初等教育機関卒業 その7
ひとときの沈黙を破ったのは、ガリンの淡々とした声であった。
「それで、先生。密偵からは何か有用な情報があったのですか?」
レンは、気を取り直すかのように大きくため息をつき、密偵からの情報をガリンに伝えた。
レンが伝えた情報はガリンにとっても驚くべき、そしてある意味興味を惹かれるものであった。
レンが、ガリンに伝えた情報は、大きくは2つあった。
1つは、密偵から送られてきた情報の中に、既存の文化圏では確認されたことのないだろう体系の文様術が使われていたこと。
そしてもう1つは、その文様術が使われているものかどうかは定かではないらしいのだが、みたこともないような巨大な魔法兵器が開発されているというものであった。
「その文様術は確かに異なった体系のものなのですか?」
じっとレンの話に耳を傾けていたガリンが、ついに我慢できなくなったのか、口を開いた。
「残念ながらそれはわからんのじゃ。」
「しかし、密偵が送ってきた情報なのではないですか?」
「もちろんそうじゃが、その密偵がお主ほど文様術に精通しておるわけではないのじゃぞ?」
呆れたように、レンが肩を竦めた。
ガリンは、一瞬だけ眉を寄せたが、
「しかし、それでは情報の正確性が・・・。」
と、身を乗り出して、再びレンに詰めよった。
「何を言っておるのじゃ。密偵は密偵の能力を修練した者がその任につくのであって、文様術士が就くわけではあるまい。」
「それは、そうですね・・。」
レンのあたりまえの言い様にガリンもしぶしぶながら同意をしめし、佇まいを直した。
「密偵の分析では、あくまでも既存の文様術とは違うように見えたということじゃ。」
ガリンは、目を閉じて唸ると、
「はい。では魔法兵器というのは?」
と、質問の角度を変えた。
レンは、難しそうな顔をしながら、再び話し始めた。
「これが、先程伝えた、『途中で情報が途切れていた情報』なのじゃ・・・。わかっていることは、一部稼動している状態の実験を目撃したようなのじゃが、見てとれたのは、かなりの威力を誇る殺戮兵器であったという点と、それが複数の術者の意思力によって稼動していたらしい、ということだけなのじゃ。」
「では、形状や効力、まして使用されていた文様術の種類などは・・・?」
ガリンは、落胆の色を隠さず、尋ねた。
「残念ながら、まったくわかっておらん。」
ガリンは、あからさまに嘆息をついてうつむいた。
弟子が落胆に打ちひしがれているのをみると、レンが首を左右振りながら、
「まあ、そう落胆するな。じき次の密偵が放たれることとなろう。」
そう言うのを聞くと、ガリンも顔をあげた。
そして、諭すように声を掛けた。
「それにな、ガリン。話の要点はそこではないじゃろう?
なによりも危惧しなければならないのは、それだけ7大文化圏の安全協定は脆弱なものになりつつあり、戦争が現実のものとなりつつあるという点じゃろうて。」
ガリンは、落胆したままの顔を、心持ち引き締めて、レンに顔を向け、
「そうですね。」
と、静かに首肯した。
2人の話が一段落をするのを見計らったように、研究室の扉をノックする音が響いた。
レンは、ガリンにめくばせをすると、そのままドアに向かって声をかけた。
「開いておるぞ。」
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ルルテは、気乗りのしない足取りでレンの研究室の前までくると、ため息をついて扉を叩こうとした。
しかし、自分の試験の結果が思わしくないことを2人報告するのは、さすがのルルテでもなかなか手がでない。
そもそも、王女として生活をしていて、他人に自分のあらぬ結果を報告することなど初めてであった。
まさに皆の期待を裏切ってしまうのではないかと想像をすると部屋に入るのをためらわれたのだ。
レンおじい様はまだいい、ガリンにあの顔をされるのがたまらなく嫌だったのだ。
それでも永遠に扉の前でうろうろするわけにもいかない。
ここでこうしている間に、自分の情けない姿を誰かに見られてしまうのは更に嫌だった。
結果、ルルテは、意をけっして、研究室の扉を叩いた。
すると、中からは、レンの暖かい声が聴こえたのだった。
ルルテは幾分安心をすると、いっきに扉を開けて中に入った。
ルルテが部屋に入ると、レンは自らの机についており、ガリンはその横でルルテを眺めていた。
一瞬、誰もが顔を見合わせ、声を発することを忘れてしまったかのような沈黙が流れた。
ルルテが、レンとガリンを交互に伺っていると、ようやくガリンが、口を開いた。
「ルルテ、お疲れ様でした。」
いつもどおりのあまり感情のない平坦な声での出迎えの挨拶であったが、それでもルルテは沈黙を破ってくれた、ガリンに感謝をした。
「うむ。我にとってはたいしたものではなかったが、それでも多少は疲れたな。」
そう大仰に言って部屋を見渡した。
「何を探しているのです?」
ガリンが再び口を開いた。
「何って・・・疲れたといったのだぞ。」
「お疲れ様でした。」
ガリンが、今度は多少感情のこもった声、もう一度労いの声を掛けた。
レンが、ルルテに微笑みかけながら、一方ガリンには呆れたように、
「護士よ。お主の姫様は、椅子を望んでおるのじゃ。」
そう言った。
ガリンは、表情を崩さず、部屋の脇にあった椅子をルルテの後ろの座りやすい位置に置いた。
ルルテは、ガリンを睨み付けると、そのままドサッと椅子に腰をおろした。
ルルテは、そんな2人の様子を、微笑みを浮かべてみているレンに気づき、少しほほを染めたが、そのままガリンに視線を移した。
今のルルテの心情をたとえるなら、皆の前で公開の裁判をまっている被告人というところだろうか?
ルルテは、膝の上に手をおくと、来るべき質問を待った。
ガリンが、ルルテのそんな心づもちを感じたわけではないのだが、その当然の質問をやっと口にした。
「ところで、ルルテ。試験の感触はいかがでした?」




