怒りも、涙も残ってはいなかった。
少女は部屋の隅に置かれているベットに腰かけると、落ち着きを取り戻し、ガリンにも横に座るように促し、ベットを叩いた。
ガリンは一瞬ためらったが、ゆっくりと少女の横に腰を下ろした。
「ねぇ。あなた何でいつもそんな面白くなさそうな顔をしてるの?」
と尋ねたが、しばらく待って返答が戻ってこないことを確かめると、レンおじい様を除くと、自分が晶角士に余り良い印象をもっていなかったこと、昨日お父様に初めてガリンを紹介された時にガリンの顔が怖かったこと、今日食事のときにやっぱり自分の印象は間違っておらず本当にこんな怖そうな人が護士になるの?などと、この2日間に、少女が精一杯に考えていた、胸の内を語った。
ガリンは、話が一息つくのを見計らって、
「ところでルルテ殿、どうして先程あんなに笑われたのですか?」
ガリンは、あまりにも簡単に少女の機嫌を取り戻したことを思いだし、尋ねてみた。ルルテは、指で自分の眉をよせるしぐさをすると、
「あなた、本当に気づいてないの?あなたの笑い方ってとても変よ?
だって、眉を寄せたままね、顔の下半分だけが無理矢理やり笑ってるの・・・
あんな無理した笑顔、産まれて初めて見たわ。だから面白くって・・・ついつい笑ってしまったの。。。」
と、ガリンの真似をして眉を寄せたまま、けらけらと笑った。
ガリンは、一瞬また眉を寄せたが、思いなおしたように、眉を戻して
「そうでしたか・・。」
そういって、少女につられて笑った。
そして少女は、
『よく見てみると、その珍しい黒い色の瞳も綺麗だし、髪の毛や衣服を整えればなんとか見れた風になりそうね。晶角士というのはちょっと私の理想とは違うけれども今のところは我慢することにするわ。それにこれから長いのだから、もっと私好みにしていけば良いのだし。。。』
等と、ガリンには語らなかった晶角士に対する感想に自らの胸の内で修正を加えた。
もちろん、ガリンは、そんな少女の思惑は知る由もなかったが、今少女と共に、自分が久しぶりに、心から笑っているという、とてもすがすがしい気持ちを楽しんでいた。
「あら、姫様。とても楽しそうでよろしゅうございますね。」
ルルテがジレと呼んでいた年の若い方の女官が顔を出し、お茶の用意が整ったことを告げた。
二人はゆっくりとベットから腰をあげると、食堂へと向かった。
女官達の用意した、ハーブティと焼き菓子を食べながら、2人は、女官達から王が2人に生誕祭で賑わう城下町を見物にいくように伝えていたことを聞いた。
ガリンは、混み合う街にでることには、正直あまり気乗りがしなかったが、隣に座る少女が滅多にない城下へ出る機会に、心踊っている様子見て覚悟を決めた。
ルルテは、早々に焼き菓子を胃に詰めこみ、
「ジレ、用意をするぞ。」
といって、片付けをしている、年配の女官のセルを残して、自室にもどっていった。
残されたガリンも、自室で少女の支度を待つ事にした。
ルルテは部屋でジレに手伝ってもらいながら、これまた早々と準備を整えると、ジレに何事かを命じ、いそいそとガリンの部屋に向かった。
すっかり用意を整えたルルテが部屋に入ると、ガリンは、
「早かったで・・・。」
と言いかけて、そのまま言葉を失い、ルルテを見つめた。
さらりと長かった髪は綺麗に編みこまれ両耳の上でまとめられており、その髪は、白い絹の布で綺麗に包み込まれていた。
そして淡い緑色のローブは、肘までの袖口を同じく絹の糸で結んだ赤い縁取りがされた白に近い薄い蓮の花のような色のローブに取りかえられていた。
その足首までのローブには、体のラインに沿って片側だけに、微細な刺繍がほどこされており、少女のすらっとした美しい体のラインを包み込んでいた。
刺繍はローブの色より幾分薄い白で編みこまれており、けばだった雰囲気はまったくなく、少女が生来もっている気品をうまく伝えていた。
また、左耳には、小さな金の黒い石をはめ込んだイヤリングを付けていた。
両の手に、手首上までの白い手袋をしているのは、王家の者が、その右手首に埋め込んでいる”能力石”を隠すためのものであったが、この手袋にも微細な刺繍がほどこされていて、美観を損ねることはまったくなかった。
