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マレーン・サーガ  作者: いのそらん
第10章 初等教育機関卒業
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初等教育機関卒業 その8

ルルテは、会場を出てからこの研究室までの間、何度も自分自身の中で問答をして、ようやく及第点とすることの出来た答えを口にした。


「まずまずであったと思う。」


そして、これもあらかじめ決めておいた、『満面』の笑みを浮かべようとした。

しかし、身体は正直なもの・・・。残念ながら、ぎこちない、幾分頬がひきつったなんとも言えない作り笑いを浮かべてしまったのであった。

一度自身の不安を再認識してしまうと、もはやなんとも取り繕うのは難しいもの。

試験の結果への不安や焦燥感がいっきに思い出されてしまい、その顔は、ますます作ろうとした笑顔の正反対、なんとも情けない悲しみと不安が一杯の表情を浮かべるのみであった。

ガリンは、その様子をみて、自身も額に眉をよせ、弟子同様の情けない顔でレンに助けをもとめ、視線を向けた。


「おやおや、不安があるようじゃの?

誰も責めはせんし、わしらはお嬢ちゃんのことを、もとより信じておるのじゃ。そう情けない顔をするせずともよいのじゃ。」


レンが助け舟をだす。


「でも、おじい様・・・。」


いまにも泣きそうである。

ガリンもルルテのそんな様子に、戸惑いを見せながらも、声をかける。


「まずまずではなかったのですか?良かったではないですか?」


途端に、レンとルルテの視線がガリンにつき刺さる。

ガリンは、なぜ自分が責められているのかまったくわからなかったが、どうやら失言であったらしいとだけは感じたのか、一層眉を寄せて口を閉じた。


「不安があるなら話してみるのじゃ。不肖の弟子に変わってわしが話をきこう。」


レンが優しい声でルルテに言葉を掛けた。

しかし、今日この時、ルルテがもっとも見たくなかったあの顔をしているガリンが視界に入いる。

ルルテは、もう一度ガリンを刺すような視線で睨み付けてから、レンに視線を移し、大きくため息と共に、


「うむ。」


そう、呟いた。


「実は、ほとんどの問題は、あの無粋者が教えてくれたことが大いに役に立ったのだ。

しかし、いくつかの問題については思い出すことかなわず、十分な回答ができず、さらにいくつかの問題はあの者の授業の中で、全く触れなかった類の問題であったのだ。」


「ふむふむ。」


レンは、ルルテの告白に相槌を打った。

一度不安を口にすると、堰を切ったように、ルルテは試験の感触だけではなく、試験会場のことから自身が設問に対してどのようなアプローチで回答したのか等、色々と2人に語った。そして最後に、少しだけ目を伏せると、


「おじい様・・・。先に『まずまず』とは言ったが、実際には、回答することができぬ設問がいくつもあったのが事実なのだ。

我は不合格となってしまうのだろうか?それを考えると、不安なのだ・・・。」


と、締めくくった。

レンは、ルルテの話を聞き終わると、まず、


「頑張ったようじゃな。」


と、笑顔でルルテの頭を撫でた。

一方、ガリンには、ため息をついて、非難の目を向けた。


「ガリンよ。お主がお嬢ちゃんの先生なのじゃ。まあ勉強はちゃんと教えたようじゃが・・・、いくつか試験そのものに関しては、教えておらなんだ事があるようじゃの?」


「いえ。勉強に過不足はなかったと思いますが・・・。」


ガリンは眉を寄せて答えた。


「試験の合否の基準の話はどうじゃ?」


ガリンは、レンの言葉を聞き、ようやくルルテの不安が理解できた。

ガリンは、寄った眉を少しだけ和らげて、ルルテに向かい合った。


「ルルテ、もしかすると、すべての問題に回答できなったからと不安を感じているのですか?」


「そうだ。」


絞り出すようにガリンの問いかけに答えルルテの表情は、依然として不安そうに小刻みに震えていた。


「ルルテ、私の説明が不充分であったようです。

あの試験は7割ほど正しい答えが導きだせていれば、合格可能なのです。

ほとんどの問題を回答できているのであれば、試験としては、『まずまず』どころか『上々』なのです。」


そう言ってガリンが頭を下げると、うっすらと両目に涙を浮かべていたルルテは、目を丸くしてレンに顔を向けた。

レンは、ゆっくりと、そして優しい笑顔で、静かに頷いた。


ルルテは、不安がいっきに晴れていくのを感じ、そして今度は、先程とは打って変わったのように饒舌になった。


「全問回答できなくても合格できるのはわかったが、回答した答えがすべてあっているのは限らないではないか。そもそも合否の基準の説明を忘れるほどの痴れ者の教えたものぞ。今度は回答そのものが不安に思えてきたわ・・・。」


少し赤面し、口を尖らせ、更にはガリンを指差して、


「あの者はとにかくすべてにおいて、無粋なのだ。」


そう付け加えた。

レンは、苦笑を浮かべて、


「それは認めるしかないようじゃな。」


声をあげてわらった。

ガリンは、2人からの非難を無視するかのように、


「何に私の教えたことはしっかりと回答につながっているはずです。

それに、自分がしっかりと回答できた問題と、そうでない問題をはっきりと認識して試験を終わることができるのは、どんな結果であれ、しっかりと勉強をしたことの証なのです。」


淡々と話を続けた。

ルルテは、自分の不安を理解してくれず、更には文句もさらりと躱して話を続ける師に憤慨しながらも、誉められらことは感じとり、


「なぜ?」


とは上目使いで尋ねた。

口調はすっかり年相応の女の子になってしまっていた。


「しっかりと勉強をした者は、自分が勉強をしたものに関しては自信をもって回答をできますが、反対に自分が勉強しなかったことは、それを自分が勉強していないことがはっきり認識できるからです。

先ほどのルルテの不安は、まさにこれにあたるのです。そもそも学院の試験の問題は、時折意地悪ともとれる問題が含まれていることもよくあるのです。」


ルルテは、確かめるようにレンをみる。

レンは、ガリンの1言1言に相槌をうった。


ここまで聞いて、ようやくルルテは自分が不合格では、ないかもしれないと分かり、笑顔を取り戻したのだった。

そして、椅子から立ち上がると、ガリンの前に立った。

ガリンが見上げて怪訝そうな表情を浮かべると、


「我も1つわかったことがあるぞ。ガリン。」


再びガリンを指差した。


「はい?」


ガリンが首をかしげて次の言葉を待つ。


「もし我が不合格であったなら、それはお主のせいだということだ。」


ルルテはそのまま、ガリンの返答を待たずに踵を返し扉に向かって歩き始めた。

ルルテは、扉の前までくるとレンにくるっと身体を向けて、


「では、おじい様、今日は少々疲れましたので失礼します。」


腕を広げて優雅に頭を下げた。


ガリンにチラリと視線だけを向け、身体の向きはそのままガリンに向けて手を差し出した。

ガリンは、困惑しながらも、レンに軽く会釈すると、手をとり、もう片方の手で扉をあけて、研究室を後にしたのだった。


ガリンは、扉の向こうからレンの笑い声が聴こえてくると、少しだけ肩をすくめ、急ぎ足でどんどん進んでいくルルテに従った。


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