序章
・基本用語の説明
▼元力石
マレーン次元文明のもっとも重要な技術です。
元力石は、先史文明でも占いや、魔法の補助用具として使われることもあった「水晶」を加工して作られます。
マレーン次元文明で使用されるすべての魔法は、この元力石を通して、その効力を得ることが出来ます。
元力石を通した魔法効果の発動の基本構造は以下の通りです。
元力石に、求める効果を得るために必要なエネルギーを注入します。
そのエネルギーは、原則として人の意思放射により蓄積されます。
蓄積されたエネルギーは、その元力石の表面(特殊な場合は内部にも)に造形された、幾何学的な文様を通して発動されます。
発動には2形態あり、一定量蓄えられたエネルギーを放射しつづけることにより発動(維持)されるものと、元力石内に一定量蓄えられているエネルギーに、更に人が意思放射をすることにより、そのそのエネルギーを元力石から放射することにより発動するものがあります。
▼軍角士
マレーン文化圏の軍人の呼称。
司、宰、官、士に分かれており、司は1個兵団の長であり、宰は戦略担当、官が戦闘部隊長、士が戦闘小隊長となります。1個兵団が数兵団まとまり、将兵がそれを指揮することとなります。
また、これらの軍組織とはまったく別に、王族直轄軍があり、護士、専属晶角士で構成されます。
▼晶角士
元力石に必要とされる術式文様を彫る能力を持ちます。。マレーン次元文明の魔法技術の中心的かつ重要な角士です。特に晶角士は、その才能により、元力石に、新しい術式文様を刻む(新魔法技術の創出)ことが出来ます。術式区分の中ではもっとも難易度が高く、人数も文明全体で30人もいません。
准晶角士は、この完成した術式文様を別の水晶に複製する能力をもち、その中で新しい術式文様を作ることが出来るものが、晶角士として叙勲されます。
▼登場人物の呼称について
マレーン文化圏では、家名を持つもの(基本的には爵位を有するもの)は、
名前・幼名(真名)・家名・爵位名
4つからなります。
マレーン文化圏の国王の正式名で説明をすれば、
ルラケスメータ・(メルタ・)マレーン・コグソ
となります。幼名は、元服するまでの間用いられる名前で、成人してからはよほど親しい関係でない限りは用いません。文中では、幼名は記載されていません。
成人してからの名前は、幼名の発音を含む形でつけるのが一般的です。
・登場人物
晶角士(男 24歳) ガリエタローング・ガリン・エンジジ
国王(男 45歳) ルラケスメータ・メルタ・マレーン・コグソ
公爵(男 78歳) キムエラ・エラン・ウアラ・キジシ
王女(女 12歳) ルルシャメルテーゼ・ルルテ・マレーン・ソノゥ
軍角士・司(男 27歳) レパッタナーグ・ナタル・オウジシ
軍角士・司(女 29歳) ササレリアシータ・リア・オウジシ
宮廷晶角士(男 111歳) イクスレンザ・レン・エンジシ
その他兵卒
序章
数多くの文明の栄華と衰退を繰り返してきた、マレーン(地球)。
歴史の中でも、最も栄華を誇っていた、科学文明が度重なる戦禍と環境汚染による大規模な地殻変動により、その文明を衰退してより、約2000年の後、時の晶角士(当時の呼称では「呪術士」)レレルク・ミアンにより、水晶に様々な文様を刻むことにより、多くの魔法効果を引き出すことができる「元力石」という魔法技術が確立された。その新魔法技術により、人はまた新たなる文明を迎えた。
マレーン暦232年、この新しい魔法技術は、空間、次元間に固定され次元門を作ることにより、人々が、全宇宙に存在する「様々な居住可能な惑星」、あるいは、現次元と平行して存在する「次元空間」へと、移住することを可能にした。当時、発見、移住された空間は、なんと100地域をも数えた。人々は、空間をつなぐ門を「次元接合門」と呼び、この移住先を「新文化圏」と呼んで、夢と希望を持ち旅立っていったのである。
しかし、当初、移住期の次元接合門の魔法技術は不完全であり、時が経つにつれて、それぞれの空間への扉は失われ、最終的には移動手段どころか連絡手段をも失ってしまったのだ。
マレーン暦476年、時は人に味方し、更なる「元力石」による魔法技術の革新を果たした結果、人々は、かって失った移住地への次元接合門を、安定した状態で次々と再開門していくことに成功したのである。
しかしながら、それぞれの地域が隔絶されていた、250年あまりの間に、各地域はそれぞれの独特の発展を遂げ、2度に渡る大きな戦争(第一次、第二次人類統一戦争)の末、統一国家としてようやく統合(これがマレーン王国建国、マレーン暦元年である)されたマレーン王国は、またもや複数自治国家の存在する、複合国家体となってしまったのである。
更に、この次元接合門の開門、安定に成功したのは、もともとのマレーン王国だけではなく、他の複数の文化圏においても、同様だったのだ。
そうやって、各文化圏において、先を争うように、移住期に発見された100余りの文化圏の内、約30の比較的移住規模の多かった文化圏が、つぎつぎと再開門されていったのである。
マレーン王国が最初に次元接合門の再開門をしてから約25年間。この30の文化圏をめぐって、各文化圏の中でも力のあった7つの文化圏は、文化圏拡大の為、戦争を繰り返したのであった。
最終的には、最も国力があり、最も安定した次元接合門の再開門技術を有した、マレーン王国が、最も多くの文化圏を併合したことにより、戦争は和平への道へと向かったが、これは、以前の2度の大戦と同じ過ちを繰り返してはならないとの、人々の思いもあったとも言えるだろう。
その後、各7大文化圏は、少なくとも表面上は、お互いをその友国とし、安全協定を結び、交易を主とした平和的な関係が築かれていったのである。
この安全協定により、新たなる時代を迎えた各文化圏は、この記念すべき年をもって、自らの文明を、「マレーン次元文明」と呼称し、元号をマレーン次元文明元年(旧マレーン暦502年)と改めた。
この物語は、その安全協定が結ばれてから10年余りが経った、時はマレーン次元文明暦12年から始まり、そしてその物語は、後に天才と称された1人の晶角士の存在と共に語られる。