旅の準備 その4
王達が執務室で打合せをしていた頃、一方のガリンとルルテが生活している屋敷では、ガリンの男爵への叙爵のお祝いが行われていたのだ。
ガリンの男爵への陞爵を聞いたセルが、急いでお祝いの準備を整えたのだった。
小会議室を後にしてそのまま2人は屋敷に戻り、ルルテの屋敷に着くなりの開口一番が、
「皆のもの、我が護士であるガリンが、なんと今日、男爵への陞爵されたのだ。祝いの席を設けるのだ!」
であったからだ。
セルも、ジレも、ちょっと離れたところで門の守っていたストレバウスでさえ、このルルテの言葉にはさすがに驚きの声をあげた。
もともとガリンは、技爵という身分を既に持っていた。そして、ガリンが持っていた技爵という身分は、現役の晶角士に与えられるものであった。
歳をとり、晶角士が晶角士としての地位を返上し退役すると、男爵という身分をもらうことになるのだ。
同じ仕組みで退役後に爵位が変わるのが、士爵と商爵である。士爵は、軍角士の士官である、司、宰、官に与えられる身分で、商爵は、次元接合門を管理し、その次元間の商業公益を管理する現職の商角士に与えられる身分である。士爵、商爵の身分を持つものが退役すると、准男爵と爵位が変わるのだ。
そして、男爵も准男爵も退役後の名誉職であるため、所領とある都市や文化圏を持っていないため家名はなく、基本、爵位名だけが変わることとなる。
しかし、今回のガリンは、この原則から外れている。
爵位としては男爵となるわけだが、当然、退役したわけでもない。また、男爵であるのに、王からは家名と所領となる文化圏を拝領している。
しかも王都があるマレーン文化圏を除けば、11文化圏の中で最大の4都市をもつ文化圏が宰相であり公爵であるエランが所領とするウアラ文化圏で、次に大きい3つの都市をもっている文化園が2つあるうちの1つがララス文化圏であるのだ。
ララスは、もともとはルルテが王になるまでの間統治をする予定であった文化圏であり、マレーン王国の重要機関もいくつも配置されている要所である。本来であれば、簡単に所領として渡していいような文化圏ではないのだ。少なくとも屋敷に居る女官や衛士は、ルルテがララス領に移った後も一緒に臣下としてついているはずだ。だからこそ、ルルテが先程、セル達、屋敷の者達へ大声で伝えた言葉の後に、
「今後は、ガリンは『ララス男爵』としてララス文化圏を治めることになるのだ。所領持ちになったのだ!こんなめでたいことがあるか!」
という第2声である。皆は『男爵』という身分よりも、『所領持ち』という言葉で驚いたのだった。
セル達が、貴族のそのあたりの事情に詳しくないとしても、所領を持った男爵が稀有なことぐらいはさすがにわかるし、その所領が将来のルルテの所領であるララスであれば、それはもう驚きしかないのだ。
それらの事情はさておき、陞爵はめったにあることではない。また男爵位は、役職位ではなく正式な貴族位だ。その内容がどれほど珍しいものであったとしても、おめでたいことには変わりがないのだ。
セルとジレは、ルルテの言葉を聞いてすぐにお祝いの料理の手配を始めたのだった。
いくらセルやジレが料理上手でも、陞爵された貴族のための料理を作ることができるわけではない。
セル自身はお茶や焼き菓子などの用意をするにとどめ、ジレが王宮の調理室に駆け込んだのだ。
さすがは、王宮の調理室である。ジレが駆け込んでから1時間後には、王宮からそれなりの料理が運ばれてきたのだった。ルルテは、あくまでもそれなりの料理であることに多少不満げな顔をしていたが、急遽、決めたにしては十分な御馳走が並べられたのだった。
逆にガリンは、屋敷に戻るなりあまり触れたくない叙爵の件を全員に知られ、更にお祝い会なるものに参加しなければならなくなって、もう途方に暮れていたであったが。
こんなことを言ったら、他の貴族や陞爵を願う者達より怒られてしまうかもしれないが、ガリンが欲しくてもらった爵位ではない。
7大文化圏会議の場で突然告げられて拒否することもできず、受け取るしかないため、一応儀礼にのっとって叙爵を受けただけである。
そもそもガリンの解釈では、ルルテがララスに入るまでの準備をするのに動きやすい様に、との便宜的な意味で与えられた爵位であり、すぐにお返しするぐらいに考えていたのだ。
ここが、ガリンが貴族の世界に疎い部分でもある。
そもそも、貴族の世界では一度もらった爵位が下がることなどは基本的にはない。
罪を犯して、爵位をはく奪されることは確かにあるが、ガリンが罪を犯すことはないだろう。そのため、仮に所領自体の統治権をルルテに戻したとしても、爵位を返すなどありえないのである。
そもそも、今回の叙爵については、事前に説明を受けていない。だからこそガリンのように理由を推測するしかないのだが、推測という意味であれば、ルルテが考えるガリンの陞爵に関する理由はまったく異なるものだった。
現ララスの領主であるガリンは、ルルテがララスに入ればそのまま臣下となり、立場的には宰相となるのだ。これは、ルルテにとっては、もう『片翼』に限りなく近いものである。生涯の伴侶であり、ララス領で自身が領主になったときの宰相なのだ。
もう、婚約が確固たるものになったという推測である。
もちろんこのお祝いも、ルルテの心情的には単に叙爵に対してだけではなく、もう婚約祝いぐらいの心持なのだ。
このように、ガリンとルルテの思惑はまったく異なるものだったが、こうやってお祝い会が催されたのだった。宴会の席には、ストレバウスも呼ばれ、レイレイを含む6人で普段よりより豪華な夕食に舌鼓をうった。
誰もが、ガリンの陞爵を祝ってくれて、ルルテ自身はまさにご満悦という状態だったこともあり、温かい雰囲気の中お祝い会が行われたのだ。会が終わるとストレバウスが詰め所にもどり、セルが片付けを。ジレはレイレイを部屋で寝かしつけるために食堂を離れた。
皆がいなくなるとガリンは、
「ルルテ、少し話があるのですが?」
とルルテに声を掛ける。
ルルテは、大喜びでこれに承諾し、2人でルルテの部屋に移動を開始した。




