慌ただしい春の1日 その3
小会議室に着くと、そこには、奥の一段高くなったところに据えられていた簡易的な王座に座ったマレーン王と、その横に控える宮廷晶角士のレンが待っていた。
普段であれば王の周囲に並んでいる、大臣達や近衛、その他護衛等もも居ない。本当に、護士としてのレンのみであった。
確かに、城の中であり、またレンが居れば、安全には事足りるという判断もあるのだろうが、それにしても異常な風景である。
ある意味、王族の能力石の開封儀は、それだけ秘匿性が高いのだとも言えた。
小会議室の中には、王達とガリン達以外には、いつもマレーン王についている2人の女官のうちの1人が小会議室の入り口付近に、レイレイと一緒に膝を付けて頭を下げてるのみでだった。
それでも、臨時とはいえ王座がしつらえられている場所である、王座までは普段の小会議室では見ることない、赤い敷物が通路のように敷かれており、そのいわゆるレッドカーペットは、小会議室の入り口から玉座まで一直線に続いていた。
入り口で立ち止まっているガリン達に、レンが目で合図を送ると、ガリンは軽く会釈をし、花道の中心にルルテを誘導したのだった。
単に、小会議室での儀式と思っていたルルテも多少面食らってようではあったが、ガリンに促されると
王女らくし堂々と歩みを進めた。
ルルテが、そのままゆっくり王の前に歩みを進めると、ガリンがルルテの左斜め後に移動し、そしてレイレイや女官と同じように膝をついて頭をさげた。
ガリンが急に立ち止まったことで、ルルテもあわてて胸に手を当て頭を下げたのだった。
『王族は膝をつかない』
マレーン王国での、王の御前における作法である。
目の前にいるのが、現マレーン王国国王であっても、ルルテが王族、第一王女である限りは、膝は付かない。これは、王の前でも変わることではなかった。
ルルテが儀礼通りに事をすすめると、それに満足したかのように、レンが頷き、声をあげる。
レン自身も、いつもラフなローブ姿ではなく宮廷晶角士として、青を基調とし金で縁取りされた法衣をまとっており、公爵衣同等の権限を持つ役職であることを示す、紺の前垂れを着けていた。
「マレーン王国 第一王女 ルルテ・マレーン・ソノゥ。三顧の礼を。」
レンが朗々と声をあげた。
その言葉を受けてルルテは、そのまま胸に手を当てて立ったまま、3回ほど最敬礼を行った。
「ルルテ・マレーン・ソノゥ、面をあげよ。」
レンの声は、依然として固いままだった。
ルルテが、ゆっくりと顔を上にあげ、王に視線を合わせる。
このやりとりの間、ガリンは、ずっと膝をついたまま、後ろに控えていた。
「ルルテ・マレーン・ソノゥ、王族としての成人の口上を述べよ。」
レンが頷きながら、ルルテに口上を促す。儀は続いていった。
小会議室に入り、王の御前に進むや否や、儀式が開始される。ある意味前ぶりもなく、唐突ではあるが、これが、いかなる理由があったとしての王に謁見するの時の作法である。
まあ、王の前にでて、その後の取り決めを打合せするなどあるわけないのであるから、唐突でも仕方がない。
ルルテも当然、この流れは理解していて、練習もしてきている。
練習には、レンや文官たちが立ち合い、結構何度も繰り返してたのをガリンも知っていたのだ。
これらの作法については、ガリンも詳しいわけではなく、ガリン自身が教える内容ではないため、ガリンは今回のルルテの口上は、今日初めて聞くのあった。
ルルテは、腰から儀礼用の短剣を抜き、自身の生力石、能力石の順に刃の平を当て、最後に自分の左手の薬指の指先に刃をあてて、少しだけ刃を引いた。
指先がほんの少しだけ切れて、血の玉が浮かんだ。
