旅の準備 その3
しかし、2人から返ってきたのは、苦笑いとその肯定だけだった。
「そこでじゃ。ハサル。そんな技術が、存在することをどう考えるかの?」
「いや、危険極まりない。我々は、そんな未知の技術を持った者を男爵に叙爵したのですか?」
王が、
「その通りだ。」
大きく頷いた。ハサルが、言葉を失う。
「ハサルよ。今回の7大文化圏会議を成功に収めたのは、何だと思う?」
「それは文様術の新技術の公開でしょう。」
この問いには、ハサルはためらいなく答える。
「そうだな。で、その技術は誰が考案したものだと思う?」
ハサルが再び言葉を失う。
「あの護士殿ですか?水晶の粉を使うって、聞くだけならあり得ない技術ではないように思えますが・・・。」
「それだけなら、そうじゃろう。問題は、文様術が水晶を媒介として発動するのではなく、あくまでも水晶は意思の蓄積に用いられており、文様術は水晶で書かれた文様そのもので発動するという部分なのじゃ。」
今度はレンがハサルに答える。
「それは?」
ハサルのそう尋ねる声には、既に力がない。その声に、レンが笑顔を浮かべる。
「あやつはな、水晶を砕いてインクのようなものも作っておった。これは、今後は文様術は水晶を介さない可能性すら出てきたということじゃ。」
「!!!!」
ハサルにも事の重大さがようやく理解できた。
「それでは、そんな技術を流出させて問題はないのですか?」
もっともな疑問だ。
「実は、あの技術は不完全なのじゃよ。確かに、ガリンが用意した水晶紛定着のための元力石を用いれば、木片に場所と時間の情報を付与はできる。逆にいえば、その元力石を用いなければ水晶以外のものには定着はできない。しかも、ガリンが用意した元力石は、木片のみにしか文様の定着ができないそうだ。
その文様は、わしが見てもまったく意味不明なものだった。本人は『物質を透過する特性を持った電磁波』を利用してと説明をしてくれたが、さっぱり理解できんかったわ。わしが理解できんのじゃ。他の晶角士も同じだろうて。
つまり、今後、木片にはある程度水晶紛を用いて書いた文様を、あくまでもその元力石を用いれば転写だけはできるかもしれないが、他の応用範囲は極めて狭い技術なのじゃよ。
それでも画期的な技術ではある。各文化圏は、元力石以外に、晶角士を介せず文様を焼き付けることができるその技術は、涎がでるほど欲しい技術じゃろうて・・・」
「そんな・・・。」
ハサルが、三度言葉を失う。
「それでは、王も、公爵も、レン殿も、そのことを知ったうえで、護士を姫様の傍に置き、叙爵したということなのですね?」
3人がゆっくりと頷く。
「これで、ハサル。お前も共犯だ。」
エランが、硬直した空気を打ち破るような明るい声で、ハサルにそう告げた。
場の緊張が一気に霧散する。
「わかりました。心します。確かに味方であれば、これほど心強い存在はいないということもわかりました。ところで、護士殿の生力石の色はもう変えたのですか?」
「うむ。弟子がごねても困るでな。あの会議の後、すぐに色は変えてやったわ。ははは。」
レンが楽しそうに言う。
「ハサルよ。あの者がララスに入るには、まだしばらく時間がかかる。それまでにララス領の準備頼んだぞ。」
王がハサルに命じる。
「は。必ずや姫様にララス領をお渡しするまで、万端の準備を整てさせていただきます。」
ハサルは、膝をついて頭をさげた。
「ハサル。これから王国を含め、各文化圏はもっときな臭くなるだろう。ララスをお前の所領にしていたのもこの時のためだ。あそこは温暖で気候も良い。また、自給自足できる商業、農業基盤も整っている。姫様を守るには最適な文化圏なのだ。くれぐれも、他の文化圏に悟られることなく、準備を進めて欲しい。」
エランが、言葉を付け加えた。
「宰相殿。そのための護士へのララス領、男爵の叙爵、今は完全に理解しております。」
ハサルはエランを正式な役職称で呼び、そのまま頭を下げて次の言葉を待った。
「ジャラザンの事は、これからも何かあったら都度報告を。」
エランが王を振り返ると、王は笑顔を浮かべて
「今日は、ここまでにするとしよう。そろそろ腹が減ったしな。ハサルも面をあげよ。」
そう、優しい声で伝えた。
それから王を含め4人は、今日の昼は何かなどと談笑しながら、執務室を離れたのだった。




