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マレーン・サーガ  作者: いのそらん
第11章 慌ただしい春の1日
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慌ただしい春の1日 その9

その場の成り行きにより、天を仰いだまま固まっていたガリンが、先程のルルテの宣誓の内容をようやく完全に理解する。

護士に誓いを立てるということは、『片翼』に任ずるということ。

そして、『片翼』とは・・・・。


ガリンは、それらの表現が何を指し示すかに、ようやく辿り着いたのだった。


王族には必ず、護士が護衛に就く。

通常は、腕利きの軍角士がその任に就くのが一般的であった。


ルルテが成人前であったことと、ガリンの才能が突出していたこともあり、異例の人事で、現在ガリンがルルテの護士の任に就いていた。


しかし、この『生涯の片翼』という宣誓は、本来であれば成人後や、即位後に王族が、生涯の護士を定める時に行うものでる。


また、『生涯の片翼』となる護士が軍角士であった時は軍の将軍職に、学角士や数角士、晶角士といった文官の場合は宰相職に奉じるというも意味もあったのだ。


これだけならまだ政治的な約束事とも言えるが、実はもう1つ意味があったのだ。


『生涯の片翼』として任を受けた護士が、宣誓者と性別が異なった場合は、『生涯の伴侶』という、『婚約』としての意味を持ってくるのである。


王族は、原則として軍角士との扱いなる。だからこその護士が軍を統括する役職に就く。また、王となるのであれば、護士が将軍になれないのであれば、一緒に国政を担う職、宰相になるのはある意味自然とも言える。歳を取ったこともあり、現在では宰相の任を辞しているが、レンも宰相であった時代があった筈だ。

そして、成人した王族が異性の護士に四六時中護衛されるのであれば、それは公式に男女関係を認められていなければ不可能だ。


要約すると、政治的には生涯の主従関係、そして男女の中においては婚姻の約束である。


だからこそ、先程の王の、


『婿に貰うのか?』


という、ルルテへの、からかい文句が成り立つのだ。


王やレン、それから頬を赤らめているルルテの反応から、鈍いガリンもようやく状況を把握したという訳だ。


『騙された!』


これがガリンの心の叫びであった。

確かに、ガリンはルルテから、薬指への血の口付けの意味の説明を聞いてはいた。


ルルテは、ガリンにこう言ったのだ。


『成人の儀で、我はそなたを成人後も護士として側に居ることを望みたいと思う。そのためには、血の口付けという我とそなたの覚悟を父上に見せねばならんのだ。それは、そなたが、我が女王として即位をした後も我の助けになるという確約ともいえるだろう。どうだ?我が即位をした暁には、そなたに最高の研究環境を用意するぞ。何せ王のご意見番だからな。我がそなたのパトロンとなろうではないか!』


ガリンは王から、成人後も護士としてわからないが、ルルテを護衛する命令を既に受けていたし、宮廷晶角士であるレンがいるかぎり、自分も宮廷晶角士として時の王に使えることも至極自然の流れである。護衛、即ち宮廷晶角士と軽く考えていたのだ。

また、レイレイの件もあるし、今後もルルテとの関係は良好であるに越したことはない。

研究の支援というのも魅力的だ。


特に断る理由は見つからなかった。

ガリンの唯一の落ち度は、王室典範を知らなかった点だけであった。


ルルテは、儀式でのガリンの振る舞いを、事細かに指示をした。


ある意味既にこれがおかしかったのだ。

ルールや規則に疎いルルテが、何故かこの時だけは、やたらと細かく、その所作までをガリンに説明が出来たのだ。


ルルテの確信犯である。

確かに嘘は言っていない。


『成人後も護士』

生涯とは言っていないが、護士の期限も言っていない。


『即位後もルルテを助ける』

宰相の仕事は、まさに王の補佐、政治的判断の手助けである。


『パトロンとなる』

ガリンは政治的、金銭的な支援者と捉えたが、後見ではどうだろうか?王族が後見するのは、同じく王族、あるいはそれに準ずる者、つまり血縁である。ルルテは女王として即位する第一継承権を持つ王族である。嫁下する可能性はない。であれば、ルルテが後見出来るのは王族以外が、ルルテに婿入りしてきた場合の伴侶のみとなる。

多少、強引ではあるが、やはり嘘とは言えない。


ガリンのミスである。


もちろん約束であり、婚姻が決まったわけではないが、ガリンはルルテの宣誓に対して、口付けを返したのだ。

しかも王の前でだ。

取り消すことなど出来ない。将来どうなるかは確定ではないが、今は受け入れるしかない。


ガリンは、眉を寄せながらルルテに力なく、微笑むしかなかった。

ルルテは、改めてガリンの視線を受け、狼狽しながら頬を真っ赤に染めて、顔を背けた。

深呼吸を何度かして、幾分恥ずかしさの渦から抜け出したルルテが、


「しかし、お父様。レイレイは、我が存在に気付いたことによりここに存在しているです。そして、培養中には、我が親であることをしっかりと教育を施しております。屋敷でも、我を実の母親のように慕っており、我が母親と名乗りをあげぬようなことがあれば、それはレイレイに心の傷を負わせてしまうことにもなりかねません!」


そう、叫ぶ。『我』の連発である。

レンが、ガリンに確認の視線を送る。

ガリンは、うろたえる様に、左右に大きく頭を振り、否定の意を伝えた。

レンが口を開こうとすると、王が再び手でレンを止める。


「娘よ。報告では、お前は、最初こそ積極的に関わっておったが、時間が経つにつれて、いつになっても言葉を発しない竜娘に飽きて、女官に任せっきりであったと聞いておるぞ。むしろジレだったか、若い女官を母として慕っているという報告もあったぞ。その点についてはどうなのだ。」


ルルテは、唇をかんで、悔しがると、再び口を開いた。


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