さすが王族である。堂々としたものだ。ガリンは初めて見る王族としてのルルテを、微かな驚きと共に眺めるであった。
ルルテは、そのまま、自身の唇を上唇、下唇の順で撫で、血化粧を施し、そして切れた指先を腕ごと後ろに伸ばし、ガリンの前に付き出した。
その瞬間・・・王とレンの顔に一瞬だけ驚きの表情が浮かぶ。
2人の驚きは、本当に一瞬の刹那の時間だけのものではあったが・・・。
一方、ガリンは無表情のまま一瞬だけ顔をあげて、ルルテの指先に唇を重ね、そのまままた顔を伏せた。
このやり取りは、儀式の直前、昨晩ルルテより執拗に伝えられた変更点であったからだ。
ルルテは、勝ち誇ったように目に光を宿らせ、左手をもとの場所に戻すし胸を張った。
「今日、この時を持って、マレーン王国 第一王女 ルルテ・マレーン・ソノゥは、幼名を影とし、変わって、ルルシャメルテーゼ・ルルテ・マレーン・ソノゥ と名乗りをあげる。我は、それを始祖、マレーン王国、マレーン王国国王、そして我が護士に誓うものとする。」
と朗々と宣言を行った。
「・・・。」
場を静寂が支配する。
ガリンも、なぜ式が進まないのか訝しくは感じたが、ここで顔を上げるわけにはいかない。
とにかく、事が進むのを息を飲んで待つのだった。
本来であれば、式は止まることなく、次の口上に進むはずである。今回であれば宮廷晶角士のレンから、王に承認を促す問答があるのだが、レンは沈黙で答えた。
『どうしてなのだろう』
ガリンは、考えたが答えが出るはずもなく、時間のみが過ぎていくのだった。
実は、ルルテの行動と宣言には、本来の式の進行とは違うイレギュラーが2点ほどあったのだ。
正確に言えば、イレギュラーではない。
通常、このタイミングで、王族が行わない所作と宣誓が含まれていたのだ。
レンは沈黙を保ったまま、王に視線を向け、回答を待つ。
ルルテは、目の前の父親の射抜くような視線を、一瞬たりとも目を反らさず見返している。
レンには、少なくともそう見えた。後は、王の答えを待つだけである。
王はルルテの宣誓を受けすぐから、はっきりとわかる厳しい顔つきで、ルルテを正面から凝視している。それはある意味、無言の圧力にも感じられた。
それでもルルテは、左手の薬指から滴り落ちる血を気にもせず、そのまま王の視線を見つめ返しており、その顔にはほんのりと笑みさえ浮かべていたのだ。
時が経つごとに、その場の空気は、より一層緊張をはらんでいく。
儀が進まないことに痺れを切らしたのか、はたまた別の理由があるのか・・・。
ルルテは何も言わず、王を見返したまま、血の滴り落ちる左薬指をもう一度ガリンの前に付き出した。
ガリンは、一瞬だけ身体を固くし嘆息すると、再び顔をあげ、もう一度、ゆっくりと指先に唇を重ねた。ガリンの唇もルルテの血で赤く染まる。そして今度は、そのまま顔を下げなかった。
王の視線は一層厳しさを増したが、その後すぐに、優しい顔つきに戻り、
「マレーン王国 第一王女 ルシャメルテーゼ・マレーン・ソノゥ そなたの宣誓とその覚悟、確かに見届けた。マレーン王国 国王、ルラケスメータ・マレーン・コグソが、成人として認め、王の名において能力石の開封を認めるものとする。」
と、ルルテの宣誓を認めたのだった。
レンが目を見張り、国王の顔を見て、
「い、いや・・・」
と、声をあげそうになる。
今度は、レンが明らかに狼狽している。
国王は、レンに視線を向けることなく、手でレンの発言を止めると、ゆっくりと頷いた。
ふう。山場の1つに入りましたね。
こんな場面ドキドキしますね。私の願望、妄想込々です(笑)
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