この能力石は、現王室のみ(血族でも公爵位にあるものはこの権利を有さない)が、右手首に生力石と共に、産まれると同時移植されるもので、この技術は王室だけのものであり、そして、移植される能力石に刻まれた文様とその効力は門外不出となっている。
ガリンは今まで気にしていなかった、少女の美しさ、に言葉を飲んだのだった。同時に自分は父親という年齢にはとても見えないが、これならば貴族の娘とそのお付に見えなくもないなと、思考をめぐらせていた。
呆けながら自分を見つめるガリンに、ルルテがことさら気分をよくしたのは言うまでもなかった。
ルルテの、
「そなたは、その服のまま行くつもりだったのか?」
という問いに、ガリンは、
「私は、まだこちらに自分の服を何ももってきておりませんので、他の服といっても・・。」
と、申し訳なさそうに答えた。
ルルテは、ガリンのその言葉を聞き終わる前に言葉を次いだ。、
「そうだったな。しばらく待っておれ。今、ジレにそなたの服を取りにいかせた。」
ルルテは、自らがこの男と街に出るのであれば、この無粋な護士を、どこからみても満足のいく格好をさせるのを自分の仕事と考えており、その考えに陶酔していた。
当然ガリンは、これまた街に出ることと同様に、別の服に着替えるなどまったく本意ではなかった。
そうしているうちに、ジレが何着かのローブを持って戻ってきた。
どうやら、ここに、もともと置いてあった賓客用のローブらしい。
ルルテはそれらのローブを1着1着丹念に調べると、その中から1着のローブをガリンに差し出した。
それは、今ルルテが着ているよりも、若干厚めにしつられられた、絹のローブであり、上からすっぽりとかぶる貫頭衣ではなく、体を巻くようにして身に付ける形状のローブであった。
ローブの縁は、落着いた金色に縁取られ、さらに巻いたローブを留める肩口から胸にかけての留帯には金の刺繍が施されていた。ルルテ同様そのローブも足首までの長衣であるようだった。
ガリンは、その派手な衣服を自分が着て歩く姿を想像して、
「ルルテ殿、その服は私には似合いませんよ。私は晶角士ですし、この黒衣が似合っております。」
と、丁寧に断りを入れた。
しかし、使命感に燃えるルルテも引かない、あらかじめ用意してあったが如くに、
「護士よ。この服装に着替えるのにそなたの意向はどうでもよいのだ。なにせ今や新しい晶角士が叙勲され、また宮廷護士の任についたのは皆の知るところなのだぞ。お父様にはレンおじい様がいるし、お母様にはその必要はない。護士が付く可能性があるのは私だけなのは誰でも知っておろう。そんな中、同じ年頃の娘が、明らかに晶角士とわかるそなたを連れて街見物などしてみろ。どういうことになるかわかるぬではなかろう?
我らはあくまでも生誕祭を見物している貴族の娘とその従者でなければならんのだ。事情がわからない訳でもあるまい?」
その言葉には、勝ち誇った色がありありと見て取れた。
ガリンは助けを求めるように女官をみやったが、小さな笑みが返ってきただけだった。
そして、この少女が言ったことが正論であることも認めざるを得ない。
覚悟を決めるしか道は残ってはいなかった。
ガリンは、しぶしぶローブを受け取ると、それをベットの縁にかけ、今着ているローブを胸のあたりまでたくしあげた。
その途端、
「ちょっと、あなた、私たちがいる前で着替えるつもりなの・・・・」
王女としての言葉遣いすら忘れ、顔を赤らめてルルテは後ろを向いた。
そして、
「私達は外で待つゆえ、急ぎ着替えて参れ。」
と言うと、部屋を出ていった。
ガリンは、そうしてようやく自分の思慮のなさに思い当たり、12歳でも女性であるのだと、教訓を胸に刻んだ。
ローブは、まとってその内側を留めるだけのものなので、すぐに着替えることができた。
その派手なローブを着こんだ自分を、できるだけ忘れるようにして、ガリンは部屋の外へ向かった。
ガリンも、ルルテ同様に、左耳に小さなイヤリングを付けていた。
外出にあたり、この2人が同じく身に付けたイヤリングは、意伝石とよばれる元力石をはめ込んだものである。
ルルテは、白いローブに身を包んだガリンが現れると、黒い髪に黒い瞳が映える白いローブを選んだ、自分の選別眼に満足し、ジレに出立の意を伝えると、そのまま屋敷の外に足を向けた。
ジレは、改めてガリンに視線を移すと、深い会釈をし、ガリンもそれに応え、急ぎ少女の後を追った。
2人は、兵舎側の門から、城下に入った。




