7大文化圏会議と元服の宣誓 その15
一人だけ涙を浮かべていたのは、そう、ルルテである。悲しみの涙ではない。歓喜の涙だ。
大使たちの中には、ルルテの涙に気付いた者もいたが、その涙の意味まで気付いた者は誰もいなかった。
もちろん、ガリンもルルテの涙に気付いたのだが、実は、その意味までは解らなかったのだ。
『私が叙爵されたのがそんなに嫌だったのか、あるいは嬉しかったのか。』
等と、的外れなことを考えていたほどだ。
ララス領は、ルルテが元服の旅を終えた後、国家統治の先駆けとして統治をすることになっている。ララス領は、マレーン王国王都があるマレーン文化圏を除いた11ある小文化圏の1つである。巡察の旅を終え、その後国家統治を実際に学んでいくための、最初の所領なのだ。
現在、ララス領は、諜報機関の長であるイタバンサ伯爵が一時的に領主代行として統治をおこなっている。所領を持つ貴族の姓は、領地の名がそのまま姓となる。
その意味で、現在イタバンサ伯爵の家名を含む名前は、イタバンサ・ララス・シンジシとなっていた。
このイタバンサ伯爵から、男爵であるガリンにララスという家名を移す。これは、将来ルルテが治める予定の領地であるララス領を、この時点で先もってガリンの領地をとするということに他ならない。
もちろんルルテが統治をおこなうその時になれば、ガリンは領主代行などになるのかもしれないが、それでも、ララス領を統治するにあたっては『王女と護士』としてだけではなく、あくまでもララス領においてということにはなるが『領主と宰相』という立ち位置には違いないのだ。
全てではない。完全にガリンを将来の『片翼』として認めてもらったわけではないが、少なくとも部分的には認めてくれたことを意味する。それは、護士や晶角士としてだけではなく、
『ルルテを支える副官としての能力を試す価値がある。』
程度には、認めてもらえたということなのだ。もちろんあくまでもこの叙爵が、将来への布石であり、絶対という訳ではないことぐらいはルルテにもわかっている。
しかし、ルルテはガリンを絶対的に信じている。だからこそ、機会さえもらえば確実にガリン成果をあげることが出来ると考えているのだ。
『ガリンは絶対に、お父様たちに認められる。」
その自信があるからこそ、ルルテにとっては大きな前進なのだ。自分が描いた、そう、強引に持ち出した、ガリンを『生涯の片翼』とするという目的に近づいたのだ。
それに父、マレーン国王は、ガリンの叙爵にあたって予め用意したような儀式用の剣ではなく、自身の守り刀を用いたのだ。これは、場合によっては『王家に迎える』と考えても、決して大げさではない。同じ王族であるルルテへの言葉ではない言伝なのだ。だからこその歓喜の涙である。
一方ガリンは、将来ルルテが領地を統治するまでの間、その時にスムーズに移行できるように領地を名義的に預かるのか、ぐらいにしか考えていなかった。
それというのも、本来、男爵は技爵位(現役の晶角士)にある者が退役後与えられる爵位で、文化圏を持たない爵位だからだ。だからこそ、自分がララス領を拝領するのは、単なる準備としてという認識だったのだ。
ガリンも後で知ることになるのだが、これはルルテの方が正しい。
今すぐにガリンを『片翼』と認めることは難しいし、また『宰相』なんて論外だ。それに、対外的に婚約を発表することも、今の時点では不可能である。
そこで、現時点ではあくまでも可能性ではあるが、あり得る可能性として、まず婚約できる土台を作るために爵位を与える。その上でルルテだけではなくガリンにも統治というものを学ばせ、宰相としての準備をする。そんな思惑からの叙爵であったのだ。
それに、これだけの大使の前でわざわざ叙爵を行えば、嫌でも新たな貴族が生まれたことが各文化圏に伝わるはずである。将来、ガリンがその職につくとしたら『あの時の』という記憶があることは、各国に突然という衝撃を与えなくて済む。なにせ、護士をいきなり男爵にするのだ。異例中の異例だ。
そんな思惑があったのである。
政治の世界の話であり、この点においては、ガリンよりルルテが一歩上をいっているということなのだ。
王は、拍手が収まると、
「ガリン男爵よ。略式ではすまないが、今後も国のために尽くしてくれ。」
そう言って、王はガリンに退席を促した。
ガリンは、守り刀を懐に入れると、そのまま王や大使たちに深く頭を下げ、ルルテを伴って退室したのだった。
ルルテの宣誓と、ガリンの叙勲、思わぬ興奮の中、残ったこまごまとした取り決めなどを話し合った後、エランが会議の閉会の宣言を行い、この度の7大文化園会議は閉会となった。
各文化圏の大使たちや護衛が、王やエランに挨拶をしながら会議室を退室していく中、入れ替わりに入ってきた衛士たちに囲まれたジャラザンは、その場から動くことが出来ず、自然と最後まで残る形となった。
当然、護衛としてジャラザンに付き添っていた商人風の男は、既に先に退出させられており、この場にはジャラザンを拘束している衛士2人と、王とエラン、そしてレンのみしか残っていない。
王が衛士に指示をだすと、衛士がジャラザンから一歩下がって、膝をつこうとする。
「良い。その者に話があるだけだ。」
衛士たちは、王の言葉を聞き、エランに視線を向けると、エランが無言のまま頷いたため、そのまま一歩だけ下がった。
「さて、クエルス文化圏大使、ジャラザン殿。これから我がマレーン王国で起きたあの事件についての聴取を受けてもらうわけだが、先に何か申し開くこともあるか。」
王が問う。その声は会議の場やルルテ、ガリンに声を掛けた時とは全く違う、冷たい、そして重く、圧し潰されそうな圧のある声だった。
ジャラザンは、暑くもないのに額を汗が伝うのを感じていた。
「申せ。直答を許す。」
『何か、気の利いた言い訳をしなければ・・・』
ジャラザンの頭の中でそんな思いが渦巻き、そして多くの言葉が浮かんでは消える。
ジャラザンは事件そのものを計画したわけでもないし、また実行犯でもない。ただ、知っていたし、その手引きもした。どんなにうまい言い訳を考えても関りがないとは言えず、そして今だ『誠実』の結界に中にいる限り、危ないことは言えない。
焦れば焦るほど、言葉は出てこない。
「ふむ。余は、直答を許すと言っておるのだ。ここには他の大使たちもおらぬぞ。いわいる非公式の場だ。余程の無礼が無い限りは話をきこうでないか。」
再び王が口を開く。
言葉は優しいが、すさまじい威圧感は続いている。
まるで、先程までいたウェンザの大使が連れていた剣歯虎の巣穴にでも迷い込んだかのようだ。
「わ、わたしは、何もしていないのです。」
ジャラザンが言葉を捻り出したのだった。




