初等教育機関卒業 その11
ガリン、大きな、しかも見過ごせぬ問題が、もう1つ残っておるぞ。」
もちろんルルテである。
「はい?」
ガリンは、ルルテに座るように促すと、呆けたように尋ね返した。
「あの者は、いや、レイレイは、そなたを『パパ』と呼んだのだぞ?」
「はい・・・。」
「これはどういうことなのだ?」
詰問口調である。
つい先程、試験の緊張から解き放たれたこともあって、いつもにもまして饒舌である。
「どういうこととは?」
「なぜ、あのものが、ガリン、そなたをパパと呼ぶのだ?」
レイレイを指差し、唾を飛ばさんとする勢いで尋ねる。
「あ、いえ。それはどこかで聞き及んだ言葉が、たまたまその言葉であっただけで、私のことをパパという認識で呼んだわけではないかと・・・。」
「どうしてそう言いきれるのだ?」
返答も異様にはやくなり、ルルテの口調が厳しさを増す。目も座っている。
「今のレイレイは言葉の意味を理解してしゃべるほどの言語機能は持っていないといえるからです。おそらくパパという言葉の意味も知らず、どこかで聞いた言葉の発音をそのまま発しているのではと・・・。」
ガリンの返答もいささか精彩がない。
それを見逃すルルテではない。
「どこで、どこかで・・・。思う、かもしれない・・・。推測ばかりではないか。まあよい。まだあるぞ。これは前々から聞こうと思っていたのだが、ちょうど良い機会である。聞いておこう。」
『まだまだ有るぞ』
ルルテの顔は、無言でそう語っていた。
ガリンは、そのルルテの勢いに押されて、身じろぎながら頷いたのだった。
「どうぞ。」
「あのものの頭髪は黒いな。」
「はい。」
「我が文化圏において、黒い頭髪はきわめて稀有な色であることは、そなたも知っておろうな。」
ルルテそういって、セルやジレも頷いている
「はい。」
「私が知る限り、ガリン、そなただけが、黒い。それも染めたのではなくてだ。」
「そうですね。」
ガリンが無意識に自分の頭に手をのせて、髪を払うような仕草をする。
「よいか。すべてお主が教えてくれたことだぞ。我が国民ん大半は、我やセル、ジレと同様に、素の髪の色は白に近い。だからこそ、それを染めて様々な色にするのだ。そうだな?」
「はい。間違いありません。」
ガリンもルルテに確認されたことは事実であり、素直に首肯した。
マレーン王国で生活するほとんどの国民の髪の色は白に近い色で、基本、それを好きな色に染めている。
髪型も千差万別だが、王族、貴族においては、女性は長い髪事が多い。常識である。
ルルテの目力が増す。
「でだ、ガリン。そなたは特異体質とやらでもともと黒い髪を有している。そうだな?」
「はい。」
「では、レイレイの黒い髪はどういうことだ?」
「それは・・・。」
ガリンは、レイレイの髪に視線を向け、言葉を濁した。
「言わなくてもよいぞ。確かレイレイは、竜族の雌と人の遺伝子を融合して造られたのであったな。」
ルルテが、殊更、『人』の部分を強調した。
「はい・・・。」
ガリンも次にくる質問が脳裏に浮かんでしまい、歯切れが悪い。
「では、その人とは誰なのじゃ?」
「・・・・。」
ガリンが無言で、再びレイレイに視線を向ける。
ルルテが得意げにガリンの髪の毛を指差す。
「申せぬのか?私が教えてやるぞ。それはガリンそなたの遺伝子に決まっておろう。」
「・・・。」
「認めるのだな。うむ。認めざるを得まい。」
ルルテの表情が、完全に勝ち誇った表情になる。
「たしかに、それはそうですが、だからといって、レイレイに自分が父親であると喧伝をしていわけではありませんし。厳密にいえば、親ではなく遺伝子提供者といって・・・。」
ルルテが手をかざしてガリンの発言をとめる。
「難しい話はよいのだ。そなたの遺伝子が提供されているだけで、ことは十分なのだ。」
「どういうことですか?」
ルルテは、セル、ジレの顔も一瞥し、再びガリンに視線を戻す。
「それはな。そなたは私の護士である。我の預かり知らぬところで、勝手に子が持つなど、許せるものではないということだ。」
「は?しかし、これは実験の・・・。」
さすがにガリンも、若干驚いたような表情を浮かべた。
「うむ。経緯は知っておる。説明は要らぞ。そちがレイレイの遺伝子提供者としてパパなのであれば、我はさしずめ、その母親役といったところだろうな。」
「それは、一体どうゆう理屈で・・・。世話係という意味であればセルが・・・。」
ルルテは、何か言葉を発しようとしたセルを睨み付け征し、話を続ける。
「セルはレイレイに対しては、我付きの女官としての役割を果たしておるだけだ。そうであろう?」
今度はセルに問いただす。
セルも、ルルテの顔を伺うと、うやうやしく頭を下げて言う。
「姫さまのおっしゃる通りでございます。」
ルルテは、再びガリンに向き直り言葉を続ける。
「と、いうことだ。」
「で、それで、ルルテはどうしたいのですか?」
話の要点がいまだ見えないガリンは、忍耐強く尋ねた。
「うむ。そなたが『パパ』なのであれば、我は『ママ』であるということだ。」
「・・・・!?」
全員がルルテをみた。このときはなぜかレイレイもルルテを注視していた。
ルルテが得意顔で続ける。
「良いか。セル、今後、レイレイに何かを教えるときには、私を『ママ』と教えるのだぞ。良いな。」
セルは、今度はいつものように笑みを浮かべて、微笑みながら返答する。
「かしこまりました。」
この日からルルテの、レイレイに自分を『ママ』と呼ばせるための奮闘が始まったのであった。
時は、マレーン次元文明暦13年 第1力期の終わり、初等教育期間の試験日当日夕食時である。
この章はおしまいです。閑話を挟んで、次章に。
次章は、ルルテの策士ぶりが爆発(笑)




